FC2ブログ
shiomi116
カテゴリ



アクセス数



プロフィール

shiomi116

Author:shiomi116
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



ウィリアム・ディターレの簡単な経歴
ウィリアム・ディターレの簡単な経歴
 
1893年 ドイツで生まれる
1909年前後    劇団に入り俳優として巡業
1911年       最初の映画に出演(~1914年)
1918年       マックス・ラインハルトの劇団に所属
1920年       映画に再び出演
1923年       最初の映画監督作品
  以降 俳優、監督として活躍する
1930年       渡米 ワーナーと契約
1931年       最初の作品?『最後の偵察』(日本公開作)
1935年       亡命してきたマックス・ラインハルトと共同監督作品『真夏の夜の夢』を撮る
1942年頃     破産?
1950年代後半  アメリカを離れ西ドイツに帰国(イタリア経由?)
  映画、テレビドラマを監督する
1972年      西ドイツで死去
以上ディターレの簡単なプロフィールです。

最初の映画出演が1911年というのはですので第一次世界大戦より前でありアメリカ映画の父と言われているD・W・グリフィスの有名な『国民の創生』が1915年の作品なのでそれより前の映画の創成期の頃から映画に関わっていたのは驚きです
マックス・ラインハルトとの出会いも大きかったようです。まず俳優として、そして監督としてもドイツでも認められていきアメリカ映画界から誘われて渡米しています。
DVDで観ることができる『ゾラの生涯』、『科学者への道』など伝記映画の名手として知られていますが、恋愛映画やファンタジー、西部劇、サスペンスなどいろいろなジャンルの映画を撮っているようです。
またかつての師匠、マックス・ラインハルトが亡命してきた際は尽力し一緒に映画を撮ったりと仲間意識が強い人ではないかと思います。
未公開作品は結構ありますが思ったほどは多くはありません。ただ現在、DVDなどで観ることが出来る映画はかなり少ないです。

ディターレが共産党員だったかどうかは現時点ではわかりませんが左翼的な人だったことは確かでブラックリストにはのらなかったようですが赤狩りの影響や映画界の変化などもあり1950年代になると30年~40年代に比べると話題になるような作品が少なくなっていきます。、はっきりした経緯はわかりませんが50年代後半にはアメリカを離れイタリアを経由して最終的に西ドイツに帰国しているようです。
母国で再び映画、テレビドラマを撮っていますがあまり話題になることはなくその後しばらくして引退しているようです。


ドイツからアメリカに渡った映画人は多いですがその中ではそこそこ有名な人だと思いますが観ることができる作品は少なく実像はよくわからな人です
私が現時点で知っている限りでは専門的に取り上げている本はほとんど
ありません。ドイツ映画・ハリウッド映画に関する本やネットの検索などでわかる範囲で調べていきたいと思っています
※ウィキペデイア、『ハリウッド・レッドパージ』などを参考にしました。



スポンサーサイト





コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://shiomi116.blog.fc2.com/tb.php/827-5bb6a9f9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)