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追悼 ミッキー・ルーニー
追悼 ミッキー・ルーニー

4月6日でしたがアメリカの俳優、ミッキー・ルーニーが亡くなりました。
93歳でした
訃報を伝える新聞やインターネットの記事の中でも日系人ユニオシを演じた『ティファニーで朝食を』のことを中心に書かれていました.
実際 私もミッキー・ルーニーの映画としてやはり『ティファニーで朝食を』がまず思い浮かびます。

『ティファニーで朝食後を』は大好きな映画ではありますがルーニーが演じたあの日系人はやはり観ていていやな気分になりました。
(カポーティの原作では少し設定が異なり印象が違ったような気がしましたが…はっきりとは覚えていません)
ミッキー・ルーニーは演じていてどうだったのか?本人は役と割り切って演じていたのでは…と推測しています。

あの人物設定や台詞・演技は監督のブレーク・エドワーズの特に『ピンクパンサー』シリーズなどと共通する一面(やりすぎる)があると思います。
(『ピンクパンサー』シリーズも決して嫌いな映画ではなく好きな映画です。特に初期の『ピンクの豹』や『暗闇でドッキリ』とか大好きです。2以降もクルーゾ警部と上司のドレフュスの掛け合いとかは面白かったですね。ただ映画はもう少し面白く作れるんじゃないかな…と思うような感じがしていました。
蛇足ですがドレフュスを演じたハーバード・ロムは好きな俳優さんでした。脇役で出演していた『絶壁の彼方へ』は大傑作です)
ブレーク・エドワーズは『暁の出撃』とか『グレートレース』とか好きで好きな監督さんですがヘンリー・マンシーニの音楽に助けられている一面もあると思います。
『ティファニーで朝食を』、『ピンクパンサー』ともにマンシーニが音楽を担当していてテーマ曲は誰でも知っている曲です。
あとエドワーズとマンシーニのコンビで『酒とバラの日々』がありますね。これも主題曲はとても有名な曲です。
映画は想像していた映画と全く違いびっくりした想い出があります。これは先入観なしでもう一度是非観てみたい映画になります。    話が脱線してしまいました…

『ティファニーで朝食を』以外で観たルーニーの映画となると私は年代順にいうと『緑園の天使』があり『ラッシー』、『ワイルドブラック/少年の黒い馬』そして割と最近では『ベイブ/都会へ行く』、『ナイトミュージアム』と、数ある作品歴のなかでほんの少ししか観ていません
ミッキー・ルーニーというと私と同世代か年下の世代、ひょっとしたら上の世代の方でも個性的な役柄を演じていた背の低い風貌に特徴のある俳優というイメージが定着していてその代表作が『ティファニーで朝食を』になっている気がします


ただ彼の俳優としての人生は勿論それだけではなくて1920年代後半からの子役時代を経て30年代、40年代にかけて大スターだったことはあまり知られていないように思います
知られていない原因としては
1、時間が経ちすぎていることと、
2、第二次大戦などがあり未公開作も多くその頃の作品が紹介されずあまり観ることができないこと、
3、当時大ヒットした映画であっても名作として後世に残るような映画が少なかったことなど
など原因はあるのでは…と思います

彼の全盛期の頃の映画はわたしはエリザベス・テイラーと共演した『緑園の天使』しか私は観たことはありません。
(割と有名な映画だと思いますがとても良かったと思います この映画はテレビの放送があったりDVDもあり割と観る機会はあると思います)
他の映画はDVD発売されている作品もあるかもしれませんがテレビ放送もあまりなく、なかなか観る機会はないように思います。

ただ彼の全盛期の活躍した姿はMGMミュージカルのアンソロジー『ザッツ・エンタティンメント』でいまでも断片だけですが観ることができます。

『ザッツ・エンタティンメント』自体を私はテレビで初めて観ましたがこの映画はMGMのミュージカル映画をリアルタイムで実際にみることができなかった人間にとってはMGMのミュージカル映画の素晴らしさ・奥の深さ、豪華さ…などを教えてくれるいつも発見がある宝石箱みたいな映画になります。

アステアやジーン・ケリーやシナトラ、ビング・クロスビーやエリザベス・テーラーなど大スターとともにミッキー・ルーニーが案内人として登場したときは最初に観た時は正直、どういう映画に出ている人かわかりませんでした。

ただミッキー・ルーニーやガーランドの実の娘のライザ・ミネリが登場してくれたことでルーニーとジュディ・ガーランドとのコンビ作、ガーランドの作品の断片など二人の全盛期の姿を見ることが出来ました。
今思うと、ミッキールーニーもそうですがジュディ・ガーランドの映画も知らないし見ていないなあ…と実感します。

映画のなかではルーニー扮するハーディが人気を博したというアンディ・ハーディシリーズのなかで二人が共演した『初恋合戦』、『ブロードウェイ』、『青春一座』などが映し出されます。
アンディ・ハーディシリーズは15本(16本という話もあります)あるそうですが共演者がだれで、作品名が何で…などよくわかりません。
全ての映画でガーランドと共演しているようでもないようですし日本公開作品も殆どないのではないでしょうか?

思えば私はガーランドも『オズの魔法使』、『若草の頃』、『イースターパレード』、『サマーストック』、『スタア誕生』しか観ていません。
出演作で言うと『オズの魔法使』のあと『若草の頃』までの5年間は私のなかでは空白になります

『サマーストック』(面白くて好きな映画です)以外は映画史に残る作品なのでガーランドはある程度観ている気分になっていただけだと思います。
全ての作品が好きですがこの中で『若草の頃』は私はとても大好きで忘れられない大切な映画になります。
実際は違うようですがこの映画で監督のヴィンセント・ミネリとガーランドは恋に落ち結婚してそしてライザ・ミネリが生まれたと今でも信じています。
妹役のマーガレット・オブライエンも『若草物語』同様良かったし可愛かったと思います。
彼女は1950年代前半に若くして映画界から引退してしまいます。

そしてガーランドは1969年に47歳で亡くなってしまいます。
もし彼女が健在だったらルーニーと一緒に間違いなく『ザッツ・エンタティンメント』に出演していたでしょうね。
彼女が早くして亡くなったことはアメリカミュージカル映画の大きな損失だったことと思います

そしてミーキー・ルーニーは50年代、60年代、70年代、80年代、90年代、00年代、10年代と映画界の中で生きていきます。
40年代までの全盛期を過ぎたあと、今度は身長が低かったこと、童顔であったことが災いして役柄が限定してしまい作品にも恵まれず破産宣告など大変な時代もあったようです。。
逆にその特徴を生かした実在したギャング・《ベビーフェイス・ネルソン》を演じた『殺し屋ネルソン』(観てみたい映画になります)など主演の映画もありますし、本人がどういう気持ちで演じていたかはわかりませんが自分のキャラクターを生かした役に脇役として出演することが多くなったようです

彼自身、自分のことを『生き残った人』だと言っていたそうです。
サイレント時代からの80年以上のキャリアを誇り、子役、スター時代、不遇な時代、脇役、破産、エヴァ・ガードナー(すごいと思います)をはじめとして8度の結婚など波乱万丈の生き方をした彼の言葉には重みがあります。

ルーニーが亡くなってわかったことは、彼自身の歩み、出演作が映画の歴史そのものであり、生き方も波乱万丈で非常に映画的であり、、その足跡をあまり知らないということに気付いたことかもしれません。

自伝とか評伝とかあれば読みたいですし出演作、特にガーランドとのコンビ作は一度は観て見たいなあ…と思います

ご冥福をお祈りします、
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