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追悼 2014年 (4)
追悼 2014年 (4)

品田雄吉さん
映画評論家の品田雄吉さんが亡くなりました。84歳でした。
著書を読んだことはありませんでしたが映画雑誌や週刊誌の映画記事を読んだりラジオなどで映画の話を何度か聞いたりしていました。

ウィキペディアをみてみると荻昌弘さんに学生時代に見い出され大学卒業後にキネマ旬報に入社されているのですね。
荻さん、品田さんともキネマ旬報出身だったとは恥ずかしながら今まで知りませんでした。

私が学生時代の頃から長年ずっとj活躍されていました。
品田さんの批評は、作品に対する評価はオーソドックスで映画批評の本流を歩まれている感じがしていました。
賛否両論分かれる作品が多々ありますがそういうときは品田さんはどう評価されているのだろうと思ったりすることがありました。
映画に対する知識と造詣そして愛情が作品評、ベスト10に出ている人でした。
年度末のキネマ旬報などのベスト10ではどういう作品を選ばれているかとても気になる評論家の一人でした。
ウィキペディアには辛口の部類に入るとされていると書かれていますがそんな感じは私はは全くしませんでした。
ラジオできいた声も穏やかな感じでしたし作品をけなされていることはなかったように思います。
1年ほど前からか週刊文春の新作映画評をされなくなっていたのが淋しかったですがご病気だったのですね。
奥様が映画評論家の田中千世子さんだったことも知りませんでした。
ご冥福をお祈りします。




安西水丸さん

イラストレーター、作家として活躍されていた安西水丸さんが3月19日に亡くなりました。 71歳でした。
安西水丸さんが亡くなったのもショックでした。
三谷幸喜さんが監督された『清須会議』の特集でキネマ旬報で水丸さんと三谷さんが対談されていましたが本当に楽しい対談でした。その対談を読んで数ヵ月後の訃報だったのでびっくりしました。
映画の話ももちろんですが歴史の話もたくさん出て、面白かったですね。
かなりカットしているそうなので本にしてほしいなあと思います。

亡くなった後出版された水丸さんの著書『ちいさな城下町』は水丸さんの歴史、お城、城下町にたいする愛情、知識にあふれている素晴らしい本だと思います。
九州や四国でも朝倉市(秋月城)、中津市(中津城) 大洲市(大洲城)が取り上げてあります。

水丸さんは歴史もですが映画にも造詣が深くキネマ旬報で連載をされたりしていました。
洋画はもちろん時代劇もすごく詳しい方のようです。
水丸さんはイラストも文章もわかりやすくて好きでした。

水丸さんというとなんといっても村上春樹さんの本のイラストが有名でした。
特に『村上朝日堂』シリーズは村上さんの文章と水丸さんのイラストとが絶妙で楽しかったです。

お母さんの故郷の千葉県の千倉の話とかとても印象的でした。
もう水丸さんの文章を読んだりイラストを見れないと思うと残念です。
ご冥福を心からお祈りします。


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追悼 2014年 (3)
追悼 2014年 (3)

山口淑子さん
女優、国会議員として活躍された山口淑子(李香蘭)さんが9月7日に亡くなりました。94歳でした
私は詳しくは知らないのですが戦前、戦時中、戦後と波乱万丈の人生を送られていてその半生はドラマ化されたりもしています。
私は映画作品はほとんど観た事がなくて参議院の議員として活躍されていたことを断片的にしか知りません。

旧満州で1920年に生まれ満州映画協会の専属俳優として李香蘭名で活躍され、歌手としても「夜来曲」「蘇州夜曲」などのポピュラーな曲を残されています。
終戦時に中国人と誤解され処罰されそうになったエピソードは有名です。
戦後は山口淑子として女優活動をされています。
引退後、テレビの司会者などを経て参議院議員として活躍されいます。

戦前の作品は全く観ていませんし戦後の黒澤明の『醜聞(スキャンダル)』しか観ていないと思います。
たくさん作品を残されていますが豊田四郎、稲垣浩、マキノ正博、市川昆や八千草薫さんのご主人だった谷口千吉監督の作品に出演されたりしています。
なかなか観ることはできないと思いますが機会があれば観てみたいですね!
特にキング・ヴィダー監督の『東は東』とサミュエル・フラー監督の『東京暗黒街・竹の家』は観てみたい映画です。
詳しいことはわかりませんが日本映画史に残る女優さんだと思います
ご冥福をお祈りします。

川北紘一さん
映画やテレビで特撮監督として活躍された川北紘一さんが亡くなりました。 72歳でした
私が川北さんの名前を初めて知ったのは『ゴジラVSビオランテ』でした。
ゴジラ映画はこどもの頃は大好きでしたがこの『ゴジラVSビオランテ』は私はゴジラ映画というよりは大森一樹監督の最新作を観ることができる!ということで映画館に足を運びました。
私は大森一樹監督の映画が大好きでその当時、大森監督は吉川晃司主演の映画を3本、そして斉藤由貴主演の映画を3本撮り、快進撃といった感じでした。特に斉藤由貴主演の映画は素晴らしかったと思います。
ゴジラ映画をどう大森一樹が撮るかとワクワクした思い出があります。
大森一樹監督は次の『ゴジラVSキングキドラ』も撮り、その後は大河原孝夫監督に引き継がれ6本の作品がつくられています。その〈平成のゴジラ〉を特技監督として支えたのが川北紘一さんでした。

フィルモグラフィーをみてみるとテレビではウルトラマンシリーズなど特撮ものばかりでなく大晦日などに放送されていた『五稜郭』や『奇兵隊』の大型時代劇も手がけれています。また映画では『ガンヘッド』や『ヤマトタケル』など特撮技術が前面に出る作品以外でも『蛍川』〈良かった!)や『愛・旅立ち』や大森監督&斉藤由貴の『さよならの女たち』なども手がけられています。
俳優や監督などに比べるとどういう仕事なのか監督や美術監督とどう仕事が違うのかなど素人にはわかりにくい地道な仕事ですがSFや怪獣映画など特撮が必要な作品にはなくてはならない必要な仕事です。
知らないうちにいろいろな作品をみて楽しんでいたと思います。
ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。




追悼 2014年 (2)
追悼 2014年 (2)

蟹江敬三さん
3月30日に亡くなりました。 69歳でした。
蟹江さんが亡くなったのは本当に驚きました。大好きな俳優さんでした。
たくさんの映画、ドラマに出演されていました。
大好きなドラマがたくさんあります。
まず書きたいのはやはり『鬼平犯科帳』の〈小房の粂八〉
私は『鬼平犯科帳』は大好きなのですがこの役は藤巻潤さんや新克利さんとかもかつて演じられていてそれぞれいいと思いますががやはり蟹江さんが一番です。
中村吉右衛門さんがお別れの会で発起人の一人をされていたと思います。
撮影現場はとてもいい雰囲気だったのでは思ったりしました。

そして忘れられないのが『早乙女千春の添乗報告書』。
私はバスや鉄道、船などが画面に出てくるだけでワクワクするのですがそれに加えてこのドラマの名取裕子扮する大富豪の娘でバスガイドの早乙女千春と妻に逃げられた上司〈須藤ちゃん〉とのコンビは面白かったですね。
脇役の人も面白く毎回、楽しみにしてました。今でもときどき衛星放送で再放送されています。
その後の『京都地検の女』もありますしもう二人の共作が見られないと思うと残念でたまりません。
蟹江さんが歌を披露する場面がよくありとても上手なのに驚かされたりもしました。
鬼平で共演されていた沼田爆さんとはここでも共演されていました。

『あまちゃん』や『龍馬伝』など最近の代表作と言われる作品はあまり観ていないのですが『熱中時代』や『スケバン刑事』もありますし大河ドラマでは特に『葵 徳川三代』の福島正則、林隆三さんも出演していた『炎立つ』の吉彦秀武役など印象的でした。遺作として放映された松下由樹との『おとり捜査官 北見志穂』シリーズもありました。
宇津井さんのときに書いた『さすらい刑事旅情編』もあります。
ほかにもたくさんのドラマ、映画に出演されていると思います。
エキセントリックな役柄が多かったと言われている初期の作品は私はあまり知らないのですが本当にたくさんの作品で私たちを楽しませてくれたと思います。
『ガイヤの夜明け』のナレーションも素晴らしかったです。
心よりご冥福をお祈りします。

追悼 2014年 (1)
追悼 2014年 (1)

なかなか時間がとれなくてようやく大晦日の日に久しぶりにこの文、書いています。
このブログでは映画やドラマで活躍された人で好きな人や関心のある人を中心に追悼の文章を書くようにしていました。

昨年までは亡くなってから時間をあまり空けずに書いていたのですが、今年は書きたいと思いながら結局、書いていない方が多いです。
本当はお一人お一人きちんと書きたかったのですが時間がとれませんでした。
簡単にですが書いていきます
楽しい作品、心に残る作品など残してくれた人ばかりです
お疲れ様でした。 ありがとうございました。


ロビン・ウィリアムズ
8月11日に亡くなりました。 63歳でした。
突然だったのでただただ驚きました。オバマ大統領もメッセージを出していましたね。
映画デビュー作がロバート・アルトマンが監督した『ポパイ』。 この映画は映画館でみています。
デビュー当時から知っている俳優さんが亡くなるのは本当にショックです。

『ガープの世界』、『グッドモーニング・ベトナム』、『いまを生きる』、『ジュマンジ』、『レナードの朝』、『9ヶ月』、『奇蹟の輝き』、『ミセス・ダウト』、『パッチ・アダムス』、『ナイト・ミュージアム』シリーズ…たくさんの映画がありました。
映画館で観ている作品も多く、映画の内容もですが一緒に観にいった人のこととかいろいろ思い出したりします。
3本選ぶなら『ミセス・ダウト』、『いまを生きる』、『ガープの世界』になります。
主役、脇役、声優、ゲスト出演…様々な名演技やスピーチで私たちを笑わせ、感動させてくれました。
これからもまだまだ活躍が期待出来ただけに本当に残念です。
ご冥福をお祈りするばかりです。



宇津井健さん
3月14日に亡くなりました。 82歳でした。
『赤いシリーズ』や『ザ・ガードマン』、『渡る世間はオにばかり』などを私は殆ど見ていません。
宇津井さんと言うとドラマでは『さすらい刑事旅情編』、映画では『新幹線大爆破』が思い浮かびます。

『さすらい刑事旅情編』は東京駅の鉄道警察隊の活躍を描く物語でやはり今年、亡くなった蟹江敬三さんや若くして亡くなった三浦洋一さんたちが出演していました。毎回、熱心に見ていたわけではなく時間があるときに見ていました。
上記の3人の俳優さんもそれぞれ持ち味が出ていて良かったです。また鉄道に関心があるものとしても興味深いものでした。
再放送がなかなかないですね。もう一度じっくり見てみたいです。
『新幹線大爆破』も鉄道が関係していますね。
これは面白い映画です!やはり今年亡くなった高倉健さんや千葉真一さん、山本圭さんとか出演していました
宇津井さんは運転司令室の責任者役でした。
『ザ・ガードマン』といい宇津井さんは誠実な薬が多く制服が似合う人だったと思います。
『相棒』でも警察庁長官を演じられてました。
主役というよりは脇役、準主役でドラマを支える役柄が多かったと思います
俳優座の同期生で長年の親友だった仲代達矢さんがテレビで想い出を話されたりしていました。
感動的でした。ご冥福をお祈りします。




林隆三さん
6月4日に亡くなりました。 70歳でした。
宇津井さんもそうでしたが現役で活躍されているイメージが強かったので訃報には驚きました。
澤井信一郎監督、原田知世主演の『早春物語』という忘れられない映画がありますが宇津井さん同様私の中ではテレビドラマで活躍された俳優さんというイメージが強い人です
(『妹』や『竹山ひとり旅』など代表作と言われている初期の頃の映画はみていません)
時代劇、現代劇どちらでも活躍された俳優さんだと思います。
大河ドラマは結構、出演されているのではないかと思います。
私は『国盗り物語』から断片的に覚えているのですが『黄金の日々』の今井宗薫、『炎立つ』の藤原基成役とかは印象的でした。特に私は藤原基成という人物はとても興味があるので熱心に見ていました。
現代劇では『噂の刑事トミーとマツ』、『ザ・ハングマン』とか懐かしいです。
『たけしくん、ハイ!』のお父さん役はとてもよかったと思います。
いろいろな役柄を演じられていました。
これからも更なる活躍が期待できる方だったと思うので本当に残念です。
ご冥福をお祈りします。



バス停名の変更 (佐世保市営バス)
バス停名の変更 『ふもと入口』→『黒髪町二の二組公会堂前』へ(佐世保市営バス)

12月3日に佐世保市交通局より黒髪町にある『ふもと入口』バス停の名称を『黒髪町二の二組公会堂前』に変更する旨の発表があり変更になっています

黒髪町は佐世保市の日宇地区の中央部にあり佐世保有数の住宅地になります。
大きい町になりますが市中心部からみて町の入口付近に市営バスの『黒髪営業所』があり多数のバスが佐世保市の中心を通り北部方面の矢峰・大野・日野・相浦方面へと走っています。
『黒髪営業所』の奥には椿ヶ丘、菫ヶ丘、もみじヶ丘…などの団地が広がっています。

国道から左折して『黒髪営業所前』へと伸びる道をそのまま直進する市営バスの路線はかつては『椿ヶ丘』が終点でしたが更に奥の宅地開発や道路の整備により大塔小学校からもみじヶ丘までの道路と繋がって今では『食品団地前』や『エコスパ』などまで足を伸ばしています。
また西肥バスも規制緩和によりバスの新規路線の進出が容易になったこともあり市中心部の大宮町を経由する路線などとともに佐世保市中心部から黒髪・もみじヶ丘を経由して早岐方面へのバスが運行されています。

黒髪町のバス路線としては前述した市営・西肥バスが通るメインの椿ヶ丘・もみじヶ丘の路線以外には市バスが『黒髪営業所』より左折して『木場入口』・『上木場』へと足を伸ばす2路線運行しています

『黒髪町二の二組公会堂前』(旧ふもと入口)バス停はその木場方面への路線の『黒髪営業所』の次(菫ヶ丘)の次のバス停になります。
ここから次のバス停であり終点である『木場入口』線と『上木場』線(次バス停は『黒髪橋』)に分岐します
バスも数台は待機できるスペースがある『木場入口』へは1時間におよそ1,2本の間隔で(日中に上木場線が運行される13時台は運行されませんが…)、上木場へは1日3本の路線が運行されています。

ゼンリンの地図をみてみると今回、新しい名称になった「黒髪町二の二組公会堂」は『木場入口』バス停と新『黒髪町二の二組公会堂前のバス停の中間付近のバス道路沿いにある薬師寺というお寺のすぐ奥にあるようです。
(ゼンリンの地図では黒髪町2、1組公会堂と記載されていますが…)
今回の名称変更がどういう意図でされたのかはわかりませんが地元の身近な建物の公会堂の名称を使用することで地元の人にバス停をより認知してもらいもっと利用してもらいたいと言う意図があるのではないかと勝手に思ったりしています。

『木場入口』線はもう少し便数を増やしてもいいと思いますし『上木場』線も途中の『桜ヶ丘第二団地入口』までは住宅地もあるのでそこまで増便するとか、もし可能なら小型バスとかで桜ヶ丘団地方面へ乗り入れる路線とか新設してほしいと思ったりします。黒髪地区は他にもルートはあるかもしれません。

バス停の名称変更は地元住民の要望、バス会社の思惑などいろいろな理由があるのでしょうが今回の名称変更が市バス、地元住民の両方にプラスになればと思います。


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仕事等が忙しくブログの更新がなかなかできない状態が続いています。
時間をみつけて今後も少しずつでも更新したいと思っております