FC2ブログ
shiomi116
カテゴリ



アクセス数



プロフィール

shiomi116

Author:shiomi116
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



『金山』(佐世保市大塔町・白岳町)~サセボところどころ~
『金山』(佐世保市大塔町・白岳町)~サセボところどころ~ 
                       ーもう一つの『金山』(佐世保市指方町)もー

佐世保市には『金山』が私が知っている限り2箇所あります。

一つは針尾島の指方町の『金山』になります。

針尾島は南北に約10km、東西に約6kmの島で佐世保湾と大村湾の間にある島になります。
本土の間は佐世保側は早岐瀬戸、西彼杵半島側には針尾瀬戸が広がっています。
ただ特に早岐瀬戸は幅が狭く川のように見えるので島という感じはあまりしません。
西彼杵半島とは新旧二つの西海橋で結ばれています
(ハウステンボスは針尾島にあります)

指方町の『金山』は時代はよくわかりませんが名前の通り金鉱が掘られていたようで坑道の跡地が残っているようです。
現在は小字として、また西肥バスのバス停『金山』(ハウステンボス⇔クレールの丘⇔佐世保駅前方面の路線バスが1日3,4本往復しています)として名前が残っています。
またこの金山の上は城山になっていて平戸松浦氏方の豪族佐志方氏の居城があったそうで石塁など遺構も残っているそうです。
一度行ってみたい場所になります


もう一つは大塔町にある『金山』になります。
日宇川河口の南西にあり早岐湾に突き出した小さな半島になっています。(下の写真になります)

金山全景

対岸石油タンク(学園案内手前)より金山望む
(石油の貯蔵施設側より撮っています)


この山は標高130.3mで正式な名称は『吉貝(きちかい)山』といいますがここでもかつて金の採掘が行われていたようでそのため『金山』がこの地区の地名になっていて山も『金山』と呼ばれることが多いようです

二つの金山や(以前ブログに書きました)対岸にある無人島の高島などは早岐瀬戸を挟んで近くに位置しており地質が共通していて他の場所も含めて金の採掘が行われていたようです


金山先端 ピンボケ

金山先端を望む、早岐瀬戸
( 右は金山弾薬庫の先端部です。海は早岐瀬戸になります。対岸は針尾島になります)


現在、大塔町の『金山』には海上自衛隊の弾薬庫が置かれています

昭和13年に近くの土地が買収され海軍の弾薬庫がこの地に造られました。
敗戦後は海上保安部が工作所として使用、いったんは山林は元の地主に払い下げられました。
ただ昭和29年に弾薬庫及び保安地として他の民有地も含めて買収され再び『金山弾薬庫』が開設されました。
その後施設の拡充、更なる民有地の購入などが行われています。
民間人の立ち入りは制限されています

金山弾薬庫正式名称表示

金山弾薬庫入所者心得

弾薬庫


この金山弾薬庫がある『金山』まで戦前は鉄道の引込み線が延びていました。
その引込み線が使っていたトンネルが(以前このブログに書いています)尼潟トンネルで現在は道路として利用されています。
P1040854_640.jpg
(尼潟(入口)側です)

P1040862_640.jpg
(金山側です)

ただトンネルは古く狭いこと、大型車などの利用が難しいこともあってか脇に大きな道路が出来ており車の多くはこちらを利用しています。その道路の脇に(以前ブログで書きました)『矢保佐神社』があります

金山迂回路
(尼潟側、迂回路の入口になります)

P1040896_640.jpg
(矢保佐神社の鳥居になります。金山の文字がみえます)

金山入口道路
(金山側です。 手前で尼潟トンネルから道と合流します)

金山弾薬庫から四つ角望む
(弾薬庫のゲート側より写しています。道は5つに別れます。中央が尼潟トンネル、左奥が尼潟への迂回路、右側が石油貯蔵施設・佐世保学園へと続く道、手前が弾薬庫内部への道となります もう一つは下の写真にある民有地への小さな道です)
ゲート前には倉庫や資材置き場、小さな工場・事務所などがあります

P1050058_640.jpg
石油タンクさせぼ学園方面望む
弾薬庫に隣接する海岸部には石油の貯蔵施設が広がります その先は小さな工場などがあり更に進んで行くと『佐世保学園』の敷地に入ります

させぼ学園案内
(佐世保学園は少年の更生施設になります)

海上自衛隊の弾薬庫はここ金山の他は針尾地区に、米軍の弾薬庫は同じく針尾地区と前畑地区にあるようです。


ここ大塔の『金山』には海側から見ると佐世保湾に入る途中に大きな巨岩があるそうです。

ここではかつて修験道が行われておりこの山の正式名称である『吉貝山』の名称は修験者が吹いた法螺貝にちなんでいるそうです。巨岩の上には修験者が信仰する祠があったそうですが戦前弾薬庫として買収された際に矢佐保神社に遷されたようです。現在は残念ながらこの山に立ち入ることはできませんが山の中を散策することが出来たら金鉱跡、修験道の跡…などいろいろと小さな発見があるかもしれません



『させぼ歴史散歩』(筒井隆義著 芸文堂)を参考にさせていただきました
スポンサーサイト





コメント

佐世保市内の米軍が建設したジョスコー線の列車が走ってる写真と と 日宇駅から延びていた沖新町の引込み線で実際に線路が写っている写真を探しています。

教えてください。

あとこの弾薬庫線は日宇駅からどのように延びてたのでしょうか? 地図とかありますか?

沖新町の造船所に伸びてるように思えたのですが,角度的にちょっと無理があると思ったのですが。
[2015/09/14 11:39] URL | cc #aobzFQEw [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
→http://shiomi116.blog.fc2.com/tb.php/275-f309696c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)