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追悼 鈴木則文監督
追悼 鈴木則文監督

映画監督、脚本家として活躍された鈴木則文監督が5月15日に亡くなりました 80歳でした。

先日、本屋に立ち寄った際、雑誌のコーナーにトラック専門マガジンの『トラック魂』(交通タイムズ社)という雑誌で鈴木監督の追悼企画が掲載されていました。
巻頭に特集が組まれていて「トラック野郎シリーズ」の撮影時の写真や映画の写真、そして「さようなら わが映画の父 鈴木則文」という小川晋さんの追悼文が載っていました。
筆者の鈴木監督に対する思いが溢れるとても素晴らしい内容でした。
最初は立ち読みだけ…と思っていましたがやはり買ってしまいました

鈴木監督といえばやはりこの『トラック野郎』シリーズということになるのでしょう。
『トラック魂』の特集では〈鈴木則文監督 夢をありがとう、 トラック野郎の魂よ 永遠なれ〉 との見出しになっていて
紹介文では「(略)本誌読者のみなさんも映画のなかで活躍する星桃次郎や一番星号に憧れて、トラッカーになられた方も多いかと思われる。映画を通じて夢や希望、そして感動を与えてくれた鈴木監督に、心から哀悼の意を表します」と記してあり撮影時の写真なども掲載されていました。

私が映画を観始めた頃、「トラック野郎」シリーズは看板映画でお正月に東映の正月映画として松竹の『男はつらいよ』のライバル(寅次郎と桃次郎!)という感じで上映されていましたね。
ただ私はどちらかというと洋画が好きで映画館に、このシリーズも寅さんも観にいったことはありませんでした。
寅さんは高校生になってから見に行くようになりました、もうその頃はトラック野郎シリーズは終わっていました。
シリーズの合間に鈴木監督が撮った『ドカベン』は観にいきましたね。
私は自分がプレーするのは下手なのですが野球は大好きでテレビ・ラジオ中継はいつもみたり聞いたりしていました。
野球のアニメや漫画も好きでした。『ドカベン』も大好きで小学生でしたが一人で観にいきました。
忘れてしまっていて今、観るとかなり印象は違うかなと思うのですが、柔道の話が長くて野球のシーンが少なくてがっかりした記憶があります。

『トラック野郎』シリーズ終了後、鈴木監督は『忍者武芸帳 百地三太夫』(1980年)『吼えろ鉄拳』(1981年)『伊賀野カバ丸』(1983年)『パンツの穴』(1984年)『コータローまかりとおる!』(1984年)『カリブ愛のシンフォニー』(1985年)『ザ・サムライ』(1986年)『大奥一八景』(1986年)『塀の中のプレイ・ボール』(1987年)と映画をコンスタントに撮られています。自分でもびっくりしますがこの時代は全部、観ていました。
ただこれは偶然で鈴木監督だからと観にいったというわけではなく真田広之が出ているから、時代劇で面白そうだから、漫画の映画化だから、観たい映画の同時上映だから(例えば「カリブ愛のシンフォニー」)という感じでいつのまにか映画館やテレビ、ビデオで観ていました。
その後の『文学賞殺人事件』と遺作になる『びんぱりハイスクール』は観ていません。
そして『トラック野郎』シリーズの以前の映画は監督作では『聖獣学園』しかみていません。


鈴木監督は亡くなるまでは知りませんでしたが、大学卒業後に東映京都撮影所に入社後、最初は内田吐夢や加藤泰の助監督をされていたんですね
他にも大好きな山下耕作監督の『関の弥太ッペ』の助監督もされていますね
『飢餓海峡』や『宮本武蔵』など戦前から活躍され多くの名作を作られていた内田監督、『瞼の母』や『陰獣』など多くの面白い映画をつくられた加藤監督、仁侠映画で手腕を発揮された山下監督。
そんな時代劇や仁侠映画などが盛んにつくられていた東映で、その担い手だった監督達の下で映画を修行されたのだから面白い映画作りに力を入れておられたのかもしれませんね
『続てなもんや三度笠』〈1963年)で脚本家としてデビュー。
そしてその後は多くの脚本を担当されています
特に藤(富司)純子主演の『緋牡丹博徒シリーズ』(お竜さんですね)で多くのシリーズの脚本を手がけられています
藤さんは訃報に接して「私が今あるのは、緋牡丹があるから…私の恩人でした」とコメントされていました
監督デビュー作は『大阪ど根性物語 どえらい奴』(1965年)

観客を楽しませる、あきさせない、面白い映画をつくる
それが鈴木監督の信条だったのかもしれません
キネマ旬報の2012年の11月下旬号で鈴木監督は新作映画、内田けんじ監督の『鍵泥棒のメソッド』を批評されており絶賛されています。
そのなかで鈴木監督は面白い映画の3要素として、1ストーリイが面白い、2その映画を象徴する名場面、見せ場がある、3主演俳優の魅力が輝いていることを挙げられ、この映画で脚本能力は優れて抜群、アイディアがよく、主人公の熱演はは笑いと哀愁に満ちていて、トリッキーで変化球を多投しているが偶然が運命に変化する人生の過酷な断面を明るく描いて新鮮である と書かれています。
この文章を読んで実際に映画の現場でシナリオを書き、演出をされている方の文章だな…と思いました。
おそらく監督が書かれていた3か条は『トラック野郎』に代表される鈴木監督の映画でも実践されていると思います
先日も衛星放送で片平なぎさが出演していた5作目の『度胸一番星』が放送されていました
現在BSで寅さんも土曜日にテレビ放映がされていますがこの『トラック野郎』も観ていても人情とか笑い、涙とか全然古くないし菅原文太も愛川欣也もいいですね。何度見ても、話がわかっていても映画が始まると話に引き込まれるし面白いですね
『トラック野郎』の最後の作品『故郷特急便』がつくられたのが1979年。
もう30年以上前の作品になりますが衛星放送などでも何回も再放送されこうして映画雑誌でないトラック雑誌でもその功績が取り上げられたりされています。

『キネマ旬報』の批評文の中で鈴木監督は映画の更に面白さとして〈もう一つの行事〉があり、それは映画の感想を知人・友人と語り合うことでそのことなくして映画は完結しないと書かれています
鈴木監督が残した作品達にはいわゆる〈名作〉はないかもしれませんが映画ファンだけではなく普通の、映画をときどき観るような多くの人々に愛されていくと思われます。
再上映などもあるようですしDVD、テレビ放映などで、お茶の間やお店やネット上などいろいろな場面でこれからも〈もう一つの行事〉も続いていくでしょう。
ご冥福をお祈りします
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