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的山大島・花粉避粉地体験ツアー
花粉避粉地体験ツアー

1月20日の読売新聞の地域版に的山(あづち)大島で花粉症に悩む人を対象とする「避粉地」体験ツアーの話題が掲載されていました

的山(あづち)大島は平戸島の北薬1kmにある周囲約35km、面積約15.17平方キロメートル、人口1116人(2017年1月1日現在)の島になります。
2005年までは北松浦郡大島村として独立した自治体でしたが生月島(生月町)、本土の田平町などとともに平戸市の一部となり現在は平戸市大島村になります。

的山(あづち)の由来ですが「あずち」(あづち)とは弓場で的をかける山(的山)をつくるために土を高く盛ったものだそうです。
(私は弓を的に売った経験がないのでよくわかりませんが野球のブルペンのようなものなのかもしれません。)
弓を射る盛り土をつくるため土を運んできてそれをたたきつけ、たたみあげる一連の作業が「編土」(あむつち)と称されその音がつまって「あづち」と呼ばれるようになったのではないかということです。
定期的に「あづち」をして射技が開催される場所が次第に拡大して呼ばれるようになりその集落全体、地名を「あづち」と呼ぶようになったのではないかということです。織田信長のお城があった安土も漢字は違いますが同じ由来、成り立ちになるようです。
ほかにもいろいろあるようで上手く説明できません
日本書紀や平安時代の本に「あづち」のことが載っているそうです。

古い儀式に由来している名前を持つと思われるこの島は遣唐使が寄港したり、元寇の舞台にもなったりと実際に古い歴史を持つ島になるようです。元寇などの史跡も残っているようです。

島の北部には大きな大根坂湾が広がり南部には神浦湾と的山湾ががあり神浦と的山には大きな集落があり二つの港と平戸・田平との間にフェリーが運行されています
(フェリーは朝夕を除くと的山港のみが島の玄関口となっているようです)

      的山     神浦     田平     平戸       神浦      的山
1便     6::45   7:00 7:05  7:507:53   8:05 8:25            9:10  
2便     9::20                   10:05 10::20           11:05
3便     11:15                  12:00 13:00            13:45
4便(夏)  14::00                  14:45 15:25            16:10
5便(冬)  16:25                   17:10 17:30  18::15 18::20  18:35
5便(夏)  16:25                   17:10 18:10  18::55 19::00  19:15

神浦と的山の二つの集落には古い町並みが残っているそうで特に神浦地区には江戸・明治・大正時代の港町の木造建築物が細い道を挟んで立ち並んでいて国選定の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

島には市に委託された「大島村産業」が運行している路線バスが運行され的山と神浦間は薬0分で結ばれ、ほかにも北部の大根坂などとの島内に運行されています。運賃は100円のようです。

島の最東端にある大賀断崖や灯台がある長崎鼻などの自然美や島ですが漁業の他に米作りなど農業や肉牛の飼育も盛んで傾斜を利用した棚田も有名です。もちろん絶好の釣りのスポットでもあります。宿泊先として民宿や温泉もある公共の宿漁火(いさりび)館があります。漁火館は以前は釣り番組でCMが流れていました


またこの島の特徴として春に花粉を発生させるスギ林が島全体の面積の約1%と少なく、本土や他の島からも距離がある程度離れていることもあり飛散が少ないそうです。
こうした特長や自然豊かで空気が綺麗な環境を生かして2008年より花粉「避粉地」体験ツアーを実施されています

今年(2017年)は3月10日~12日に2泊3日で計画されています。
ツアー中は大島の上記の島の歴史や自然に触れたり、刺身など島の食事を味わったりと島の魅力を堪能できるようです。
2泊3日の短い時間ですが過去参加した人によると「滞在している間か症状を忘れることができた」「症状が軽くなった」など気分転換も大きいかと思いますが実際に効果があったという感想も寄せられているそうです。
費用は宿泊先により異なるそうですが2万円前後、ツアー募集期間が1月30日~2月15日です。

私は近くなのですが行ったことがなく一度、平戸と大島の間にある度島とともに訪れてみたい島です。
ツアーを企画している地元住民でつくるNPOでは「島の良さを知ってもらい移住先の選択肢に加えてもらいたい」と話しています。
「観光客としてリピーターになってもらいたい」ではなく移住先に言われているのは島の過疎化の厳しさそれを食い止めたいとうNPOのツアーにかける思い・島への愛着が伝わっていると思います。充実したツアーになっていると思います。
リピーターそして未来の島民が増えると良いですね。


※読売新聞1月20日号地方版を参考にしました
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そとめ潮風コース復活を
そとめ潮風コース復活を


遠藤周作はいろいろな顔を持つ作家だと思いますが代表作の一つ『沈黙』が1月21日からマーチン・スコセッシ監督で映画化され『沈黙ーサイレンスー』という邦題で公開されています。
物語の主な舞台は長崎市外海地区になります。
外海は長崎の中心部から北に約10kmにあります。かつては独立した自治体でしたが2005年に長崎市の一部となっています。沈黙の舞台となった黒崎のカトリック教会や出津(しつ)教会などキリシタン遺産が残っている静かな街です。
出津教会の近くにはドロ神父記念館、沈黙の碑、歴史民族資料館などがあり出津文化村として整備されており、平成12年には近くに遠藤周作文学館が 、平成18年には休憩所やレストランや地元の農水産物や加工品が販売されている『道の駅夕陽が丘そとめ』が文学館の隣に出来て観光地となっています。

外海がある西彼杵半島は長崎バス(子会社のさいかい交通)のエリアで路線バスで訪れることができます。
長崎新地・長崎駅前からの直通便か長崎と西彼杵半島の中継地となる「桜の里ターミナル」まで行きそこから乗り換えて行くことができます。長崎の中心地よりい約1時間~1時間半かかります。

6,7年前くらいまでは『そとめ潮風コース』という外海地区への定期観光バスを長崎バスが運行していました
私も利用したことがあります。ガイドさんの案内付きで教会や道の駅、資料館、文学館そして女神大橋も近くの公園からみることが出来たりと面白くてこの定期観光バスはいいなあ…と思っていましたが利用者が少なかったのか現在は運行が中止となっています(私が乗車したときも日曜日でしたが利用者は5人くらいだったと思います。)

長崎駅前→(如己堂ー浦上天主堂ー一本松鳥居)→黒崎教会→出津文化村《出津教会、ド・ロ神父記念館、外海歴史民族資料館》→遠藤周作文学館・道の駅夕陽が丘そとめ→女神大橋→長崎駅前 ()は車窓での観光

現在、長崎バスではその代わりとして路線バスを使ったプチ旅行を設定しています
(長崎バスのホームページに掲載されています)
予約が要りますが新地発で10:06分に長崎駅前を出る瀬戸板の浦行きのバスに乗り11:07に道の駅バス停で下車して道の駅や遠藤周作文学館、出津文化村などを散策(道の駅でバイキングの昼食)して15:47(平日は15:02)に出津文化村バス停から新地ターミナル行きに乗車するコースになります


『沈黙ーサイレンスー』は国内外の著名な俳優も出演していますし監督がマーチン・スコセッシということもありかなり注目されています。映画としての評価も高いようですし舞台となった外海も注目されるのではないかと思います

映画の公開にあわせて遠藤周作文学館では常設の展示の他に「刊行から50年 遠藤周作『沈黙』と長崎」(平成28年5月21日(土)~平成30年5月)や台本・イメージ画、スケジュール表など貴重な史料も展示されているという「遠藤周作×マーティン・スコセッシ『沈黙―サイレンス―』」展(平成29年1月14日~3月31日)の特別展が開催されています


また今年1月19日には『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』がユネスコの世界文化遺産に正式に推薦されることが決まりました。外海地区では「出津教会堂と関連遺跡」と「外海の大野集落」の二つが構成遺産になっています
すんなり登録されるかわかりませんが世界遺産登録されれば構成資産の一つとして外海は更に脚光を浴び国内外から訪れる人もとも増えるのではないかと思います

1月15日、29日、2月4日には遠藤周作と小説『沈黙』の舞台をめぐるバスツアーが計画・実行されています
9:40~17:30 料金7800円
長崎駅前→枯松神社→黒崎教会→道の駅そとめ夕陽の丘(昼食)→出津文化村→大野教会→遠藤周作文学館→長崎駅
どのくらいの片がツアーに応募してどういう感想をもつのか大変興味があります。

一度、廃止になった『そとめ潮風コース』の定期観光バスですが土日祝日だけでも運行されれば映画や世界文化遺産もあり利用者も以前よりは多いのではないかと思います。
是非、再開を検討してもらいたいです






ピエール バルー
ピエール バルー

フランスの音楽家、俳優、映画監督、プロデューサー…(本人はインタビューで最初のパスポートの職業欄に散歩人と書いたと話していました)と幅広く活躍したピエール・バルーが平成28年12月28日に亡くなりました。82歳でした。

私はピエール・バルーはクロード・ルルーシュ監督の『男と女』のことくらいしか知らなかったのですがインターネットでプロフィールをみたり、テレビ番組をみてみると非常にポジティブな人で音楽活動を軸にいろいろな活動をしていた人だったことを知りました。

バルーは14歳のときにマルセル・カルネ監督&ジャック・プレヴェール脚本の『悪魔が夜来る』をみてプレヴェールの台詞に感銘を受けたそうです。この映画との出会いのエピソードはフランソワ・トリュフォーと相通じるものがあるように思います。
(プレヴェール脚本『火の接吻』で評判となったアヌーク・エーメとは『男と女』で共演し結婚しています(後に離婚)縁だったのかもしれません)
15歳のときにヒッチハイクで北欧、イスラエルなど放浪したり、バレーボールでフランスのナショナルチームに加入したりと早熟で文武両道に秀でた人だったのでしょう。
その後もブラジル音楽に傾倒しブラジルに渡ったり、ミレーユ・ダルクの映画などで知られているジョルジュ・ロートネルの映画のアシスタントを勤め、映画に俳優として出演したりもしています。このころフランシス・レイと知り合っています
舞台ではテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』で主人公で語り手のジムを演じているのですね。私はこの戯曲がとても好きなので嬉しいし親近感を覚えます
クロード・ルルーシュとはテレビ番組映画で知り合いとなり『女と拳銃』、『大いなる時』に出演しています。

『大いなる時』の失敗(ルルーシュが公開直後に自分が監督した最悪の作品として全て回収しています)のあとルルーシュがドーヴィルの海岸で子供と犬を連れて朝、砂浜を散歩していた女性をみて即興で思いついた物語を聞いてバルーはジャン=ルイ・トランティニャンを俳優として紹介したり、作曲家としてフランシス・レイを推薦したりとこの映画で大きな役割を果たしています。
(この話はBS-TBSの『SONG TO SOUL』の「男と女」で詳しく紹介されています。)
バルーがいなかったら『男と女』は全く違った映画になっていたと思います。

『男と女』の成功後、バルーはルルーシュの『パリのめぐり逢い』、『白い恋人たち』…の音楽に協力したり、自分が立ち上げた音楽レーベル「サラヴァ」を拠点にプロデューサー活動、作詞・作曲、世界中でコンサートを開いたり映画をつくったりしています。
また私はみたことがないのですがヌーヴェルヴァーグの監督の一人として知られるジャック・ロジエの映画に出演したりと俳優としても活躍しています

また日本にも縁があり1982年に初来日して日本の音楽家とも交流があり、日本人女性と結婚しています
高倉健主演の『海へSee You』のテーマ曲を歌ったりしています(観ましたが覚えていませんでした)
その後も何度も来日しています。BSーTBSの『SONG TO SOUL』の「男と女」の特集では2014年の12月に渋谷でサラヴァのコンサートを開き「男と女」を日本人の女性歌手とデュエットするピエール・バルーの姿が映し出されていました

『SONG TO SOUL』のインタビューで彼は「人との出会いが道をつくってきた。これが人生だしこれからも続くと思う。今を生きているので、過去の事は消し去っていく、ただ今までの人生では好きな事ができて全てのことに満足していている。恵まれた人生だったと思う」と語っています。今思うと彼の遺言のようにも思えます。

「音と女」は製作されて50年以上が経ちましたが製作50周年だった昨年はデジタルリマスター版が劇場公開さたり、ピエール・バルーが『男と女』の製作の過程で引き合わせたルルーシュ&レイの新作『アンアとアントワーヌ愛の前奏曲』も日本で公開されています。
ウィキペディアでは彼の肩書きの一つとして<才能発見者>と記載してありますが映画『男と女』そのテーマ曲『男と女』は才能発見者ピエール・バルーがみつけた才能を結びつけて完成させた最高傑作だったのかもしれません。
映画も音楽もこれからも残っていくと思います


追悼・神山繁さん
神山繁さん

俳優の神山繁さんが亡くなりました。87歳でした。
朝の連続ドラマ『マッサン』で出番は多くなかったですがマッサンの故郷、竹原の和尚さん役で出演されていましたがそれが最後の出演作だったのですね

大好きな俳優さんでした。
テレビ、映画、舞台といろいろと活躍されていました。舞台での活躍は私は知りませんがテレビ、映画とたくさんの作品に出演されていたと思います。
『ブラックレイン』、『四十七人の刺客』、『踊る大捜査線』…と多くの映画にも出演されていますがサスペンスや時代劇を私が好きな事もあり、どちらかというと時代劇や2時間のサスペンスドラマなどでのテレビドラマの印象が強いです。


一番最初に思い浮かんだのは丹波哲郎版『鬼平犯科帳』の岸井佐馬之助役でした。
以前このブログに書いたと思うのですが私は長谷川平蔵の若い頃、剣術道場時代からの親友である(高杉道場三羽烏)である岸井佐馬之助という人物が大好きでした。
テレビドラマで彼を演じた加東大介、田村高廣、神山繁、江守徹、竜雷太も、偶然なのですがものすごく大好きな俳優さんばかりが演じています

みなさん(岸井佐馬之助も含め)て主役になることは少ないけれど個性的で脇で光るような、主人公を助けるような役を演じることも多く、好きだからということもありますが登場すると嬉しくなりどこかホッとする感じがありました。

神山さんはどちらかと強面のイメージがあり悪役も多かったと思いますが気骨のある正義感な役や、ユーモラスな役など、幅広くいろいろな役を演じられていました。
亡くなられて本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします。






ウィリアム・ピーター・ブラッティ
ウィリアム・ピーター・ブラッティ

1月12日にアメリカの作家・脚本家・映画監督のウィリアム・ピーター・ブラッティが亡くなりました。89歳でした。

映画評論家の山田宏一さんが以前キム・ノヴァクが主演しウィリアム・ピーター・ブラッティが脚本を担当した『空かける強盗団』(1969年 ハイ・アヴァーバック監督)のことを題名は忘れましたが本に書かれていてそれを読んで以来、観たい映画とずっと思っていました。
昨年の12月に発売された『ヒッチコック映画読本』の第2章「jヒッチコック的美女と犯罪」に1996年『ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭』の「ヤング。ファンタスティック・グランプリ部門」でキム・ノヴァクが審査委員長として来日した際に『めまい』を中心に山田さんのキム・ノヴァクへのインタビューが掲載されていました。そのなかで山田さんが『空かける強盗団』のことも質問されていました。キム・ノヴァクが全裸で馬にまたがって銀行の前に現れる伝説の?シーンのこともインタビューされていました。
キム・ノヴァクはコメディは大好きで乗馬は好きで撮影も恥ずかしいより楽しめたと書いてあり改めてまた観てみたいなあ…と思ったりしたばかりでした。


ウィリアム・ピーター・ブラッティは1960年代に脚本家としてデビューしています。
『暗闇でドッキリ』(1964)、「地上最大の脱出作戦』(1966)、『銃口』(1967)、『暁の出撃』(1970)とブレイク・エドワーズ監督(『ティファニーで朝食を』、『ピンク・パンサーシリーズ』…)とのコンビが多いみたいです。
ピンク・パンサーシリーズの『暗闇でドッキリ』と『暁の出撃』は観ています。どちらも評判はあまりよくないと思いますが私は両方とも好きな映画です。

『エクソシスト』は公開時は観ていなくて随分経ってからテレビで観ました。
大ヒットした映画で続編などもその後、製作されていて私は『エクソシスト2』までは観ています。
『エクソシスト3』はウィリアム・ピーター・ブラッティ自身が監督もしているんですね。2はジョン・ブアマンが監督だったんですね.。知らなかったなあ…よくわからなかった1も含めて3作品とも、改めてみてみたいですね。

『エクソシスト』以降は小説家としての仕事が中心となっているようです。
私は読んだことはありませんが「センター18」とか「デイミター」など翻訳され創元推理文庫などから出版されたり映画化された作品もあるようです。

俳優や監督の名前は知っていても脚本家となると一部の有名な人を除くとほとんどの方を知りません。
私も山田さんの本を読んでいなければウィリアム・ピーター・ブラッティの名前は知らなかったと思います。
脚本家時代の映画も観てみたいです。
ご冥福をお祈りいたします。




追悼 ミシェル・モルガン
追悼 ミシェル・モルガン

2016年12月20日にフランスの女優 ミシェル・モルガンが亡くなりました。96歳でした。

12月29日に長崎文化放送で長崎出身で2016年8月4日に亡くなった文化勲章受章の画家松尾敏男さんの特別番組が放送されました。
私は仕事中でたまたまテレビをつけていたのですが松尾さんはミシェル・モルガン像を描かれていてその話題も出ていました。(実際にモデルとして依頼して描かれているようでした。ネットで調べてみると1999年の作品のようです。70歳過ぎのモルガンの肖像画になるのかもしれません)
松尾敏男さんは1926年生まれなので私の勝手な想像ですが若い頃にフランス映画をみておられミシェル・モルガンがお好きだったのかもしれません。
ずいぶん昔ですが先代の三遊亭円楽さんがゲストでラジオで映画と映画音楽について話をされる番組がありましたがフランス映画の話が出てミシェル・モルガンの名前が出ていたと記憶しています。
私はミシェル・モルガンの映画は数本しか観ていなくて公開当時のことはわかりませんが日本でも人気があったフランスを代表する女優さんの一人ではないかと思います。

目がとても印象的な女優さんです。
観たことはないのですが『想い出の瞳』(1943年)という映画もありますし彼女が1977年に発表した自伝の題名もフランスの原題名が同じかどうかわかりませんが『想い出の瞳』と山田宏一さんの『新編 美女と犯罪』(ワイズ出版)のなかで紹介されています。 『ジャン・ギャバン』(アンドレ・ブリニュラン著 時事通信社)という本の中では『君はその瞳で』と紹介されています。
(『ジャン・ギャバン』の表紙は『霧の波止場』の映画の窓越しにギャバンとモルガンの2人が映る有名なシーンが本の表紙になっています)

ジャン・ギャバンとは『霧の波止場』(1938)、『珊瑚礁』(1938)、『曳き船』(1940)、『愛情の瞬間』(1952)の4本で共演しています(私は『霧の波止場』しかみていません)
今年のお正月に『霧の波止場』を久しぶりに観てみましたがやはりミッシェル・モルガンの代表作でありまたジャン・ギャバンの代表作だと思います。人生につまずき逃亡しそこで運命の女性と出会う。また人生を歩み始めようとするけれど運命の女性が忘れられずまた引き返してしまう…という『望郷』と並ぶギャバンらしい世界が展開されていきます。
そして18歳の彼女は美しく、シャネルの衣装だそうですがレインコートとか白黒ですが今観ても素晴らしいと思います。
『天井桟敷の人々』や『夜の門』(主題歌「枯葉」)などの監督マルセル・カルネ、脚本ジャック・プレヴェールのコンビの代表作にもなると思います。

ギャバン同様、フランス映画を代表する俳優、ジェラール・フィリップとも『狂熱の孤独』(1953)と『夜の騎士道』(1955)で共演しています。『狂熱の孤独』はみていませんが『夜の騎士道』はみています。
『悪魔の美しさ』、『夜ごとの美女』とジェラール・フィリップはこの時期にクレールの映画に続けて出演していてこの作品が最後の作品になります。クレールとしては軽い感じの映画ですが好きな映画です。 カラー映画でミシェル・モルガンは白黒映画とは違う魅力がありまた35歳の円熟した美しさがありました。


少し前の映画でイギリス映画になりますが『落ちた偶像』(1948)も好きな映画です。
『第三の男』と同じ原作・脚本グレアム・グリーン、監督キャロル・リードのコンビの映画で私がミシェル・モルガンではじめて観た映画になります。。
子役の男の子が抜群に上手で素晴らしくてその印象がすごく強い映画です。少年の善意の嘘がかえって少年にとって大好きで慕っていた執事を追いつめ窮地に追い込む…という原作・脚本『第三の男』の前年につくられた映画でモルガンは執事の愛人役でした。緊迫感があり面白い映画でした。

映画館では観ていませんがリアルタイムでは『みんな元気』(1990)を観ています。
映画を観たときは全くわからなくて後でミシェル・モルガンだったと知りました。『東京物語』や『舞踏会の手帳』を思い出させる内容・構成となっています
『ニュー・シネマ・パラダイス』や『マレーナ』のジョゼッペ・トルナトーレ作品でマルチェロ・マストヤンニがいつもですが素晴らしくてミシェル・モルガンも列車の中で登場し印象的でした。勝手な推測ですがトルナトーレは往年のモルガンの映画とか好きだったのkもしれません。

私は以上の4本しか観ていません。ミシェル・モルガンはヌーヴェルヴァーグの前に活躍した女優のイメージがあります。
ジャン・ドラノワ監督の映画によく出演していて前述した『想い出の瞳』、『愛情の瞬間』の他にも『田園交響楽』、『妄執の影』(愛の迷路)とか出演しています。みんな観てみたい映画ですが特に『妄執の影』は原作がウィリアム・アイリッシュの短編なので昔から観てみたい映画の一つです。ヌーヴェルヴァーグの影響もあるかと思いますがジャン・ドラノワは忘れられている人だと思います。ジョルジュ・シムノン原作のンメグレの映画もつくっているしいろいろと観てみたい監督さんの一人です
監督でみてみるとまだ1本も観たことがないジャン・グレミヨン監督のギャバン主演の『曳き船』も観てみたい映画です。
グレミヨンはこの作品も含め最近、DVDが数本発売されているようです。
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『わが父わが子』とかもあるし知らない映画が多いですが他の作品もいろいろ観てみたい映画があります。

ダニエル・ダリューはまだ健在ですがまた一人、往年のフランス映画界を代表する大女優さんが亡くなりました。
残念で悲しく思います。 ご冥福をお祈りいたします。





追悼 デビー・レイノルズ
追悼 デビー・レイノルズ

アメリカの女優、歌手、ダンサーとして活躍したデビー・レイノルズが2017年12月28日に亡くなりました。84歳でした。
生涯3度結婚されていて最初の結婚相手、エディ・フィッシャーとの間に生まれたのが前日に亡くなったキャリー・フィッシャーでした。
娘の急死に耐えられなかったのではないかとの息子さんのコメントがありましたが相次いで亡くなってしまいびっくりしました。
娘のキャリー・フィッシャーはスターウォーズシリーズのヒロインとしてリアルタイムで、お母さんのデビー・レイノルズはリバイバルやビデオ、DVD、テレビ放送で数本しか映画は観ていませんが大好きな女優さんでした。


デビー・レイノルズの代表作はやはり『雨に唄えば』でしょう。この映画のことはこのブログでも書いたのではないかと思いますが今までで一番何回も観た映画です。最初に観たのは高校時代にビデオで観て、その後も徳島でも佐世保でも長崎でもリバイバルを観にいきました。もう15年くらい観てはいませんがその後も何回も繰り返し観ています。この映画のデビー・レイノルズは本当に可愛らしくて素敵でした
ただ『雨に唄えば』以外はデビー・レイノルズの映画はあまり知られていないんじゃないかと思います。
割と有名だと思う『不沈のモリー・ブラウン』やアステアが主演した『土曜はあなたに』(部分的にみたことはあります)も私はみていません。フィルモ・グラフィーをみてみるとコメディ映画と思われる題名の映画を中心に多くの映画に出演しています。

私が観る事ができた映画に『歌え!ドミニク』があります。前にブログに書いたと思いますがこの映画は私がテレビでですが一番最初に観たミュージカル(音楽)映画になります。知名度が低くあまり評価もされていないと思いますが私は好きでした。
『結婚泥棒』、『奥様は芳紀17才』は大学時代にテレビで観ることができた二つとも楽しいコメディだったと記憶しています。
前者はアステアとの共演でしたがアステアはダンスはしたと思いますが残念ながらほとんど踊らなかったと思います。ただ彼の踊りがなくても楽しめる映画でした。後者はディック・パウエル、アン・フランシス共演で3人の関係が面白く楽しめた映画です
あとは西部劇の『西部開拓史』くらいしかみていません。
かつては1950年代~60年代の軽いコメディ映画とかテレビで放送されたりしていましたが古すぎるのか地上波はもちろん衛星でもなかなか見ることもできなくなりました。仕方がないことですが残念です。DVDとかの販売も難しそうです。

今はおそらく<レイア姫を演じたキャリー・フィッシャーのお母さんがデビー・レイノルズ>だと思いますが私にとっては<『雨に唄えば』のデビー・レイノルズの娘さんがキャリー・フィッシャー>です。
いつか歴史のなかに埋もれているデビー・レイノルズのいろいろな映画をみる機会ができたら…と思ます。
お2人のご冥福をお祈りいたします。


ブログの更新について
ブログの更新について

2017年がスタートしました。ブログの更新がなかなかできない状態が続いています。
明日も仕事が入ったりと以前より更に時間がとれなくて書いても内容的にも思うようにできていませんが少しずつでも更新していきたいと思っています。
本年もよろしくお願いします。