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西鉄柳川駅のリニューアルと『水都』の運行
西鉄柳川駅のリニューアルと『水都』の運行

川下りや雛祭りそして北原白秋の生誕地などで、また個人的には大林宣彦監督の『廃市』や高畑勲監督の『柳川掘割物語』など映画の舞台としても思い出深い観光都市・柳川市はかつては国鉄の佐賀線も東西に走っていましたが1987年に廃止になり現在は西鉄の天神大牟田線が市の南北を走っています。
その西鉄による『柳川』に関連する話題がこのところ続いています。

1、駅のリニューアル
今年の3月より市の玄関口である『西鉄柳川駅』の駅舎が建て替えられ、大規模リニューアルが実施されていた新『西鉄柳川駅』が9月26日に完成しています。

新しい駅舎はこれまでの平屋建ての駅舎を約12億円かけて2階建ての前面ガラス貼りの鉄骨造りの駅舎(床面積はこれまでの約990平方メートルから約1360平方メートルに増床)に建て替えられました。
改札口や駅務室などの駅機能は2階に移設され、柳川市により新設される自由通路と2階が結ばれて駅の東側からもスムーズにアクセスできるようになっているようです。
1階にコンビニを、2階に観光インフォメーションやお土産など物産品も取り扱っているカフェスペースが設けられています。
段差を解消しエレベーターやエスカレーターを自由通路に、改札内にエレベーターを設置、多目的トイレや授乳室、救護室なども設けられ人に優しい駅構造になっているようです。


2、柳川観光列車『水都』の運行
西鉄電車沿線の屈指の観光地である柳川への列車の旅を楽しんでもらえるようにと西鉄では柳川市長さんが命名し、車内外に柳川一色のラッピングが施された柳川観光列車『水都(すいと)』が10月4日より運行されます。


外装のデザインは柳川の四季をテーマに、
1両目《秋・冬》-菊の節句と御花に越冬する鴨ー、2両目《夏・秋》-有明海花火フェスタと白秋祭ー、3両目《初夏》ー花菖蒲ー、4両目《初夏》-からたちの花ー、5両目《春》-柳の新緑と水面ー、6両目《春》-柳川まりと雛祭りー
と各車両の外装に柳川の風物詩が季節ごとにデザインされているそうです。

車内も外装に合わせたデザインが施され、柳川の観光パンフレットや物産品を展示しているディスプレイキャビネットや乗車記念スタンプ台の設置もされているようです。
運行は毎日で平日が3往復、土日祝日が6往復 増便とかではなく福岡(天神)ー大牟田間で運行されている特急電車のなかで走らせるようです。
(特別の料金は不要です)
ちょうど福岡(天神)-太宰府間で現在、運行されている快速の太宰府観光列車『旅人』のような電車になるようです。
『水都』の名前も『旅人』同様、柳川の水の都(すいと)というイメージと福岡弁の好いとー(すいとー)をかけて命名されているようです。

3、御花直行バス『水都』の運行
西鉄バス(久留米)が10月4日より西鉄福岡(天神)-大牟田間で運行される柳川観光列車『水都』の運行に合わせて、観光列車『水都』同様のラッピングを施した西鉄柳川駅ー御花前を結ぶ直行バス『水都』が10月4日~11月29日の期間限定ですが運行されます。

今回、柳川駅より直行バスが運行される『御花』は有名な戦国大名・立花宗茂を藩祖とする旧柳川藩主の立花家の屋敷・建物で現在は屋敷地域全体が国の名勝になっていて庭園や料亭旅館があります。庭園自体が観光地であり料亭の会席料理や特にウナギのセイロ蒸しは九州では有名だと思います。
直行バス平日は1日1本、土曜日は9往復(4本は観光列車に接続)、日曜が8往復(4本は観光列車に接続)が運行されます。
所要時間は約10分、運賃が210円となっています。
是非、多くの人が利用され運行期間も延長、定期運行、増便となって欲しいですね。、

観光列車の終着駅になる『大牟田駅』では《万田坑》などが今年の世界文化関遺産に登録されています。
今回の柳川駅の大幅リニューアル。観光列車やバスの運行などがプラスになっつて西鉄電車を利用して多くの観光客が『柳川駅』など西鉄沿線(特に落ち込みが激しいといわれている久留米以南)を訪れて下さるとよいなあ…と思います

そして西鉄には出来れば近い将来に夢のある改造車ではない本格的な新型車両の特急電車も製造して走らせて欲しいなあ…と思います。


※西鉄のホームページを参考にさせていただきました

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『西部に賭ける女』(1960)
『西部に賭ける女』(1960)
NHKBSで9月29日に『西部に賭ける女』が放送されます。

~看板女優アンジェラ(ソフィア・ローレン)と団長のトム(アンソニー・クイン)を中心とする旅回りのヒーリー劇団。
一座はアンジェラの衣装代などで借金を抱えていて今回も保安官と債権者を逃れ州を越えてシャイアンの町にたどり着く。
出し物は大当たりするがガンマンのマドリー(スティーブン・フォレスト)と知り合ったり、債権者が押しかけてきたこともありまた一座は町を逃げ出すことになる~

アンジャラとトムそしてマドリーの3人の関係を軸に物語は展開していきます。
本格的な西部劇というよりは、ハリウッドに進出していたソフィア・ローレンの魅力を前面に出そうとした映画ですし西部を舞台にした男女の関係を描いた映画でもあります。また劇団の話なので芝居も映画の重要な要素になっています。
その辺りから西部劇とは無縁な舞台演出家出身のジョージ・キューカーが監督に起用されたのかもしれません。
キューカーは女優を魅力的に撮ることに定評があった人で古くはグレタ・ガルボから遺作となったジャクリーン・ビセット主演の『ベストフレンズ』(1981)(私がリアルタイムで映画館で観た唯一のキューカーの映画です。)まで多くの女優さんの代表作・話題作を監督しています。
『ベストフレンズ』は私はジャクリーン・ビセットのファンだったこともあり観にいきました。親友役でキャンディス・バーゲンが出演していました。DVD化されていないのではと思います。もう一度観たい映画です。映画館ではリバイバルでキューカーの映画は『マイ・フェア・レディ』(1964)、『ガス燈』(1944)、『魅惑の巴里』(DVD化希望!)(1957)を観ています。

ヒロインのソフイア・ローレンは『ひまわり』(1970)、『昨日・今日・明日』(1963)など悲劇から喜劇まで様々な映画で活躍したイタリアを代表する女優さんでした。この映画も含めてハリウッドの映画にもよく出演していました。
私が映画館で観た最初の映画は『リベンジャー』(1979)となります。
大柄で存在感があるので『ローマ帝国の滅亡』(1964)や『エル・シド』(1961)など史劇も似合っていてとてもよかったと思います。

相手役がアンソニー・クイン。
私が映画をテレビで観始めた頃は個性的な脇役や準主役が多くてときどき主役も演じていましたが元々はインディアンとか海賊など悪役が多かった人です。
エスキモーからゴーギャンまでいろいろな國のいろいろな役柄を演じていて楽しませてくれました。
容貌が山形勲さんに似ていてお二人とも悪役を魅力的に演じることが出来てとても好きな俳優さんでした。
(お二人とも1915年生まれになります)
『その男ゾルバ』(1964)、『ナバロンの要塞』(1961)、『アラビアのロレンス』(1962)、『炎の人ゴッホ』(1956)、『ガンヒルの決斗』(1959)、『道』(1954)とか印象的でとても良かったと思います。
この映画ではローレンを引き立てるような抑えた演技でいつもとは違う一面をみせてくれます。

そして劇団の女優の一人としてマーガレット・オブライエンが出演しているのも嬉しいです。
子役スターとして有名だった人で『二人の瞳』(1952)という映画では美空ひばりとも共演しています。
『若草物語』(1949)、『若草の頃』(1944)とか映画も彼女も良かったと思います。
その後、彼女は引退してしまいますが、この映画では子役を脱しようとする女優という彼女自身を彷彿させるような役柄を演じていて大人になった姿をみせてくれています。

西部劇としてみると物足りない面があるかもしれませんが脚本に『駅馬車』(1939)や『胸に輝く星』(1957)などの西部劇でも面白い映画を手がけている名脚本家のダトリー・ニコルズが参加していることもあり話は面白いですし出演されている俳優さんたちはそれぞれ魅力的です。
監督の個性を生かした異色の西部劇となっています。


大島酒造 創業30周年蔵祭り
大島酒造 創業30周年蔵祭り

西海市の大島の『大島酒造』で創業30周年を記念して蔵祭りが19月27日(日曜日)の10時から15時まで開かれます。

『大島酒造』がある「大島」は西彼杵半島の西約2kmにある面積12.14平方キロメートル、周囲45.9km、人口約5800人の島になります。
元々は西彼杵郡大島町という独立した自治体でしたが2005年に平成の大合併で西彼杵郡の五つの町が合併して誕生した「西海市」の一つの町になりました。
有人島としては大島町には「大島」とその東側にある「寺島」(西海市大島町 面積0.78平方キロメートル、周囲7.6km、人口約180名)があります。
昭和63年に「大島」と「寺島」が《寺島大橋》で結ばれ、本土と呼子ノ瀬戸をはさんで700m離れていた「寺島」との間は平成11年に《大島大橋》が架かり現在は九州本土と結ばれています。
また「大島」の西側には「蠣浦島」(西海市崎戸町)があり二つの島は《中戸大橋》で結ばれていて更にその奥にある「崎戸島」(西海市崎戸町)まで行くことが出来ます。

「大島」はかつては「崎戸」同様、炭鉱の島でしたが閉山後は町が誘致した造船所が島の基幹産業となっています。
『大島酒造』は昭和60年に町の活性化や農業振興などを目的に大島造船所の関連企業として町も出資した第三セクターの酒造会社として誕生しています。現在も西海市は出資しています。

大島町が経営に参画していたこともあり原料として「大島」の荒廃していた農地に土地柄に適し作業手間が少なく兼業農家も取り組みやすいサツマイモに目をつけて農業振興の一環として栽培に取り組んでいます。
商品としては一番有名なのはおそらく麦焼酎の「いつもの奴」でこれはよくスーパーでみかけます。
他に同じ麦焼酎の「恋のオランダ坂」や芋焼酎の「磨き大島」とかも有名だと思います

大島造船所には他にももう一つ大島を代表する特産物と言っていい「大島トマト」を栽培・販売する農業部門があります。
また1983年に「大島アイランドホテル」が開業しています。
このホテルは大島造船所の迎賓館・高級リゾートホテルとして2013年に「オリーブベイホテル」としてリニューアルオープンしています。

島の中は崎戸町も含めて長崎自動車(長崎バス)の子会社である「さいかい交通」がバスを走らせていています。
また本土の太田和や樫の浦との間にもバスが走っています。
船では「西海沿岸商船」が佐世保港との間を高速船が走っています。途中、面高(西海町)を経由する便や大島の先、松島や池島へと足をのばす便もあります。佐世保からは1~2時間に1本は便があり車で行くと1時間以上はかかりますが高速船では30分弱で行くことができ買い物や通院に利用する人など多くの方が利用していますす。


今回、『大島酒造』の創業30周年を記念して開催される「蔵祭り」は9月27日に『大島酒造』の特設会場で開かれます。
当日27日は先着200名には無料の粗品が進呈され綿菓子のサービス、ブラスバンドや太鼓の演奏、何が出るのかお楽しみの抽選会、限定の福袋の販売、屋台村、フリーマーケットも用意され、もちろん試飲会も予定されています
今は橋を渡るのに料金は要りませんので大島、崎戸以外でも多くの方が参加され盛り上がると良いですね。

『大島酒造』は通常では団体でなければ飛込みで蔵元の見学もできます。
また島には昭和4年に建てられた太田尾カトリック教会などもあります。

島の活性化として官民協力してつくられた酒造所が30年を迎えています。
40年、50年…とこれからも島民にも焼酎ファンにも愛され信頼される蔵元として歴史を重ねて欲しいです




松浦鉄道社長へのインタビュー~西日本新聞「聞いてみた」から~
「松浦鉄道」社長へのインタビュー~西日本新聞「聞いてみた」から~

9月9日の西日本新聞の『ながさき・くらし経済欄』の「聞いてみた」というコーナーに現在の松浦鉄道社長へのインタビューが掲載されていました。
現在の社長さんは佐世保市出身で地元の銀行に入行され取締役や保証会社の社長などを経て2009年に会長に就任し翌年より社長も兼務されています

『松浦鉄道』は1988年より第三セクター化されていますが年間乗降客は1996年の442万人をピークに沿線人口の減少などもあり社長兼会長に就任された2010年には290万人を割り込むようになっていました。
社長に就任されてまず目標とされたことが「松浦鉄道を知ってもらうこと」。
地元に密着していろいろと接点を作ることを考え現在も実施されているイベントやお祭りなどに合わせて運賃を一律200円にする「お客様感謝デー」を増やすなど地道に取り組みをされ2013年まで3年間は乗客数は増えたそうです。

最近もこのブログでも取り上げました駅に愛称をつけたサブ駅名の制定や車両の前後部のヘッドマークに個人や会社・団体名をデザインできる命名権の販売、北松農業高校とのコラボ企画など、他にも駅のホーム待合などへの学生によるペインティングなど現在も様々な取り組みを積極的にされています。
ただ乗降客の減少は他の多くの鉄道会社共通の課題でしょうが松浦鉄道でも大きな課題のようです。



今後の取り組みとして夏のビール列車が好評なのを受け冬場に地元の蔵元の協力を得て車窓の景色を眺めながら日本酒を楽しむ『ほろ酔い列車』を考えているというのは嬉しいですね!
このブログにも書きましたが沿線には潜竜酒造(江迎鹿町)、森酒造(たびら平戸口)、松浦一酒造(楠久)、川浪酒造(久原)、古伊万里酒造(金武か夫婦石)、松尾酒造(大木)など大小、近い遠いなどありますがいろいろと酒蔵があります。
潜竜酒造か松浦一酒造かなあと思いますが潜竜だったら『本陣号』、松浦一だったら『みいら号』?とか命名した臨時号とか増結した列車とか走らせて欲しいですね
各蔵開きの折なども一律200円のお客様感謝デーにして欲しいですし、臨時列車の運行や各酒造会社を巡るスタンプラリーとかも楽しいかもしれません。

今後、松浦鉄道沿線とほぼ並行して延びる予定の『西九州自動車道』ですが現在は佐世保側が佐々まで、伊万里側が南波多まで延びており部分的に久原ー今福間が開業していています。
松浦鉄道にとって脅威、課題と捉えられることが多いのですが車で訪れる人が増え地域全体が発展して松浦鉄道にもプラスとして作用することが多いのではと前向きに考えておられるようです。
私は結構、影響はあるのではないかとは思いますが社長が言われるようにプラスの側面も多いと思うので自治体と話し合いながらプラスの面を生かすように取り組んで欲しいですね。

また社長が言われていましたがおそらく来年は『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』として相浦沖の黒島や田平の天主堂などが世界遺産に認定される可能性が高いと思います。
これは大変大きなチャンスです。
このことに関連して社長がこれからはMRだけでなくバス、タクシー、船などとの連携など県北全体の交通体系の見直しに言及されています。これは松浦鉄道の大きな柱となる観光、地元住民の足としてもどちらにもとても必要な事だと思います。


全体としてこれからも地元密着に徹し前向きに経営していこうという考えがみられる嬉しいインタビューでした。

タビ好キ ー平戸・高島の旅ー 〈平戸市野子町・高島)
タビ好キ ー高島の旅ー 〈平戸市野子町・高島)

毎週、日曜日のお昼12時より長崎文化放送(NCC・テレビ朝日系)で『前川清の笑顔まんてんタビ好キ』という佐世保市出身の歌手・前川清さんと大分出身のお笑いコンビWエンジンのえとう窓口さんの二人のコンビ(変更になる場合もありますが…)が九州・山口の各地をアポなしで旅する1時間の番組が放送されています。


8月25日の放送では平戸市高島の旅でした。
平戸の高島のことはこのブログで一度書いていますが面積は約0.25平方キロメートル 周囲約3kmの平戸本島の南端・宮ノ浦港の沖にある島になります。
テレビで放送された時点で島民は25名。5世帯の人が住んでいる島になります。
コンビニや商店はもちろん自動販売機もない島になります。
かつては小学校、中学校と分校がありましたが今は廃校となっていて建物と草が生い茂ったグランド跡は現在も残っています。
(ここで今回の放送で島唯一の女子中学生と前川さんたちの砲丸投げの競争がグランド跡で繰り広げられました。)
かつては定期船が運航されていましたが現在は宮ノ浦港から瀬渡し船や自分たちの漁船で行き来をされています。
宮ノ浦港は日本本土と橋で繋がっている日本最西端の港になりますがそこから西に約1.5km、船でおよそ5分の島になります。
またテレビでは触れられませんでしたがこの島には太平洋戦争中は200名ほど海軍兵が常駐していて砲台や見張りやぐら兼兵舎などの建物が置かれたりしていました。現在もそれらの跡が島の断崖に残されているようです。


「25人の島民なので島民全員に会おう」「ロケは1時間で終わってしまう」…と瀬渡し船で今回はアナウンサーの沢田さんも加えたオジさん3人組のコンビは話をされていましたが『高島』は想像より大きくてきちんと港湾設備が整備されている島でした。
船から見ると集落は港周辺しかなく家は数えるほどしか確認できませんでしたが実際に下船されて島を探索すると空家も結構あっつたりと奥行きがありました。
番組のなかで昭和40年代に島の様子を記録した映像が流れましたがかつては100名以上の人が暮らしており島民運動会なども行われたり…と活気のある島だったことが垣間見られました。
前川さんたちは25人全員にはおそらく会えなかったと思いますが出会える人数が少ない分いつもより深く多くの島に住む人たちと交流されたのではないかと思います。

5世帯25人の島民の数字を聞いていたのでお年寄りが多い過疎が進んだ限界集落を勝手に想像していましたがいい意味で裏切られました。
前川さん達の明るいキャラクターにも因ると思いますが楽しい番組で子供達が結構いて見ていて何かホッとしました。
子ども達の歓声が聞こえ、子どもたちを見守る働き盛りの親の世代がいて、そしてまだまだ元気で仕事を続けているお年寄りがいて…と普通のかつて存在して、今も理想となるような家族の日常がありました。

それぞれの家が漁で生計を立てられていますが高島近海で漁をされているところがほとんどのようで固定式の網で漁をしている家、延縄漁をしている家、籠を使い漁をする家など家々で独立して漁をされているようでした。
同級生の多くが島を出て行ったり、天気が悪い日は島での生活は大変とか生活の厳しさも言われていましたが「住めば都」で多くの方が今の生活に満足されており誇りを持っていること、子供達は本島の小中学校や保育園に船で通学していますが佐世保から嫁いでいるお母さん(佐世保出身が3人いるそうです)は島では子育てがしやすいと言われていたのは印象的でした。
またウニが獲れるそうで北海道に行った時、ウニを食べたら全然美味しくなかった、10月にもう一度島にウニを食べにきてくださいと言われていたはすごいと思いました。


前川さんたちが船で離れる際は島の人達が見送りに来て、いつまでも手を振ってと、半日あまりの交流なのでしょうが島からの船による別れはいつも見ていてジーンときます。
5歳の男の子が将来、将来は何になりたいの?と聞かれて迷わず漁師になると答えていました。
子どもの夢だから変わる可能性はありますが島の生活を愛している人たちがいて島に将来、残りたいという子どもがういて…と希望がある島だと思います。こういう番組などがきっかけになって新しい人が移り住んだりUターンして帰ってくる人とかもでて来るとよいなあ…と思います。
一度訪れてみたい島です。

島おこし祭典 どっとこい in 高島(佐世保市高島町)
島おこし祭典 どっとこい in 高島(佐世保市高島町)

佐世保市から平戸にかけて広がる九十九島の有人島の一つ佐世保市の高島で島おこしのイベント『島おこし祭典 どっとこい in 高島』が9月21日に開催されます。

イベントの主な内容は
○大道芸人などによるステージ
よさこいチームの踊りなど予定されているようです

○100人限定の魚のつかみ取り(受け時間 9時30分 500円)参加者多数の場合は抽選だそうです

○漁師さんによる新鮮な活魚の販売、魚種はいろいろお楽しみだそうです
そしてもちろん高島名物のちくわの販売やヒジキ、すり身、みな貝の販売も行われています

○佐世保海上保安部による巡視艇の公開 (時間10時~12時 浮桟橋にて)

○一周約40分の遊漁船による島めぐり(チケットは受付で販売 大人500円子供200円 出発時間11時30分)

○11時より魚骨入の海鮮丼が無料で振舞われます

○押し寿司150円、イカ飯150円、いそべ揚100円 おむすびなどの昼食の発売

○番岳ハイク 標高137メートルの島の南部にある山で高島港から徒歩で20分あまりで着きます。
ここにはかつて平戸藩の番所が置かれていました。また一時期、高射砲台が築かれていました。

当日は島の魅力を生かした様々なイベントが企画されているようです。

『高島』は面積約2.5平方キロメートル、周囲21kmの西海国立公園・九十九島にある人口約250名弱の島になります。
フェリーターミナルが出港している佐世保市の北部にある相浦港の西約2kmにあります。
相浦港から黒島へ行く『ニューフェリーくろしま』はまずこの高島に立ち寄ります。約30分の船旅になります。
島は地図でみるとタツノオトシゴのような形をしており港は島の南部(尾のくびれがはじまる部分)にあります。
海から見ると山が二つのこぶのように並んでいます
島は厳密にいうと高島本島と番岳がある小島とが砂州で連結している陸繋島になるそうですす。
くびれの部分になる砂州は東西わずか200メートルほどしかありません。
東西両方に港がありフェリーは東側の港に発着所があり島の表玄関になります。
西側の港には製氷施設や浮桟橋などがあり漁業基地として整備されていて島の主要産業である漁船の玄関口になります。
今回の島おこしの会場はこちらの西港を中心に開かれようです。

人が住んでいるのは港周辺から番岳にかけての南部地域に集中しています。
またこの地区には〈宮の本遺跡〉と呼ばれる縄文時代前期から古墳時代の遺跡が確認されています。
島の産業は漁業と漁獲物の加工品になり今回の島おこしサミットでも発売される〈かまぼこ〉や〈ちくわ〉が知られていて特に〈ちくわ)は名物になります。
島には公共交通機関はありません。
公共施設としては佐世保市立総合病院の高島診療所、そして佐世保市立相浦小学校の分校などがあります。
『高島』を中心とした海の景色はかつて『ラストサムライ』というトム・クルーズや渡辺謙が主演した映画のオープニングシーンで使われています。
また『田舎に泊まろう!』という芸能人が交渉して人家に泊めてもらう番組が放送されていましたがこの島もロケ地となりチューヤンが出演していました

島へは平常ダイヤでは1日3本 フェリーが相浦~高島~黒島間で運航されています。
GWや毎週月曜日や年末年始、お盆などは1日4便に増便されます。
今回は8時30分にフェリーが出航するようなので多客期の4便で運航されるのかもしれません。
他に海上タクシーも運航されています。


当日は相浦港で8時30分発の高島行きの船の無料乗車券が配布されるそうです!
(ただし帰りは自己負担で570円かかりますが…)
相浦港までは路線バス(相浦桟橋)か松浦鉄道(相浦)が便利です
自家用車で行く場合はフェリー桟橋には駐車場はあまりなく臨時駐車場が予定されています。

来年は『黒島』にあるカトリック教会が世界遺産登録される可能性があります。『黒島』を訪れる人は大幅に増えると思いますし『高島』も増えると思います。
このイベントはテストケースになると思います。
来年にむけて相浦桟橋側の整備〈特に駐車場の確保)は必要ではないかと思います。
(相浦の魚市場や路線バスの待機所もそんなに置けないかもしれませんが活用できると思います)
またフェリーの増便や黒島内の整備、島内での小型バスの運行とか考えてもよいのではないかと思います


今年で5回目ということで定着しているイベントだと思います。
かつては島の分校の子ども達もステージで楽器による演奏や保育所、町内婦人会などの踊り演奏も披露しているようです。
今回もおそらく演奏はあるでしょうし島をあげてみんなでイベントを盛り上げようとされることと思います。
4連休中の中の開催ですしこれまで以上にたくさんの人が島を訪れて『高島』の魅力を発見していただきたいですね。


黒島(松浦市鷹島町)~鷹島の周囲の島々~
黒島(松浦市鷹島町)~鷹島の周囲の島々~

松浦市にある『黒島』は『鷹島』北部の西側、約2kmに位置する面積0.76平方キロメートル、周囲約4.5kmの島です。
世帯数は約40、人口は約70名の小さな島になります。
一番高いところで標高73メートルと平坦な楕円形の形に近い島になります。
フェリーターミナルがあり漁港でもある黒島港は島の東南部に位置しています。船で結ばれている鷹島本島の北部にある阿翁港とは向かい合わせに位置しています。

鷹島の周辺には有人島として『向島』、『飛島』、『黒島』、『青島』、『福島』 とありますがこの『黒島』のみが行政区分として鷹島町に含まれています。
島の古い歴史はわかりませんがかつてこの島は『石島』とも呼ばれていたこともあったそうで「黒島石」という墓石にする名石が産出されていたそうです。
石の採掘は四百年近い歴史があったようですが現在はほとんど行われていないようです。

また『鷹島』の近くなのでおそらく元寇の際、上陸、合戦なども行われたのかもしれませんが史跡・記録などがあるのかなど詳しいことはわかりません。
インターネットをみてみますと軍歌に『元寇』という曲があるそうですがその記念碑が福岡市東区の箱崎宮に建てられた際に石碑の石として『黒島』の石を使っているそうです。当時の新聞に紹介されています。

地図を見てみますと島の中央部に「石堂氏の墳墓」との記載がされています。
石堂氏というと足利氏の一族の石堂氏が思い浮かびますがこの苗字はウイッキペディアによりますと日本各地にみられる石堂、石塔などの石造遺物に由来しているそうです。
鷹島本島も採石など行われていて石の産地なのですが本島には『兵衛次郎の墓』という元寇の際に活躍し、鷹島で戦死した武将の墓があるそうです。
その墓は『石堂様』と呼ばれているそうです。『黒島』の〈石堂氏の墳墓〉との関連性はよくわかりませんが『黒島』の墳墓も元寇などで戦死した武将などのお墓とか島で採石に携わった一族の墓なのかもしれません。


また明治から大正にかけて『黒島浄瑠璃』と呼ばれていた人形浄瑠璃が行われていたようです。
『黒島浄瑠璃』の起源はよくわかりませんが長崎県では波佐見町皿山の人形浄瑠璃が有名です。
波佐見の人形浄瑠璃は約250年ほど前の享保年間に起こった大飢饉の際に、西彼杵半島や五島、平戸などへ出向き「人形浄瑠璃」の興行をして食料を得たのが始まりと言われています。
ひょっとしたら『黒島』でも人形浄瑠璃の興行があったり、『黒島』の人が興行をみる機会があり伝わったりしたのかも?しれませんね。
ただ現在はやはり〈黒島石〉同様、島の人口減少、過疎化が進んでいることもあり〈黒島浄瑠璃〉のことを島で知っている人は少ないようで浄瑠璃の上演などは行われていないようです。


島には幾つか神社があります。
「金比羅神社」、「八代龍王鎮守大明神」、「市杵島神社」の3つが確認できます。
本土には近いですが離島の離島にあたり現在の島には病院は無く学校も現在は休校中のようで過疎化が進んでいますがかつてはおそらく〈元寇〉という日本史に残る合戦の舞台になったり、石材業などの産業や人形浄瑠璃の上演などが行われたりと様々な歴史があった島になります。

直接、『黒島』とは関係はありませんが《鷹島モンゴル村》が8月1日より、リニューアルオープンしていますし元寇船の調査も進んでいて度々、新聞やテレビなどで取り上げられています。
これから『鷹島』が注目され『黒島』も訪れる人が増えるといいなあ…と思います。
ブログに記載することが出来るような何か新しい歴史が始まるといいですね!


現在は鷹島沖に浮かぶ半農半漁の小さな静かな島として豊かな自然を残しています。


《交通》
鷹島には現在、御厨港、今福港、浦之崎港から3つの航路が出ていますが黒島には鷹島汽船が松浦市本土の西部に位置する御厨港から『青島》を経由して『鷹島』の船唐津港に立ち寄り黒島港、そして再び鷹島の阿翁港を結ぶフェリー航路が島の足として九州本土の御厨からは約1時間、鷹島の船唐津、阿翁からは約30分で連絡しています。
御厨港からは少し離れていますが松浦鉄道、西肥バスが連絡しています。

阿翁(鷹島) 黒島   船唐津(鷹島) 青島   御厨    
6:20→  6:35 →   7:00 → 7:15→7:35 
                        8:10←7:50
                        8:12→8:32
11:15←11:02 ←   10:37 ← 10:22←10:00
12:10→12:25 →   12:50→ 13:05→13:25
15:15←15:02 ←   14:37← 14:22←14:00
15:30→15:45 →   16:10→ 16:25→16:45
18:45←18:32 ←   18:07← 17:52←17:30
《運航しているフェリー》
フェリーたかしま2 総トン数162トン
乗組員3名、速力12ノット、定員96名(乗用車10台、トラック4台)  2002年就航


『日本島図鑑』(新星出版)、松浦市ホームページ、ながさきの島、日本の島へ行こう、ウィキペディアなど参考にしました