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鷹島の話題~鷹島モンゴル村と元寇船~(松浦市鷹島)
鷹島の話題~鷹島モンゴル村と元寇船~(松浦市鷹島)

2月10日の読売新聞佐世保版に松浦市の『鷹島モンゴル村』の運営について長崎バイオパークを運営する『バイオパーク』を指定管理者とする方針を固めたことが掲載されていました。
そして翌日には「バイオパーク」を指定業者にする議案など2議案が議会で可決された旨、続報も掲載されました。


『鷹島モンゴル村』がある「鷹島」は現在は長崎県松浦市に属しています。
伊万里湾の入口・松浦市の北部に位置しており人口約2900人の島になります。
《元寇》の主要舞台として有名な島になります。
島には養殖トラフグの生産量は日本一と言われているように豊かな海の幸があります。
また地元の阿翁石を使った石の製品などやイモやエンドウなどの農産物もとれます。
やはり松浦市に属する「福島」(約人口3300人)の北西部に位置しています。
二つの島とも佐賀県の東松浦半島の対岸にあり二つの島とも佐賀県側と橋で結ばれています


『鷹島モンゴル村』は松浦市と合併する以前の旧鷹島町が1993年に開園した第三セクターのレジャー施設になります。
敷地面積が約18万4000平方メートルになり、15棟の宿泊可能なモンゴル遊牧民族の移動式住居『ゲル』と温泉施設、草スキー、スロープカーなどの設備があります。
私も以前、一度だけほんの数時間ですが訪れたことがあります。


「鷹島」は平成に入り、2006年に松浦市との合併、2009年に肥前鷹島大橋の開業という大きな転機が2度、訪れています。入園者もその影響を大きく受けています。
開園当初は2万人台で推移していましたが2001年に3万人を突破。
しかしその後は低迷して2008年には1万6000人に落ち込んでいました。
2009年に対岸の佐賀県との間に鷹島大橋が開通した年は57万人!を突破しましたが翌2010年は9万2000人に激減しています。
昨年は5万4000人と入園者は開園当時に比べると増えていますが低迷が続いていました。

開園当初から「モンゴル村」は第三セクターで運営されていましたが小さい離島の施設とということもあり厳しい経営状況が続き松浦市と合併する前の2005年に民間に管理を代行させる指定管理制度に移行しています。
以降後は『鷹島公社』が管理者として運営にあたり経営者を一新して旅館経営や温泉施設の運営に携わった人が起用されたりしましたがやはり利用者は低迷したようです。
今回契約期間が切れることにより以前よりモンゴル村に関心を持っていた長崎バイオパークと交渉してバイオパークが指定管理者に選定されました。期間は2015年4月1日より10年間になります。
7月中旬に新装オープン予定で改修費は松浦市が負担、指定管理料は初年度が3220万円で2年目以降が2370万円になるようです。

新しい計画では園内を有料ゾーンと無料ゾーンに分けて有料ゾーンでは小動物などと触れ合うことができる「PAW(パウ」」を新設する予定だそうです。
これは具体的な事はよくわかりませんがバイオパークが手がけている福岡県の久山にあるショッピングモールの中にあるという『ふれあい動物園』とかを想定しているのかもしれません。
また『長崎バイオパーク』はアンデスなど南米の平原をイメージしてる感じがするのでモンゴルの平原にどのような動物がいるのかわかりませんがイメージ的に重なる?のかもしれません。
モンゴルにいる動物が飼育されるかもしれませんね。
ゲルは宿泊事業を廃止してゲルはモンゴルの文化・暮らしを紹介するコーナーとして活用するそうです。
これはちょっと残念ですが仕方がないかもしれません。
ひょっとするとゲルが老朽化しているのかもしれません。また宿泊施設は人件費などコストがかさみ大変なので手を引くのかもしれません。

無料ゾーンでは既存の温泉施設や売店に加えてレストランを改造して地元で獲れるトラフグやマグロを使ったジンギスカンンハウス「鷹島ビール園」を新設したり、鷹つながりで交流のあるソフトバンクホークスの記念館も開設する予定だそうです
ソフトバンクホークスとの連携は一番近い大都市がソフトバンクの本拠地が福岡ということを考えると大きいと思います。
記念館がどういう内容になるのかわかりませんが難しいでしょうがリニューアルなども定期的にしてリピーターも出るような充実した記念館にして欲しいです。
また無料ゾーンをつくることはハウステンボスが園内に無料ゾーンを作ったことが話題になり佐世保市民など近隣の人が一度行ってみようか…など客足が回復するきっかけの一つになったと思うので近隣の人に訪れてもらうためにもいいことだと思います。


一度しか行ったことがないのでよくわかっていないと思いますが「モンゴル村」は高台の平原にあり豊かな自然を満喫できます。
ただやはりそれだけでは物足りない面もあるので動物とゆっくり触れ合うことが出来る施設など、ファミリーがある程度の時間滞在できる施設は必要と思います。
そして温泉とレストランの充実は欠かせないと思います。
他にもモンゴル村だけでなく島全体でフグの養殖場を見学できたりとか、元寇船が発見された地点に船で行けるようにしたり親子で行けるような釣り場を整備したり…とか島全体で体験し、楽しめるようになったらいいなあ…と思います


再建を担当する『長崎バイオパーク』は一度、破綻という苦い経験を持つ会社です。
私は動物園にはあまり行ったことはなくバイオパークも数度しか行ったことはないのですが動物とのふれあいを大切にしているユニークで魅力的な施設だと思います。
長崎市と佐世保市の間にありアクセスもあまりよくありませんが以前はカバの話題もあったりと全国的にも割と有名の動物園だと思いますしリピーターも多いと思います。
私も時間があったらまた行ってもいいなあ…と思います。
そういうバイオパーク側が自ら「鷹島モンゴル村」に興味をもち交渉の末、指定管理者を引き受けています。
バイオパークとしても「ある程度採算がとれる魅力的な施設」とみているのではないかと思います。、

島へのアクセスなど交通のことは別に書く予定にしていますが福岡などから訪れる人をどう増やすのかが一番の課題でしょうし近くにある呼子、波戸岬、名護屋城址、七ツ釜、玄海エネルギーパーク(訪れる人は減っているかもしれませんね)、伊万里などの近隣の観光地と連携してツアーバスの誘致を、観光ルートの確立・整備など積極的に進めて欲しいです。



そしてもう一つ観光面で、また歴史的にもですが今後、期待できるかも知れない話題として元寇船があります。
昨年(2014年)の秋に沈没している元寇船とみられる沈没船が鷹島沖の水深約14メートルでみつかったことが発表されました。
沈没船がみつかったのは2度目で11年前のはじめに発見された船に比べると立体的な姿をとどめているそうです。
船体のうち船首部分から約10メートルの残っているそうです。(ただ後ろの部分は堆積物に埋まっているそうです)
調査期間が限れていたため詳しいことは今回の調査では判らなかったようですが今後、調査が進みいろいろな事が解明されるといいと思いますし夢が膨らみます。
万が一、可能な限り引き上げとか出来れば大きな話題になることと思います。
元寇船の復元とかもできればして欲しいですね。

また直接、関係のない話ですが日本とモンゴル両国間では両首脳が今月の10日に経済連携協定(EPA)に署名しています。これからは経済的な交流はもちろんですが中国とロシアという大国に挟まれた、日本にとって戦略的にも安全保障でこれまでも大切な国でしたがこれからはますます重要な国になると思います。

モンゴルは元寇や大相撲、北朝鮮との交渉などで話題になる遠い国のイメージがありました。
この小さい島の小さい施設が両国の民間交流の場としても少しでも役割を果たしてもらいたい…とも思います。
大変でしょうが鷹島、鷹島の人々、モンゴル村、バイオパークとも頑張って欲しいです。



*読売新聞、西日本新聞の記事、財界九州2012年9月号など参考にしました




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『葉港テラス』(佐世保港国際ターミナル)の完成(佐世保市千尽町)
『葉港テラス』(佐世保港国際ターミナル)の完成(佐世保市千尽町)

佐世保市が市内の千尽町で整備していた佐世保港国際ターミナルが完成して、今月(2月)21日に完成して式典と市民向けの内覧会が開かれました。

ターミナルビルは鉄骨一部2階建てで延べ床面積は4950平方メートルになります。
1階は待合室の他にCIQ(出入国管理10ヶ所、税関8ヶ所、検疫など)の機能を備えた審査ブースが置かれていてこれまでより迅速に出入国の手続きが迅速にできるようになっています。
2階は送迎デッキになっています。
ターミナルは船の奇港がないときは市民のイベント会場などとしても利用されるそうです。

愛称は公募により佐世保港の美称である葉港(佐世保港がヤツデのような葉の形状であること、葉という字の草冠がサセボのサ、セが葉の字の世(セ)、ホを木という漢字にあててと言われています)を入れた『葉港テラス』に決定しています。
新しいターミナルは4月から供用開始になっています

新ターミナルの完成は本当に嬉しいです。
『佐世保駅』から「みなと口」へ進み横断歩道を渡るとすぐに三浦岸壁につきます。これまでは左に目を向けると倉島の自衛隊の施設、倉庫、青果市場などが、右には五番街、新みなとターミナル、正面に鯨瀬ターミナルが広がっていましたが新たに国際ターミナルが仲間入りします。
鉄道やバスのターミナルと港のターミナル、商業施設、自衛隊の施設などががこんなに近くにコンパクトに存在する街はそんなにたくさんは全国的にないのではないかと思います。
海は佐世保にとって宝であり生命線だと思います

このブログでも書きましたが昨年4月にターミナルに隣接する三浦岸壁に7万トン級の客船が接岸できるようになりました。それ以降は『飛鳥2』、『ぱしふぃっくびいなす』、『ヘナ』、『コスタビクトリア』などの大きな客船が寄港しています。
(のべ7隻の客船が入港にて1万人の観光客が訪れています)
今年度はクルーズ客船は13隻が、来年度は20隻が入港予定となっています。


佐世保市によりますと外国人の宿泊者は2011年約85000人、2013年は前年比で22.5%増の12万7000人と増加。国別では台湾7万3600人、韓国2万2600人とアジアから訪れる人が多いそうです。
このターミナルや三浦岸壁の整備は元々は韓国・釜山との間に将来、国際定期航路を開設することを視野に入れて進められていたと思いますが日韓関係の冷え込みなどもありこの話はあまり進んでいないようです
釜山は博多や下関、対馬などとも航路があるのでどうかなあ…と思います。
国際航路だったら距離的に離れていて採算的には難しいでしょうが一番、佐世保を訪れている親日的な台湾と航路ができたらなあとか思ったりします。
(個人的には国内ですが壱岐・対馬などに航路ができたらと思います)

佐世保市では国際クルーズ船の誘致に向けて船会社に助成金を出す制度を導入することも発表しています。
本年度予算案として1400万円を計上しています。
佐世保市振興協議会(佐世保市と佐世保観光コンベンション協会)では船会社に入港回数、1隻あたりの乗船客数などに応じて補助金を10段階に分けて設定し補助金を出す予定です。

長崎港などとも競争になると思いますが助成金など佐世保市も力を入れていますし多くの客船が佐世保港に寄港して国内外の多くの観光客が訪れてこの新しいターミナルが活用されると良いですね
歩いて行ける場所なので4月にオープンしてターミナルに入ることができるなら行ってみたいです。


*読売新聞、長崎新聞の記事を参考にしました


国境の二つの島の出来事(与那国島(沖縄県)&竹島(島根県))
国境の二つの島の出来事(与那国島(沖縄県)&竹島(島根県))

2月22日、偶然なのかどうかわかりませんが今日は日本の二つの島のことで大きな出来事が行われています。
この二つの日本の大切な島のことは書きたいこと、言いたいことはたくさんありますが政治的な事柄などは極力控えたいと思っています.
ごく簡単に書きます

今日は沖縄県の与那国島で自衛隊配置の是非を問う住民投票があります。
与那国島は沖縄県の八重山諸島の西端、日本の最西端に位置する人口約1700人の島になります

島へはフェリーと飛行機で行くことができます。
フェリーは石垣港から週に2往復、那覇港からは不定期で運行
飛行機が那覇から1日1便、石垣から1日3便運航されているようです
便数からしても飛行機での移動が多いのでしょうか
漫画でテレビドラマ化された『Dr.コトー診療所』のロケ地として有名ですし海底遺跡ではないかと言われている海底地形などが有名です。
私は与那国島には行ったことはありませんが一度訪れたい島です。

今回の住民投票はもう工事が始まっているなかで議会では反対派が多数を占めるという状況で実施されています。
また15歳以上、永住外国人にも投票権があるという投票形式になっています。

工事が始まっている段階でも半数近くの人が反対していること、住民投票が実施されてしまったことは重く受け止めなければいけませんが結果がどうであれこれまでどおり計画は進めて欲しいです。

反対派の方が主張されている電磁波の影響は、携帯などでも様々電磁波が出ていると思うのでおかしいと思いますが健康診断が簡単に出来るようにしたり配慮することで対応できるのではと思います。
また自衛隊の基地の有無にかかわらず国境の島がターゲットになるのは当然だと思うのでそれならば普通は警備を厳重にするのが当たり前だと思うので環境には注意を払いながら配置して欲しいです。
海上保安庁や海洋調査の施設など他の施設も検討して欲しいです
また台湾などとの交流は基地の有無に関わらず可能ではないかと思います

現在、那覇と石垣便のみ運航されている航空便の路線を福岡発着便などを作り利用促進を国や自治体、民間一体で図り赤字は国が補填するなどいろいろな面で島に観光客を誘致して欲しいです
自衛隊基地が出来た際は日常品など可能な限りは極力、地元の業者を優先させるなど地元にも恩恵を実感できるようにしてもらいたいです。
雇用面でもできるだけ地元の人も採用して欲しいです
島で誘致問題がまだ二分していることは悲しいことですが自衛隊の方も地元の方と交流する機会をたくさん設けて共存共栄できる環境をつくって欲しいです。
また防衛省も可能な限り基地の情報公開をして同じ島の一員として協調していけるようになって欲しいです




今日2月22日は竹島の日でもあります。
1905年2月22日に島根県に竹島が編入された事を記念して2005年に制定された日になります
竹島は一つの島ではなく男島と女島の二つの島やその他の岩礁の総称になります。
日韓両国が自国の領土と主張している島で現在は韓国が占拠している島になります。
それぞれに主張があるわけですがそもそも主張している出発点が違う感じがします。

詳しい経緯を把握しているわけでなくそして私は日本人なので客観的に考えることはできないかもしれませんが歴史的経緯も含め日本の領土であることは間違いないのではないか…と思っています。

ただそれぞれに主張があるわけで一方的に相手を批判せず相手国にも主張があることを認め話し合いが出来る環境になっていけば…と思います。

様々な圧力があったのではないかと思いますが記念日を制定して資料を集めたり会を開催など様々な努力している島根県は素晴らしいと思います。
いろいろな考えの人がいることは民主主義の国では当たり前ですが国が主催して様々な考えの方が意見を述べれるような竹島の日を考える会が東京でも開かれるようになって欲しいです。

日本政府としては島根県の隠岐諸島の北、日本海に竹島という無人島があり、江戸時代より日本人が島で漁業活動をしていたこと。その後のこと、その島をどういう経緯で韓国が占拠しているのか、日本は現在どういう考えでどういう返還運動をしているのか、など情報を国民に知らせて欲しいです。
国外でもいろいろな場所で情報を発信し主張して欲しいです。





離島の味でハートつかもう~小値賀島(小値賀町)&高島町(長崎市)~
 二つ長崎の離島の味 ~小値賀島(小値賀町)&高島町(長崎市)~

2月11日の読売新聞佐世保版で「離島の味でハートつかもう」として長崎県の二つの離島の商品が紹介されていていました。

一つは上五島の小値賀町。
小値賀町は五島列島の北部にある小値賀島を中心に大小17あまりの島々からなる人口約2700人の小さな町になります。
近くにある宇久島と一緒に話題になることが多かったですが平成の大合併の際は宇久島は佐世保市と合併する道を選択し小値賀町はそのまま一つの町、自治体として残る道を選びました。
佐世保からは高速船、フェリーで、福岡からもフェリーで結ばれています。
飛行場もありますが現在は運行便はありません。

小値賀島には現在は無人島なのですが野崎島という比較的大きい島があります。
そこには野首天主堂という世界遺産候補のリストに入っている教会があります。
また野性の鹿がたくさん生息しているのですがその鹿をモチーフにしたキャラクター「ちかまるくん」をかたどったクッキーを開発したそうです
アオサとピーナツ、トマトの3種類の地元産品を使っているそうです。
原料を粉末にして生地に練りこみ1年かけて町のパン屋さんと小値賀の島暮らし体験の推進などを目的に設立されたNPO法人「おぢかアイランドツーリズム協会」などが協力して商品にこぎつけたそうです。
販売は今年の1月からで原則として小値賀港ターミナル限定で12枚入り1080円で観光客からも好評とのことです。



記事では長崎市の高島町の「たかしまフルティートマト」から糖度9以上のトマト「情熱トマト」をホワイトデーで贈ってもらう企画を始めるという話題が載っていました。

長崎市の『高島』は2005年に長崎市と合併する前は一つの独立した町でした。
この島は江戸時代の初期から石炭の採掘が開始されました。
明治時代になり高島炭鉱は近代化され多い時には従業員3000名あまりになり多くの石炭が生産されていました。
やがてエネルギー革命、コスト高などの原因により他の炭鉱同様、縮小され1986年に閉山されました。
鉱の跡地「北渓井炭鉱」は世界遺産暫定候補『九州・山口の近代化産業遺産』のリストに入っています  
人口も減少の一途を辿り現在は800人足らずで現在は海水浴場や「磯釣り公園」の整備が行われたりと観光に力を入れています。
観光の他ではトマトのハウス栽培も盛んになっています。

今回の「フルティートマト」は長崎市で海上輸送、曳船作業、船舶の貸出などを専門にされている海運会社が2017年より高島トマト事業部を開設して高島トマトの栽培・販売を行っているそうです
『フルーティトマト」は味が濃厚な品種を栽培する際に水・肥料を最小限に抑えて甘さを引き出すようにしているそうで糖度が7以上のものだけを選別されています。
更に糖度が9以上のものが『情熱ハート』として売り出されているそうです。

トマトはスライスすると断面がハートの形にみえ、そして女性の購入者が多いこともあり今回このキャンペーンが企画され『ホワイトデー』の贈物として販売促進につなげたいようです。
販売は東京の老舗の果物専門店やインターネットで購入できるそうです。
1キロ2700円で受付は2月14日~3月14日の1ヶ月間で海運会社への問い合わせも出来るようです

一村一品運動ではありませんがその町々の特徴を生かした生産品の企画、生産、販売は大切だと思います。
まして小値賀も高島も離島であり過疎化は進んでいます。
二つの商品が話題になり、島の魅力になり利益も上がり島を訪れる人が増えて、雇用が増えるなど島の活性化につながれば…と思います。

*以前、長崎県にある4つの高島をこのブログで取り上げるようとしていていました。
残り、2つの高島は書いていませんがこの長崎市の高島がその一つになります。
またトマト栽培では西海市大島町(造船所と大島酒造も有名です)のトマト栽培も有名です

*読売新聞の記事からかなりを、そしてウィキペディアを参考にしています。


大伴旅人が贈った古代琴の復元
大伴旅人が贈った古代琴の復元

1月26日の読売新聞の地域版によりますと対馬市厳原町の市交流センターでこれまで古代琴の復元に取り組んでいた実行委員会が主催している『たびとのことセミナー』が1月24日に開かれたそうです。

対馬で演奏会を開催している作曲家の方が『古代琴を復元すれば、島の文化の活性化になるのでは…』と提案して対馬の音楽や木工などに関心のある市民が集まり実行委員会を組織して昨年11月には、桐の代わりに杉を使い試作品を作ったそうです。
24日当日は約50名の参加者たちが対馬産の麻と絹で作られた弦を本体部分に張っていき古代琴を完成させ弾いてみて音色を楽しんだそうです。

『万葉集』のなかで太宰府長官(太宰府帥)だった大伴旅人が参議であった(藤原不比等の子供で四兄弟の一人)の藤原房前(ふささき)に対馬で作られた琴を贈りその際に詠んだ歌が収められているそうです。房前からの返歌も万葉集には載っています。
大伴旅人が藤原房前に歌を添えて琴を贈ったことは私は知りませんでしたがネットや本で簡単にですが調べてみますと結構、有名なエピソードのようです。

『いかにあらむ 日の時にかも 声知らむ 人の膝の上 我が枕かも』  旅人
(いつ どんな時になったら この琴の音を知って下さる人の膝の上で、膝を枕に横たわることができるでしょうか)

『言問わぬ 木にはありとも うるはしき 君が手馴れの 琴にしあるべし』  旅人
『ものを言わぬ木であっても お前はきっと素晴らしいお方の寵愛を受ける琴になることができましょう)

この歌、二首を添えた大伴旅人の書状は旅人が夢に見た琴の妖精と会話するという構成をとっているようです
書状のなかでは琴は対馬の結石山(ゆいしやま)の梧桐(ごとう)から作られたものと紹介してあるそうです。
梧桐は一般的には青桐(アオギリ科)のことなのだそうですが文学作品では普通の桐(ゴマノハグサ科)のことを言うそうです。
結石山というのは上対馬町にある結石山のことのようで森林公園になっていて朝鮮出兵のときに豊臣秀吉によって城が造られその城址が残っているようです。厳原と並ぶもう一つの対馬の海の玄関口、上対馬の比田勝港から車で20分で行ける場所のようです。

一ヵ月後に旅人に返歌が届いています
『言とはぬ 木にもありとも 我が背子が 手馴れの御琴 地に置かねやも』 房前
(物を言わない木であってもあなた様のご愛用の琴です。決してわが膝から離すようなことはいたしません)


このエピソードを知る前は奈良時代前半は政権の実力者としては
藤原不比等→長屋王→藤原四兄弟→橘諸兄→藤原仲麻呂(惠美押勝)と変遷していき
1、藤原不比等が死去した後は不比等の子供達(いわゆる藤原四兄弟)がまだ官位が低かったこともあり長屋王を中心とする勢力が政権の中心となるが長屋王を中心とする勢力と藤原四兄弟の間で対立していた
2、『長屋王の変』により藤原四兄弟が政権の中心となる
3、天然痘により相次いで四兄弟が亡くなる
4、その後は橘諸兄(葛城王)を中心とする政権…
と単純に考えていましたが当然、実際は長屋王と四兄弟の関係、四兄弟のなかでも主導権争いも複雑だったようです。
どちらかというと
元明、元正な天皇の信任を得て長屋王とも親しく、皇親勢力や他の豪族との協調路線を進めていこうとした房前と
血筋では天皇になる可能性もあった長屋王の勢力増長を恐れ、藤原氏主導の政治体制を確立しようとした武智麻呂や宇合との路線の違いがあったようです。(これも実際はそう簡単な感じはないようですが…)

長屋王亡き後は
長男の中納言であった武智麻呂(むちまろ)は大納言に(729年)、右大臣(734年)、天然痘で亡くなる直前に左大臣(737年)と昇進していきます。
最初は次男の房前に出世の面で遅れをとっていたようですがやがて大納言、右大臣と昇進していき藤原家の中心人物となります。深い教養があり文教行政では特に業績を残したようです

三男の宇合(うまかい)は長屋王の変では長屋王の邸宅を宇合が兵を率いて包囲しています。
参議に732年になっています。
若い頃、遣唐副使を務めており、按察使、持節使など地方行政や軍事など行政官としての能力も高かったようです。
漢詩を通じて長屋王との交流もあったようです。

四男の麻呂も変の後、従三位になりその後、宇合とともに参議になっています。
お酒が好きだった人として大伴旅人とともに有名だと思いますが地方行政・軍事方面で活躍しています。

房前は政治的な力量は四兄弟で一番と言われていた人で次男ながら717年に四兄弟のなかで最初に参議に昇進します。
これは右大臣であった父、不比等とともに藤原氏から二人の議政官が誕生となり、これで当時の各氏から一人ずつ議政官という慣例が破られ、その後の藤原氏の他氏への優位性、繁栄が決定的になった出来事の一つと思います。
前述しましたが房前は穏健な路線を目指していたようで長屋王の変の後も官位は変わらず参議のままで生涯を終えています。(死後に正一位、太政大臣を贈られています)
もっとも変の後に参議兼任で中務卿に任じられ、息子の鳥養(とりかい)も従五位下に任じられています。

長屋王の変もその直後に四兄弟の妹である(藤原)光明子が聖武天皇の皇后にたてられていることなどから四兄弟それぞれの思惑、立場の違いはあったにせよ藤原氏側が企てた陰謀の可能性が高いと思われます。


長屋王死去の年(729年)に大伴旅人からの藤原房前への琴や書状、歌。 そして房前からの返歌はいろいろな想像をかきたてられます。
1、京都への帰還を願い他氏とも親しかった房前に贈った説
2、長屋王亡き後、消沈していた房前への心遣い説
3、政権抗争などからは距離を置き、超然たろうところを互いにみせたという説
いろいろな説があるようですが実際はその全てが当てはまっているように思います。
大伴旅人は琴を贈った翌年(730年)に中納言から大納言へと昇進して京都へ帰ってきます。

なお四兄弟のうち房前の子孫である北家が一番繁栄しています。
冬嗣、良房、道長など歴史上有名な人物を輩出しており摂関家、藤原氏といえばほとんどが北家のことになります。



私は一度だけ対馬に行ったことはあります。
なだらかな壱岐とは違い平地が少なく山深い島となります。
(種子島と屋久島みたいな感じです)
シイタケは地元では有名ですし杉やヒノキなど林業も行われています。
木材など運んだ対州馬(対馬馬)や天然記念物のツシマヤマネコも有名です。
お酒も壱岐の焼酎ほど有名ではありませんが『ヤマネコ』などをこちらのスーパーなどで買うことが出来ます。

対馬というとどうしても国境の島として現在も、歴史上でも取り上げられることが多いです。
そういう対馬で奈良時代に政府の中枢にいた人物に贈る品物として対馬産の桐で作られた琴が贈られたというのはとても興味深く嬉しかったです。
当時の太宰府、太宰府と対馬との結びつきの知らなかった一面を教えてもらいました。

2月22日には対馬市厳原町の半井桃水館で演奏会が開かれるそうです。
かつて万葉集の中で歌を詠んだ人々も聞いた音色です。
演奏会が成功すると良いですね。
そして琴が話題になり対馬の活性化に繋がればいいなあ…と思います

半井桃水とは明治時代に活躍した対馬出身の作家だそうです。生家跡が対馬まちづくりコミュニティー交流館になっているそうです・

参考 講談社新書『藤原氏千年』 ウイッキペディア よろパラ 正倉院の和琴への飛躍 大伴宿禰旅人他参考にしました 
加治前選手、三菱重工長崎へ
加治前選手、三菱重工長崎へ

2月になり日本のプロ野球もキャンプインしてテレビやネット、新聞などで野球の話題も多くなっていきました。
今日は2月4日。1日から始まったキャンプで初めての休養日になった球団も多かったようです

ジャイアンツでは昨日、今日とOBである松井秀樹さんが宮崎を訪問して話題になっていましたね。
昨年、シーズン末にきっかけをつかみブレイクの予感?がする太田選手や今年のドラフト1位の岡本選手を視察した様子などがテレビで放送されていました。
ルーキーをはじめ若手の選手はキャンプ、オープン戦序盤はアピールの機会です。
大変でしょうが頑張って欲しいです!

キャンプインした2月1日、昨年、ジャイアンツで戦力外になっていた加治前竜一選手が三菱重工長崎に入社することが発表されましたね。
ジャイアンツでは昨年、戦力外通告などで10名以上の選手がジャイアンツのユニフォームを脱いでいます。
そのなかで加治前選手と中継ぎの軸として一軍で活躍していた越智選手の去就がわかっていませんでした。
今回、加治前選手と一昨年まで巨人に在籍して昨年1年間はロッテで育成選手としてプレーした左腕の岸敬祐選手の二人が三菱重工長崎に入るニュースが流れました。
本当に良かったと思います。

加治前選手は右打ちの外野手で奈良の智弁学園で甲子園に出場。
(今年のドラフト1位の岡本選手の先輩になります。プロ野球の厳しさを実感します)
東海大学に進学してドラフト4位で2007年にジャイアンツに入団しています。

加治前選手といえばプロ1年目にプロ初打席でサヨナラ本塁打を打ってプロ野球史上初の初打席、初本塁打という偉業を達成している人でこの記録はなかなかこれからも出てこないのではないか…と思います。
6年間の選手生活で通産で2本しか本塁打を打っていないことを考えるとこの記録は余計すごい!と思います。

このときの印象がすごく強くてチャンスに強い右の強打者のイメージがあり実際そうだったと思います。
ただ巨人の外野は競争が厳しく2012年は47試合と自己最多出場を記録しましたが2013年は3試合の出場のみでシーズンオフに自由契約選手となりトライアウトを受けたりしていましたが他の球団からは声がかからず去就が気になっていました。

また野球とは関係ない話ですが加治前選手は数年前に車上あらしにあったけれど犯人が逮捕され盗品もきちんともどってきたこともスポーツ紙にのったりして少し話題になりました。

代打の代打で犠牲フライを打ったりタイムリーなどでヒーローインタビューを受けることが何回かありプロ野球の選手としては活躍できなかったかもしれませんが残した通算成績よりも記憶にも記録にも残った選手だったと思います。
また『運』を持っている人という印象も私にはありました。

社会人野球はプロ野球とは違いトーナメントで戦うことが多いので加治前選手の勝負強さ、運は生かされるのでは…と思います。
杉内選手が在籍した私の地元・長崎の強豪チームなので応援したいですし頑張ってほしいですね。
社会人野球もシーズンに向けてキャンプなども始まっていることと思います。
『巨人での経験を生かして都市対抗、日本選手権優勝を目指して頑張りたい』と加治前選手は抱負を語っています。(『スポーツ報知』)
また以前、ジャイアンツ入団する前には『…ちっこいやつでも(175cm)ここまでやれるんだ、と夢を与えられる選手になりたいです』とインタビューで決意を述べています(『野球小僧2007年10月号』)

東海大の先輩でもあったジャイアンツの原監督は現役引退の際に『…小さい頃、野球選手になりたい、ジャイアンツに入りたい、その夢を持って頑張りました。そして今日、その夢は終わります。しかし私には夢の続きがあります…』と語っています。
第二のステージでこれからまた加治前選手の新しい夢がまた始まると思います。
大変でしょうが活躍を期待したいです。

また独立リーグで活躍してジャイアンツ、ロッテで活躍しまた三菱で同僚となる岸選手も活躍して欲しいですし、越智選手も早く去就が決まれば…と思います


西鉄 食堂車つき観光列車導入へ (西日本鉄道)
西鉄 食堂車つき観光列車導入へ (西日本鉄道)

2月3日の朝日新聞デジタルによりますと西日本鉄道(西鉄)は平成16年度以降に天神大牟田線(西鉄福岡(天神)駅~大牟田)などで初めてとなる本格的な観光列車を走らせる方針を固めたとの記事が出ています。

計画されている観光列車は食堂車を連結させる方針で西鉄グランドホテルのシェフが西鉄沿線の食材を使った料理をふるまうなど趣向をこらした列車の旅を演出するようです。
列車は福岡(天神)駅から西鉄大牟田本線沿線最大の観光地、水郷の街『柳川』までを通常、特急で約50分かかるところをダイヤの合間を縫ってゆっくり走らせる計画だそうです。
また大牟田線ではありませんが柳川と並ぶもう一つの観光の目玉、天満宮や九州文化博物館がある歴史の街『太宰府』や甘木線の終着駅で城跡がある小京都『秋月』の玄関口『甘木』などにも乗り入れる計画だそうです。
他にも沿線には今月14、15日に蔵開きが計画されているお酒の街『城島』の玄関口『三潴駅』があったり、甘木線沿線には他にも酒蔵がいくつかあったりとおそらく私が知らないようないろいろな見所、観光地が点在していると思います

これは本当に楽しみですね! 
2016年以降の導入とのことで即来年の2016年は難しいかもしれません。
『西鉄柳川駅』は駅や駅周辺をリニューアルする計画がありおそらく工事が進められているのではないかと思います。
駅自体は今年の秋にリニューアル完成との話もありますがどの位の進捗状況なのでしょうか?
柳川観光の、駅リニューアルの目玉としてこの観光列車が考えられているのかもしれません。

最近は近鉄や肥薩オレンジ鉄道など最近はいろいろな列車が計画され運行されています。
新型観光列車がどいいうタイプの車両が導入され何両編成になるのか?どういうデザインになるのか?内装や設備はどうなのか…など想像する楽しみがあります。


食事が西鉄グランドホテルのシェフというのも嬉しいし楽しみですね。
西鉄はホテル事業に力を入れており現在はビジネスホテルタイプの『西鉄イン』と高級感のある『ソラリア』ホテルを展開しています。
昨年末、その二つの中間タイプに位置する第三のブランドの創設を計画していることが新聞に掲載されました。
また『ソラリア』が初の海外ホテルとしてソウルへの進出を決めたり、京都に進出を発表など意欲的ですがやっぱり西鉄のホテルというと老舗の『西鉄グランドホテル』をまず思い出しますし西鉄のホテルの顔のような気がします

『西鉄グランドホテル』がどれくらいのランクのホテルなのかはよくわかりませんが老舗の名ホテルのイメージが佐世保の人間からはしますし『グランドホテル』のシェフのふるまう料理なら是非、一度は食べてみたいなあ…と思います。
いろいろと夢が広がる新型列車計画です!

柳川をはじめ沿線の自治体、観光施設、観光協会の期待も大きいのでは…と思います。
そして終着地『大牟田駅』にも炭鉱跡や旧三井港倶楽部など近代史を垣間見れる場所がありますし足を伸ばせばバスでグリーンランドにも行けますし三池港からは先日ブログに書いた高速船で島原・雲仙へも行けます。
周囲の観光地にも波及するような観光の、西鉄のシンボルのような存在にになれば…と思います。
是非、実現してほしいです。


追悼 ジュラルディン・マクイーワン
追悼 ミス・マープル(ジュラルディン・マクイーワン)

テレビ ドラマでエルキュール・ポワロと並ぶアガサ・クリスティーが生んだ名探偵ミス・マープルを演じた女優さんの一人ジェラルディン・マクイーワンが1月30日に亡くなりました。 82歳でした。

現在、NHKの衛星放送で今回、亡くなったジェラルディン・マクイーワンがミス・マープルを演じていたテレビドラマシリーズが再放送されていて先週、『親指のうずき』が放送されました。
録画して昨日見たばかりでしたので今日、訃報に接して驚きました。
『親指のうずき』は今回初めて見たのですが原作ではミス・マープルは登場しなくてトミーとタペンスのおしどり夫婦が活躍する話になります。
ドラマでは夫妻とマープルが登場して活躍する…と脚色されていましたね。
タペンス役をグレタ・スカッキが演じていてこれも驚きでした。
(余談ですが私は彼女の大ファンで『コカコーラ・キッド』とか『プラスティック・ナイトメア/仮面の情事』とか『グッドモーニング・バビロン!』とか『推定無罪』とかスカッキは魅力的で忘れられない女優さんです)

アガサ・クリスティーの小説は私は大ファンではなくて、たくさんは読んでいなくて小説よりも映像化された作品が印象として残っています」。
名探偵ポワロが活躍する映画で一番好きなのが『ナイル殺人事件』(原作「ナイルに死す」)。
もう一人の名探偵ミス・マープルが主役の映画は私は『クリスタル殺人事件』(「鏡は横にひび割れて」)しか見ていません。


ポアロもマープルもテレビドラマシリーズでの活躍が印象的でした。
テレビでエルキュール・ポワロを演じたデヴィッド・スーシェは適役!で全部見てはいませんが面白かったです。

ミス・マープルは何人か女優さんが演じられていましたがそれぞれ良かったと思います。
吹き替えもそれぞれ有名な女優さんが担当されていました。
声優として上手いか下手かはわかりませんがそれぞれ特徴があり〈演じる女優さん〉と〈吹き替えの女優さん〉とイメージが重なったり…などいろいろと楽しみもありました。
特にジュリア・マッケンジーは吹き替えを担当した藤田弓子さんと体型?やイメージが重なる感じで合っていると思います。

今回なくなったジェラルディン・マクイーワンは草笛光子さん、以前は岸田今日子さんが担当されていました。
彼女はどこか鋭さがあって、事件を解決する探偵という雰囲気は一番醸し出していたような気がします。

私はジェラルディン・マクイーワンはこのシリーズしか知りません。
(ケビン・コスナーが主演して『ロビンフッド』に出演したと書いてありましたが観ていますが覚えていないです。)
他にも映画では『マグダレンの祈り』やテレビドラマなどで活躍されていたようです。

お亡くなりに残念ですが有名な名探偵を演じた女優さんとしてこれからも私たちの記憶、記録に残ります。
現在、再放送されているミス・マープルシリーズで「シタフォードの謎」、「バートラム・ホテルにて」、「無実はさいなむ」…とこれからも生前の彼女の活躍をテレビで見ることができるのは楽しみです。

ご冥福をお祈りいたします