FC2ブログ
shiomi116
カテゴリ



アクセス数



プロフィール

shiomi116

Author:shiomi116
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



千綿宿
千綿宿

7月9日放送のNBCのローカル番組『あっぷる』の「ミッション佐々木!」というレポーター佐々木良子さんが活躍するコーナーで「千綿宿で海にまつわる名字の方、10名に出会え」という楽しい番組が放送されました。

『千綿宿』は長崎県と佐賀県の県境に広がる太良山系から大村湾へと流れる千綿川の下流に広がる東彼杵郡東彼杵町にある集落になります。
番組によりますと現在、188世帯、446人が暮らしているそうです。
川を挟んで西宿と東宿に分かれていて主に西宿では漁業・海運業に携わる人が、東宿では農業に携わる人が暮らしているそうです。
今回、佐々木レポーターが訪れたのは海側の西宿になります。

夫婦二人の小さな漁船に乗せてもらったり(海に落ちそうになるハプニングもありましたが…)、獲れた魚などを料理してもらったり、西と東を結ぶ千綿川に架かる水神橋の架け替え工事の落成式に出席したり…と地元の住民の方の生活も垣間見える楽しい番組になっていました。
肴(さかな)さん、磯さん、多古(たこ)さん、内海(うちうみ)さん、島さん、海田さん(うみた)さん、島さん、海さん、灘さん、浦田さん、入口さん(港の入口だそうです、少し厳しい?)とミッションは遂行されました。
(地区の区長をされている肴さんの亡くなったお父さんが釣太郎という名前だったそうです、『釣りバカ日誌』の浜ちゃんの息子、鯉太郎に負けていませんね)

『千綿宿』は名前の通り…永昌宿→大村宿→松原宿→千綿宿→彼杵宿→嬉野宿…と長崎から小倉まで続く長崎街道の宿場の一つになります。
宿場には江戸末期には100軒以上のお店があったそうです。
ただ明治時代になり長崎本線(現在の大村線)が長崎までつながったり、昭和3年に完成した『千綿駅』が『千綿宿』から離れた場所に出来た事などもあり寂れてしまったそうです。
私は『千綿宿』は訪れたことはないのですが現在、公園になっている「千綿庄屋跡」や幾つかの家並み、常夜灯、えびす様の像…などにそのころの繁栄の名残が残っているそうです。

現在は『千綿』といえば『千綿駅』が有名ではないかと思います。
この駅は快速は停車しませんが1日、100名以上の利用者があります。
昭和46年に無人駅になり平成5年に昔の面影を残したまま改築され現在に至っているそうです。
私はこの駅にはずいぶん昔ですが訪れたことがあります。
海岸線に沿ってゆるやかにカーブしているホームのすぐ前には大村湾がひろがり景色が素晴らしいです。
駅舎も私が訪れた当時から雰囲気のある建物でした。国道から少し入った場所にあり小さいですが駅前広場もありました。

現在は、東彼杵町の町おこし公募により兵庫県から移住してきた(町の非常勤職員も兼ねているそうです)方など3人の方が運営するデザイン事務所が入居にしているそうです。
事務所は切符販売や駅の清掃の他カフェも運営されています。
地元の棚田から作られた夕陽米(ゆうひまい)のおにぎり、地元の名産『そのぎ茶』を使ったドリンクなどを販売しているそうです。
町の援助も得て駅舎内部を改装して8人掛けの丸テーブルを設置、本も置いてあり、自由に読めるそうで、訪れるとのんびりと過ごせる空間になっているようです。
1ヶ月以上前ですが読売新聞の地位版でしたが紹介されていました。
訪れる人も多いかもしれません。

千綿川の上流には「いこいの広場」やキャンプ場が整備され県立自然公園の一部にもなっていて、夏には訪れる人が多い『龍頭泉』と呼ばれる千綿渓谷があります
また『千綿宿』には現在も1700年半ばから後半に始まったと言われていて県の無形文化財にも指定されている3人遣いの人形浄瑠璃も伝わっています。


『千綿宿』は現在は漁業と農業を営む人が多い小さな町ですが古くからの人形浄瑠璃など伝統芸能や宿場町の面影も残していてまたレトロな駅もある町です。
機会があれば訪れてみたい場所です。
スポンサーサイト





コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://shiomi116.blog.fc2.com/tb.php/494-3eb063ee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)