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マノエル・ド・オリヴェイラとポルトガル映画
マノエル・ド・オリヴェイラ

最高齢の監督として知られていたポルトガルの監督 マノエル・ド・オリヴェイラが4月2日に亡くなりました。 106歳でした。

1908年生まれで1931年に初監督の作品としてサイレント映画で伴奏付きのドキュメンタリー映画になるようですが『ドロウ河』を発表しています。
1942年に初の劇場長編作『アニキ・ボボ』を監督。
1963年に監督した『春の劇』では政権を批判したとのことで投獄されたそうです。
60年代後半までは2本の長編と11本の短中編と寡作でしたが70年代以降から製作スタンスを変えはじめて1990年から割と最近までは1年に1本に近いペースで発表していたそうです。
2012年には『家族の灯り』を発表しています。
この彼の軌跡はポルトガルの歴史とも深く関係しているようです

私はポルトガルの歴史はほとんど知りませんでしたがパソコンとかでみてみますと…
オリヴェイラが2歳のときに革命が起こりそれまでの王制が倒れ共和制になっています。(1910年)
その後、1932年から首相に就任したサラザールという人が独裁体制をとり隣国のスペインのフランコ体制とともに独裁政権が続いています。
この独裁体制はサラザールが引退(1968年)後も続いたそうですが1974年にクーデターが起こりその後、民主的な政権へと移行しているようです。

1908年といえば明治41年生まれで第一次世界大戦前になります。
同い年生まれになる映画人としては有名な映画監督としてデビット・リーンとマキノ雅弘がいます。
俳優さんとしてはベティ・ディヴィスやアンナ・マニャーニ、レックス・ハリソン、ジェームズ・スチュアートとかいます。

デビット・リーンは1984年に遺作となる『インドへの道』を発表しています。1991年に亡くなっています。
マキノ雅弘(何度も改名されていますが)監督は1981年に『ちゃんばらグラフティー斬る!』の総監修、1991年に自分がサイレント時代に監督した『浪人街』(黒木和雄監督)のリメイク映画を総監修をして1993年に亡くなっています。

同年代の監督が晩年に入りキャリアを終えようとしているときに創作活動が活発になっているのはすごいと思います
彼のデビュー作がつくられた1931年はスタンバーグ監督&ディートリッヒ主演のコンビ作の『嘆きの天使』、『モロッコ』、『間諜X27』が日本で公開された年(スタンバーグは『アメリカの悲劇』も公開されています)、ルネ・クレールの『巴里の屋根の下』、トッド・プラウニング監督の『魔人ドラキュラ』が公開され、フリッツ・ラング監督の『月世界の女』が公開されています。
日本初のトーキー映画『マダムと女房』が公開された年でもあります。
サイレントからトーキーに移り変わろうとしている時期です。
そう考えるとまさしく映画史の中を生きた人でただただ圧倒されます。


《主なフィルモグラフィー》
家族の灯り (2012) 監督/脚本  
ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区 (2012) 監督  
ブロンド少女は過激に美しく (2009) 監督/脚本  
コロンブス 永遠の海 (2007) 脚本/出演/監督 マヌエル・ルシアーノ(2007)
それぞれのシネマ ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~ (2007) 監督  
夜顔 (2006) 脚本/監督  
永遠(とわ)の語らい (2003) 監督/脚本  
家宝 (2002) 監督/脚本  
わが幼少時代のポルト (2001) ナレーション/監督/出演  
家路 (2001) 脚本/監督  
クレーヴの奥方 (1999) 脚本/監督  
世界の始まりへの旅 (1997) 監督/脚本/出演  
メフィストの誘い (1995) 監督/脚本  
リスボン物語 (1995) 出演  
階段通りの人々 (1994) 脚本/監督  
アブラハム渓谷 (1993) 脚本/監督  
神曲 (1991)<未> 監督  
ノン、あるいは支配の空しい栄光 (1990) 監督/脚本  
カニバイシュ (1988)<未> 脚本/監督  
文化都市リスボン (1983)<未> 監督  
フランシスカ (1981)<未> 監督  
過去と現在 昔の恋、今の恋 (1971)<未> 監督  
春の劇 (1963)<未> 脚本/監督  
アニキ・ボボ (1942)<未> 監
ドロウ河(1931) 監

私が他に知っているポルトガル映画といえばパウロ・ローシャ監督の『恋の浮島』くらいしかありません。
この映画は明治に来日し日本で生涯を終えたポルトガルの外交官で日本に関する著作も残したヴェンセスラウ・デ・モラエス(1854~1929)を描いた映画になります。
モラエスの妻は徳島出身の日本人で妻が亡くなった後、彼は神戸から徳島に移り亡くなっています。
徳島にはモラエス館などモラエスゆかりの場所があります。
私が大学時代、徳島で過ごしたときはこの映画は公開された後でしたが徳島ロケがあったそうでこの映画やモラエスのことは話題になったりしていました。 
結局、この映画はいまだに観ることが出来ていませんが…
パウロ・ローシャは2012年に亡くなっていますがオリヴェイラやジャン・ルノワールの映画で助監督を務めており一時期、日本で過ごしています。

日本にとってポルトガルは歴史的に深いつながりのある国になりますが私はポルトガルのことは映画のことも含めてほとんど知りません。
オリヴェイラやローシャ以外の監督の作品や新しいポルトガルの映画も日本でも紹介されていると思いますがあまり知られていないのが実情ではないかと思います
ローシャもですがオリヴェイラも日本で紹介されていない作品も多いようですしその全貌はわかっていないと思います。
これから彼らの映画も含めいろいろなポルトガルの映画が観られるとよいなあ…と思います

初期の困難な時代も含め晩年まで精力的に活動を続けたオリヴェイラ監督のご冥福をお祈りしています

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