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追悼 ハロルド・ライミス
追悼 ハロルド・ライミス

ハロルド・ライミスが2月24日亡くなりました
69歳でした。難病と十年近く闘った末に亡くなったそうです。

今回、亡くなってフィルモグラフィーをみてみると俳優だけでなく、監督、脚本家、製作者として幅広く活躍されていたようです。

観ていない作品が多いのですがやはり俳優としては『ゴーストバスターズ』が思い浮かびます。
(この映画でハロルド・ライミスは共演者のダン・エイクロイドと共同で脚本も担当しています)
一世を風靡した映画ですし映画も主題歌も大ヒットしました。
私は一人で映画は観に行くことが多かったですがこれは友達と観に行きました。
映画のこともですがそのときの自分のことを思い出したりします。
そういう意味でも思い出深い映画ですしアメリカ映画らしい映画で楽しめました。

3人の博士、ビル・マーレイとダン・エイクロイド、そしてハロルド・ライミスそれぞれ良かったです。
シガニー・ウィーヴァーやリック・モラニスも出演してましたね。
今、観るとどう思うか?
社会現象になったような映画はその時代が過ぎると古さや違和感を感じることがときどきありますがこの映画はそんなことはあまりないような気がします。
時代を乗り切った理屈抜きで楽しめる娯楽作品だと思います。

パート2もありましたしパート3の製作を予定されているようです。
(明日3月1日にBS日テレで「ゴーストバスターズ2」が放送されるようです)


監督作としてはやはり「恋はデジャ・ブ」。
これも映画館で観ましたが着眼点が良いというか不思議で面白くて魅力的な映画でした。
細部はかなり忘れていますがビル・マーレイー扮する主人公が朝、起きても同じ日を何度も繰り返すという…時間の迷宮に入り込んだ男の悲喜劇を描いた作品でした。
筒井康隆原作の「時をかける少女」(他の2つの短編も面白い)やその映画化作品と重なるところがありますし少し違いますがミュージカル映画の「晴れた日に永遠が見える」を私は思い出したりしました。
いろいろ考えさせられる映画ですしもう一度観てみたい映画です。

もう一本、未見なのですが観てみたい映画に「悪いことしましョ!」があります。
スタンリー・ドーネンが監督した同名の映画のリメイクになります。(オリジナル版も未見です)
ファウストを基にした話のようでドーネン版ではダドリー・ムーアが主演しています。
スタンリー・ドーネンとしてはあまり評判が良くなくて観ることができない映画ですがドーネンは「くたばれ!ヤンキース」でもファウスト的主題を取り扱っています。
一度観てみたい映画ですし、その際はライミスが監督・製作・脚本を担当しているリメイク作も観てみたいです!

ライミスは少しひねったコメディが得意だったような気がします
私が観ている映画でも脚本作として「アニマルハウス」が、製作、出演作で「パラダイス・アーミー」が、出演作で「君がいた夏」や「赤ちゃんはトップレディがお好き」があったりします。
観ていない映画がたくさんあり私は知らないことが多いと思いますが幅広く活躍された才能ある人だったと思います。

訃報に接したくさんの仲間がコメントを出しています。
なかでも「恋はデジャブ」で仲たがいしたと言われるビル・マーレイもコメントを発表して功績を讃えていました。
もう一度、コンビ作が出来るのを望んでいた人も多かったかもしれません。

多才な人でしたし本人が一番、無念だと思います
ご冥福をお祈りいたします。
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宮崎ー延岡間 高速バス運行へ(宮崎交通、JR九州バス)
宮崎ー延岡間 高速バス運行へ(宮崎交通、JR九州バス)

以前、宮崎交通の社長さんへのインタビュー記事を紹介しました
そのなかで東九州道を使った宮崎と延岡間の高速バスのことを言及されていました。
その高速バスが4月1日より運行されることが宮崎交通、JR九州バスのブログ上で発表されました。


ブログによりますと東九州自動車道の宮崎県内全線開通にあわせて宮崎県北部の中心地で工業都市である「延岡市」と県庁所在地である「宮崎市」の間を最速1時間51分で結ぶ高速バスが運行されます。
バスは延岡駅前バスセンター~(高速)~宮崎駅・宮交シティ・宮崎空港をベースに1日8往復16便の運行が予定されているようです。

具体的に書いていきますと宮崎交通とJR九州バスの共同運行になりノンストップ便と各停便の2系統(厳密には4系統)が設定されています。

*各停便
上り、下りとも朝と夕方に各一便(2往復4便)
《停車地》
 宮崎空港ー宮交シティー橘通1丁目ー県庁前ー宮崎駅ー山形屋前ー宮崎BS-国富BS-西都-日向ー門川ー延岡消防署前ー県病院前ー向陽倶楽部前ーベンベルグ前ー中央通2丁目ー延岡駅前バスセンター

*ノンストップ便
6往復12便設定されています。
途中の高速道路上が宮崎バスストップのみの停車になります
《停車地》
 宮崎空港ー宮交シティー橘通1丁目ー県庁前ー宮崎駅ー山形屋前ー宮崎BSー延岡消防署前ー県病院前ー向陽倶楽部前ーベンベルグ前ー中央通2丁目ー延岡駅前バスセンター

延岡方面への朝の2便は宮交シティ発に、宮崎市方面の夜の2便が宮交シティ止まりとなっています。
ほぼ2時間おきに運行され、夜の便が17時、18時の1時間になっています。

「宮崎交通」単独運行かなあと思っていましたがJRとの共同運行になりました。
両社は宮崎ー福岡や新八代ー宮崎間でも高速バスを西鉄や九産交と共同運行しており、日豊本線への影響もあるのでJRも参加したかったでしょうし話もうまくまとまったのかもしれません。

停車地や運行経路などは詳しい地理的な事はよくわかりませんが旭化成がある『ベンベルグ』に停車します。
夜、もう少し遅い便があってもよいのでは…という気がしますが、街の規模としては、また最初としては《やる気》を感じる本数だと思います。
また車両ではJR九州バスはどういうタイプのバスで運行するかは発表されていませんが宮崎交通では「パウダールーム付きトイレ」やスマートフォンなどの充電ができるコンセントを全席壁面に装備したり、座席の間隔を6cm拡大など快適性に配慮して新型車両を導入と並々ならぬ意気込みを感じます

どのくらいの利用者があるかよくわかりませんが九州では高速道路の恩恵をこれまであまり受けることがなかった地域ですし宮崎県民や宮崎を訪れる人たちの足として是非、定着して成功して欲しいです。



三浦岸壁の工事
三浦岸壁の工事 (佐世保市新港町・三浦町)

昨夜(2月25日)のテレビのローカルニュースで佐世保駅裏の三浦岸壁の工事の話題が取り上げられていました。
今日の読売の地域版には記載はありませんでしたがインターネットでみると長崎新聞では取り上げられていたようです。

記事によりますとこれまでは三浦岸壁は全長270mで水深は4.5~5.5mでしたが水深10mまで掘り下げる工事が2009年度より38億円かけて現在、進めらています。
今年の4月に工事は完成するそうです。
工事が完了すると7万トン級の客船も接続できるようになるそうです。

その効果でしょうか実際、4月から5月にかけて国内の旅行代理店が企画する大型クルーズ船の寄港が5回(2隻)予定されているそうです。
今回、寄港が予定されているクルーズ船は外国籍で6~7万トン級で船客数は千人を超えるそうです。
私は知らなくて意外でしたが外国籍の佐世保港への寄港は初めになるそうです。
また今年の9月、10月には日本籍の客船の寄港も予定されているそうです。
多くの人が佐世保に来てくださる機会が増えることはとても嬉しいことです

これまでは近くにはなりますが三浦岸壁に接岸が無理な場合は大型客船などが入港した際は近くになる新みなと岸壁(水深7.5m)や前畑岸壁(水深13m)に接岸していたそうです。

また来年4月には国際旅客ターミナルが完成する予定です。
どういうターミナルが完成するのか楽しみです!
佐世保市としては韓国の釜山への定期航路を計画しているようですが…



長崎港や伊万里港など他の港との競争も激しくなりますが佐世保港には近くにハウステンボスや平戸、そして有田・伊万里・波佐見・三河内など焼き物の里など観光地もあります。
また市の表玄関の佐世保駅のすぐ近くに三浦岸壁があることは大きな強味だと思います。

多くの観光バスが待機するなど駐車場の問題や観光バスが駐車できるスペースを持った食事や観光などの施設の不足や外国人を含めて言葉その他の観光客の受け入れ態勢などハード面、ソフト面といろいろな問題はあると思います。
また佐世保港は五島や西彼杵半島沿岸への定期航路の他、アメリカ海軍、海上自衛隊や海上保安庁など数多くの船が出入りしています。
佐世保が日本の防衛や安全を担っている重要な港であることは絶対に忘れてはいけないとは思います。
他の港に比べるといろいろと規制があると思いますが市の経済活性化のために経済と防衛を両立させて多くの船が岸壁を利用してもらえるようにいろいろな立場はあると思いますが調整して協力していただけたら…と思います。


三浦岸壁の隣接する地区には以前少しブログに書きました大型商業施設『五番街』が出来ています。
海の表玄関は大きく変わってきています
今回の整備が佐世保の港、街の発展につながれば…と思います。


(以前は『三浦』や『新みなと』などに接岸する船舶を写真に撮ってブログに掲載していました。
現在は出来ない状態になっています。厳しい状況ですがそのうちまた掲載できるようになれば…と思ってはいます)

追悼 マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
追悼 マリア・フランツィスカ・フォン・トラップ
 ~さよならトラップ一家の小さなマリア~

映画『サウンド・オブ・ミュージック』や『菩提樹』、ハウスアニメ名作劇場で放送された『トラップ一家物語』(良かった!)のモデルとして有名なトラップ一家の7人の兄妹の3番目、次女のマリア・トラップが2月18日にアメリカの自宅で亡くなりました。 99歳でした。

数年前、サウンド・オブ・ミュージックやトラップ一家に関するドキュメンタリーが放送されました。
その際は長女アガサと次女のマリアが談笑するシーンがありましたが長女のアガサが2010年に、そして今回、最後まで存命だった次女のマリアが亡くなりました。

ブロード・ウェイのおそらくミュージカル史上最強コンビのロジュース&ハマースタイン(作詞リチュード・ロジャース 作曲オスカー・ハマースタイン2世)のなかの最高傑作の「サウンド・オブ・ミュージック」を映画化した『サウンド・オブ・ミュージック』は数々の名曲とともに老若男女問わず数多くの人から愛されているミュージカル映画の最高峰の一つだと思います。
『サウンド・オブ・ミュージック』のラストシーン、オーストリアを逃れ、山を越えてスイスへの道を辿る家族の姿を見て「トラップ一家に幸あれ」と思ったのは私だけではないと思います。

2006年にアメリカ映画協会がミュージカル映画ベストを選出していますがその際はこの映画は第4位に選ばれています
(1、雨に唄えば 2、ウエスト・サイド物語 3、オズの魔法使 5、キャバレー 6、メリー・ポピンズ 7、スタア誕生 8、マイ・フェア・レディ 9、巴里のアメリカ人 10、若草の頃…)

このブロードウェイで評判になった傑作ミュージカルは家庭教師としてトラップ一家に家庭教師として修道院から派遣されたマリア・フォン・トラップ(映画ではジュリー・アンドリュースが演じていました)の自叙伝『トラップ家族合唱団物語』を基にしています。

この『トラップ家族合唱団物語』を西ドイツで映画化した作品が『菩提樹』(1956年)になります。
『サウンド・オブ・ミュージック』の存在があまりにも大きくて陰に隠れていますが『菩提樹』は大変、素晴らしい映画で私は大好きな映画になります。

スイスへ逃れたトラップ一家はその後、アメリカに渡り数々の苦難を乗り越えて家族合唱団として評判になりました。
アメリカに渡った後の話は続編である『続・菩提樹』(1958年)で描かれています。
この続編も大変、素晴らしい映画です。

トラップ一家の演奏旅行は1956年まで全世界で続いたそうですがお父さんであるトラップ男爵は1947年に亡くなっています。
合唱団、解散後はヴァーモント州ストウでロッジを経営していたそうです。

原作者のマリアは1987年にそのストウで亡くなっています。
今回亡くなった同じ名前の次女マリアは体が弱かったそうでそのこともあり修道女マリアが派遣されたようです。
小さなマリアがマリアを呼んで新しいトラップ一家の物語が始まったのかもしれません。不思議な因縁を感じます。
合唱団解散後は小さなマリアは他の二人の兄妹とともに伝道活動に取り組んでいたようです。
病弱だった彼女が一番長生きしました。

トラップ一家は亡くなってしまいましたがこの一家の物語はこれからも全世界で舞台で上演されたり原作が読まれることと思います。
ひょっとすると新しいドラマもつくられるかもしれませんし、なによりも3本の素晴らしい映画もこれからも多くの方に鑑賞されることと思います。

3本の映画を観ている間、この家族に幸あれと願いましたが、映画を観終わった後はこの3本の映画は私達に感動や勇気や希望を与えてくれます。
小さなマリア、トラップ一家ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします


長崎駅車両基地
 長崎駅車両基地

2月22日の読売新聞の地方版に長崎駅車両基地についての記事が掲載されていました。

九州新幹線長崎ルートは2022年度に開業が予定されています。
これから長崎ルートの終着点となる長崎駅では連続立体交差事業など駅や駅周辺で大規模な整備事業が行われるようになります。
そしてこれまで長崎駅の裏にあった長崎車両センター・車両基地が廃止され佐世保線の早岐駅に3月中旬までに移転する予定となっています。

117年の幕を閉じる長崎車両基地を記念して明日2月23日に「ありがとう長崎車両基地」として様々なイベントが予定されます。
当日は長崎駅構内の車両センターの一部をイベント会場にし10時から15時30分まで実施されるようです。

昭和10年から現存している検修庫の一部を自由通路として車両基地の見学ができてその際は運転台や電車車内において社員が車両などの解説を行うそうです。
また昭和11年より現存する転車台にて気動車を使った回転の実演が行われるそうです

長崎線・佐世保線のL特急として活躍した485系電車。
長崎線・大村線・佐世保線で快速シーサイドライナーや普通列車として現在も活躍している66・67形の気動車。
そして電化される前に「さくら」「みずほ」「はやぶさ」などで長崎線で活躍したブルートレインを牽引していたDD51形ディーゼル機関車も特別に留置されるようです

また特別に長崎にくるDD55を記念した限定の記念駅弁や一般の人から募集した写真を使用して作成した記念乗車券の販売なども予定されているようです。

また子ども向けですがミニサイズの列車「ミニななつ星」に無料で乗車できるそうですし、会場には出店が出来て、地元の特産物の販売や喫茶スペースもできるそうです
当日は多くの鉄道ファンや家族連れで賑わうことと思います。


車両センター・車両基地の早岐駅への移転は長崎駅と早岐駅はかなり離れているし間の大村線は非電化なのでどんなやりくりするのだろう…と素人は思ってしまいますがたぶん全く問題はないのでしょう。
これから長崎駅や、駅付近も県庁の移転も予定されているし劇的に大きくかわるのでしょう。

三角屋根の長崎駅が好きでしたが更に遠い昔の記憶になってしまうようですね
長崎新幹線も少しずつ、確実に前進していることを実感します





田村高廣 『怒れ!求馬』と『鬼平犯科帳』
田村高廣~『怒れ!求馬』と『鬼平犯科帳』~


衛星放送で『江戸を斬る』に引き続き『南町奉行事件帖 怒れ!求馬』の放送が始まっています。
私は時代劇が好きでこの番組と『鬼平犯科帳』は録画して毎回、楽しみにみています。

『怒れ!求馬』は月曜夜八時の『水戸黄門』,『江戸を斬る』,『大岡越前』でおなじみだった「ナショナル劇場」の枠で放送されました。
この時代劇の枠は高視聴率でお化け番組と言われていた『水戸黄門』が柱で『水戸黄門』が休みのときに穴埋めで『大岡越前』か『江戸を斬る』のどちらかが放送されるパターンでした
私は3番組とも大好きでしたが、やはりマンネリ化や出演者の高齢化など作る側の問題と視聴者側の固定化、高齢化など様々な問題があったように思います。
テレビ時代劇自体の衰退もあったと思います。
そういうなかで新しい時代劇、新しいシリーズ、新しい視聴者を創り出そうと模索しながら生まれた作品がこの『怒れ!求馬』だったと思います。

主題曲がBEGINの「愛が走る」というのも新鮮でしたし(大好きな曲でしたしこのドラマに合っているように思いました)、主役の求馬役に後に助さんを演じる原田龍二さんというのも新鮮でした。
いつも全力疾走して問題を解決していく南町奉行の孫の役を体当たりで演じていて頑張っていましたね。
田中健や野村真美,沢田亜矢子,野川由美子…などキャストも『水戸黄門』など他の作品とは違う人を意識してキャスティングしたりと新鮮でした。

そして原田龍二と並ぶもう一人の主役といってもいい求馬の祖父、根岸肥前守鎮衛(やすもり)を演じたのが田村高廣でした。
ちなみにこの根岸肥前守も水戸黄門や大岡越前や遠山の金さんほど有名な人物ではありませんが実在の人物になります。
勘定奉行や南町奉行、佐渡奉行などを歴任しています。
彼には30年以上世間話を書き記した随筆集『耳袋』があり有名です。
ドラマでも肥前守がラストで事件の顛末を書き記す形式をとっています
その後、根岸求馬の物語は『南町奉行事件帖 怒れ!求馬2』と内容を少し変えて『大江戸を駈ける!』と続きました。
時代は10代将軍家治や11代家斉の治世の頃になります。
(主人公の求馬は架空の人物です)

このドラマの田村高廣は味があって素晴らしいと思います。
私は田村高廣は大好きな俳優になります。
お父さんの坂東妻三郎に容貌は似ていますがお父さんのように主役を張る大スターではなく、弟の田村正和、田村亮のように華があったり、2枚目ではありませんでしたが.人間味があり、誠実で、繊細で、脇で主役を支える地道なバイプレーヤーといった感じでドラマや映画で彼の名前があると嬉しかったです。
主役だった『泥の河』は素晴らしかったし、『二十四の瞳』や勝新太郎とのコンビ作『兵隊やくざ』シリーズ、大島渚の『愛の亡霊』とか忘れられないです。


もう一つ録画しているのが『鬼平犯科帳』です。、
現在は月曜日の中村吉右衛門版以外は丹波哲郎版の『鬼平犯科帳』が放送されています。
この丹波版の『鬼平犯科帳』にも田村高廣は長谷川平蔵の旧友であり盟友である岸井左馬之助役で出演しています。
(萬屋錦之介版では田村高廣はもう一人の愛すべき剣客、井関禄之介も演じていました。丹波哲郎版では風車の弥七でおなじみの中谷一郎が禄之介を演じていました。中谷一郎は萬屋版では大滝の五郎蔵を演じています。)

『鬼平犯科帳』の魅力の一つは登場人物一人ひとりが人間味があり魅力的なことだと思いますが私は長谷川平蔵の旧友であり盟友である岸井左馬之助が一番好きな登場人物になります。
(木村忠吾も同じくらい好きな人物です。丹波版とその前の松本白鵬版では落語家の故古今亭志ん朝が演じていてとてもいい味をだしています。)
『本所・櫻屋敷』は左馬之助の人柄が溢れていてとても良い作品だと思います。

岸井左馬之助役は加東大介、田村高廣、神山繁、江守徹、竜雷太と大好きな俳優さんばかり演じていて、自分はこういう登場人物が好きでこういう役を演じるような人が好きなんだなあと笑ってしまいます。

(余談ですが特に加東大介は大好きで夭折した山中貞男監督の『人情紙風船』から黒澤明、小津安二郎など著名な監督作から社長シリーズや大好きな陸軍中野学校シリーズなどの娯楽シリーズなどいろいろな映画でいろいろな役柄を演じた本人自身が日本映画史みたいなバイプレーヤーでした。)


勘当している孫を暖かく見守る奉行役、そして長谷川平蔵の親友として平蔵を陰で支える剣客役

成功作とまではいえなかったかもしれませんが意欲的な作品で頑張っていた『怒れ!求馬』と名作として今でも多くの人から愛されている『鬼平犯科帳』。
田村高廣はどちらの作品でも主役ではありませんが主役を支えるなくてはならない人物を演じています
2006年に残念ながら田村高廣は他界してしまいましたがこの2作品を含め多くの残された作品でまだ輝き続けています

デュヴィヴィエのこと、そして『映画監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ』 (国書刊行会)
ジュリアン・デュヴィヴィエのこと、
そして『映画監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ』(小林隆之・山本眞吾著)【国書刊行会】


「枯葉」「愛の讃歌」「バラ色の人生」「暗い日曜日」「パリのお嬢さん」…
日本でも親しまれているシャンソンの名曲はたくさんあると思います。
私が大好きなシャンソンの曲はやはり観たことのある好きな映画の想い出に繋がります。
「わが心の森には」(映画『リラの門』)、「サンジャンの私の恋人」(映画『終電車』)、「残されし恋には」(映画『夜霧の恋人たち』)、「あの人はどこに」(映画『望郷』)…
なかでも『巴里祭』、『巴里の屋根の下』、『巴里の空の下』は大好きでたまらない曲であり映画になります。
(先日、ブログをよく拝見させてもらっているシャンソン歌手の方が『巴里祭』を歌ってあり久しぶりに聴くことが出来て懐かしくて嬉しくて素敵で堪能しました。)

シャンソン『巴里の空の下』は長崎県民にとってはNBCテレビで毎週土曜の夕方に5分間放送されている「眼鏡のコクラヤ」提供の「コクラヤギャラリー」(万屋店にあります)のバックで流れる曲として曲名は知らなくても誰もが一度は耳にしたことがあるおなじみの曲になります。

作詞ジャン・ドレジャック 作曲ユベール・ジローのこの曲は「パリ2千年祭」を記念してパリ市当局が依頼して作られた映画『巴里の空の下セーヌは流れる』の主題曲にもなります。
(映画のなかではセーヌの河畔でピクニックをしている家族の前でアコーディオンの流しが歌います。記憶があいまいで間違っているかもしれません。もう一曲「巴里の心臓」というシャンソンも使われていたそうですが全く覚えていません)

学生時代、体が震えるくらい感動した映画がいくつかありますが高校時代にテレビで観る事ができたこの映画は私にとってはその一本になります。
《寝静まったパリの街の上を運命の神が巡回しはじめた。さあ、我々は運命の神の後について、その触手に捕らえられるパリジャンたちの1日の生活を眺めてみよう…》
印象的なナレーションから始まるこの映画はセーヌ河区域を舞台に複数の男女の一日が描かれます。
登場人物のエピソードが並行して綴られていきますが彼らは運命の糸によって結ばれていておりそれぞれの人生が交錯してドラマが生まれ彼らの運命が動き出して行く…

最初に観たデュヴィヴィエの映画ということもあるでしょうが巧みな話術、ユニークな構成にはびっくりさせられましたし圧倒されました。
オムニバス映画の名手といわれたデュヴィヴィエですが普通のオムニバス映画がエピソードが縦に並べられて構成されているのに対してこの映画はエピソードが横に並行して進行していきそのエピソードが点で繋がっているという構成で(うまく表現できませんが)観ていてすごいなあと興奮しました。
幸福な人、不幸な人と様々な人が描かれていますが本当の主役はそういう多くの人が暮らしている『パリの街』そのものだと思います。
また内容も運命とか人生とかいろいろなことを考えさせられる映画でした。


それまでもフランス映画は観たことはありましたがアメリカ映画、日本映画とは違う映画がある。《これがフランス映画なんだ》と意識した最初の映画でした。
(30年くらい昔に一度観たきりなので今、観直すとどう思うかはちょっと不安ですが…)

それからテレビやビデオなどでデュヴィヴィエの映画は少しずつですが観ることができました


ジュリアン・デュヴィヴィエは1896年生まれで、ジャック・フェデール、ジャン・ルノワール、ルネ・クレールと並ぶ4大巨匠、そして少し後の世代になるマルセル・カルネを入れてこともあると思いますが戦前、戦後とフランスを代表する映画監督の一人になります
日本では戦前は特にデュヴィヴィエの人気は高くて有名な映画評論家のジョルジュ・サドュールが「東洋の一小国だけにおいてのみ熱烈な観客がいる」と述べているほどです。
私も10数本しか作品は観ていませんが大好きでたまらない映画がいくつかある忘れられない監督さんです。
(他の監督もジャック・フェデールはあまり観ていなくてよくわかりませんがルノワール、クレール、カルネも大好きでたまらない映画がいくつかある忘れられない監督になります。)


私が映画を観始めた1970年後半くらいはデュヴィヴィエの映画は戦前の作品を中心に、昔の名作としてテレビで放送されることはあってもあまり注目されることはもうなかったと思います。
デュヴィヴィエが1967年に亡くなっていたこともあるでしょうし映画の革命と言っていいヌーヴェル・ヴァーグの影響が大きかったかもしれません。
日本では戦前のいくつかの作品は別としても通俗的でなんでも器用に撮っていた商業監督して認識され批評の対象になったり、再び見直されたり再評価されることはあまりなかったのではないかと思われます。



ただやはり若い頃ににデュヴィヴィエの映画を観たり人たちはデュヴィヴィエの映画は忘れられない人が多いようです。
古くなりますが1988年発行の「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋社)では映画監督としては第三位に。
作品としては「望郷」(12位)、「舞踏会の手帳」(34位)、「地の果てを行く」(92位)、「商船テナシチー」(121位)の4本が150以内ににランクインしています。
(今、このように大アンケートをとると監督としてのデュヴィヴィエや彼の映画がはたして何位になるか興味はあります、おそらくあまり票は集めないような気がします。)

また和田誠さんもある週刊誌のアンケートの監督ベスト10の一人に挙げられいるそうで「たかが映画じゃないか」(文春文庫 和田誠・山田宏一著)のなかで自分にとって青春時代に重要な人だったと述べられ、「旅路の果て」をベスト作として高く評価されています。
和田さんと三谷幸喜さんの対談集「それはまた別の話」(文芸春秋社)では一本の映画について深く掘り下げて語られているとても面白い本ですがその中の一本として『舞踏会の手帳』が取り上げられています。



『映画監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ』の著者である鉱山技師をされていた小林隆之さんという方は1947年、22歳のときに『舞踏会の手帳』『望郷』を観てフランス映画に、デュヴィヴィエの映画に夢中のなったという、やはり若かりし頃に大きな影響を受けた一映画ファンになります。

デュヴィヴィエの映画に熱狂し、スクラップブックに丹念にデュヴィヴィエに関する記事を集めたり、私家版で本を出版したりされたり、墓参りしたり、デュヴィヴィエの息子さんと親交を持ったりとデュヴィヴィエ、デュヴィヴィエの映画に情熱を傾けた方だったようです。
デュヴィヴィエに対する日本での現状を憂えて編集者、ライターであった山本眞吾さんに「デュヴィヴィエの本を作れないか」と相談を持ちかけ紆余曲折の末、この『映画監督 ジュリアン・デュヴィヴィエ』は完成しています

この本では、デュヴィヴィエが処女作をとるまで、そしてサイレント時代の21本(全て日本未公開)、トーキー時代の44本(日本未公開は4本)の全てについてスタッフ・キャストを含めた概説、映画の内容、フランスでの評価、日本での評価などが詳細に掲載されています。

この本はただただすごいと思います。全ての監督作品が網羅されている文字通りデュヴィヴィエの辞典です。

まず素晴らしいのはサイレント作品について取り上げていることです。
デュヴィヴィエのサイレント時代の映画は全て未公開作品ですし、注目すべき作品や観るべき作品はあまりないという感じで語られることが多くサイレント映画時代にどういう作品があるかは殆ど知る機会はなかったと思います
またデュヴィヴィエの出世作に『にんじん』がありますがサイレンと時代にも作っていることなども初めて知りました

また彼は『グレート・ワルツ』で初めてフランスを離れハリウッドで撮りますが、その前にも数度、ハリウッドから招かれていたこと、『望郷』のリメークをハリウッドで監督する予定だったことなど、知らないことがたくさん出て来て、大変興味深くて面白いです。

また巻末にフィルモグラフィーも作成してあり監督作品だけでなく脚本作品、ノン・クレジットの作品も掲載されているのは嬉しいです

そしてこの本で初めて知りましたが母国フランスではデュヴィヴィエの生誕百周年の1996年にシネマテークで26作品の公開されているそうです。
他にも雑誌での特集号の発行、2冊の本が発行などデュヴィヴィエの復権の動きが最近はあるようです。

2010年に日本でこういうデュヴィヴィエの本が出版されることはとても画期的なことだと思います。
この本がどの程度読まれ、反響があったかはよくわかりませんがこの本が一つの契機、小さいかもしれませんが波になるのではと思います
大好きで尊敬する監督、俳優…など映画人の復権を願い一人の熱狂的な映画ファンの手によってこうした本ができる。
この本は映画ファンとしては一つの理想、夢のような気がします
私も程遠いですがこのブログでそんなことがほんの少しでもできたら…と思ってはいます。

ただこの本が完成する(2010年)前、編集の途中で著者の小林さんは2008年に他界されていたそうです
本の完成を見ず亡くなってしまった小林さんは無念だったでしょうがその意志を引き継ぎ本を完成出版させた山本さんにはただただ頭が下がります。
小林さんはもちろんですがデュヴィヴィエもきっと喜んでいることと思います
この本が誕生するまでの経緯、小林さん・山本さんの情熱・執念が書いてある「まえがき」と「あとがき」だけでも読むと感動します


デュヴィヴィエの映画を考えるとき、ミステリー・サスペンス作品が多いことにも注目したいです
ミステリーやサスペンスが好きなものとしては忘れてはいけないと思います
『モンパルナスの夜』『殺人狂想曲』『殺意の瞬間』『自殺への契約書』『火刑の部屋』『めんどりの肉』『悪魔のようなあなた』…とシムノンやジェームズ・ハドリー・チェイス、ジョン・ディクソン・カーなど著名なミステリー作家の映画化もありますし、オリジナル脚本の作品もあります。

私はそのなかでは『殺人狂想曲』と『自殺への契約書』しか観ていませんが故淀川長治さんはデュヴィヴィエの映画はあまりお好きではなかったようですが名人は名人と認めてあり『殺意の瞬間』を高く評価されています。
サスペンス・ミステリーの監督という視点から見直すことができるかもしれません。
巻き込まれタイプの『殺人狂想曲』も主演のフェルナンデルの個性を生かしてあり面白いですし、後味は少し悪いですが『自殺への契約書』は画面の構成、伏線の張り方など素晴らしいと思います

また『トラウマ映画館』(町山智浩著・集英社)という面白い本がありますがそのなかでは『わが青春のマリアンヌ』というとてもとても観たいデュヴィヴィエの映画が取り上げられています。
他にはアメリカ時代の最高傑作と言われている燕尾服にまつわるオムニバス映画『運命の饗宴』やルイ・エモンの原作がとても良かった『白き処女地』などもとても観てみたい映画が他にもたくさんあります。

サスペンス・ミステリーの他にもコメディ映画、宗教映画・文芸ドラマ…などいろいろな映画を撮っている人で私達はその足跡の一端しか知らないと思います。
この本が再評価、復権に繋がることを祈りたいです。


*私が観ているデュヴィヴィエの映画は
『にんじん』、『アンリエットの巴里祭』、『望郷』、『舞踏会の手帳』、『グレート・ワルツ』、『旅路の果て』、
『我等の仲間』、『陽気なドンカミロ』、『自殺への契約書』、『埋もれた青春』、『巴里の空の下セーヌは流れる』
『アンナ・カレニナ』、『ゴルゴダの丘』、『奥様ご用心』、『フランス式十戒』 になります。

(『アンリエットの巴里祭』はオードリー・ヘップバーン、ウィリアム・ホールデン主演のリチャード・クワイン監督作品の『パリで一緒に』のオリジナルです。これも『巴里の空の下セーヌは流れる』同様、本当の主役はパリの街かもしれません。洒落ていて面白くデュヴィヴィエの話術が堪能できる映画です。
この映画ではじめてヒルデガルト・クネフを観ることができて嬉しかったです)


なお遅れていますが『グレート・ワルツ』について書ければ…と思ってはいますが書く際はこの本を参考にして書くことになると思います
お酒に関する話題~「旅と鉄道」から~
お酒に関する話題~「旅と鉄道」から~

暦の上では立春は過ぎ春になっています。
全国的には大雪の話題が大きく取り上げられていて正直、『春』を実感できるようなことはまだほとんどありませんがそんな中、2月9日、10日に佐世保市内にある『梅が枝酒造』では蔵開きが開かれたりしています。
お酒が好きな私は「蔵開き」の話題がでると梅の開花とともに春の訪れを感じます。


朝日新聞出版発行の『旅と鉄道』という雑誌があり今回初めて購入しましたが2014年3月号は「おもてなし列車」の特集として『ななつ星in九州』、東北新幹線の『ES系』や東武鉄道の『スペーシア』などが掲載されていました。
特に西日本の私鉄が好きな私には近鉄の『しまかぜ』の記事はまず乗車することは不可能だろうけれど楽しかったです。
いつの日か山陽電鉄の姫路駅から近鉄の賢島まで直通の豪華列車が走らないかなあ…と心待ちにしています。


そしてもう一つの特集で『呑み鉄 酒蔵街道を歩く』が組まれていて大糸線の「塩の道 酒蔵紀行」と「地酒と美食、肥前鉄道紀行」の二つが取り上げられました。
大糸線は私はよくわかりませんが信州・越後といかにも地酒がおいしそうな地区を走る路線なので取り上げられるのは不思議ではなかったですが佐賀県いう全国的にはあまりお酒の産地というイメージがない地域が取り上げてあり地元のものとしてはとても嬉しかったです。

記事のなかで紹介されていましたが佐賀県では近年、若手の酒造家たちが頑張ってロンドンのコンペティションに参加してSAKE部門で大賞をとったりと活躍しているそうです。
今回は佐賀県の鹿島地区と伊万里・有田地区の酒蔵が紹介されていました。

特急「かもめ」の停車地である『肥前鹿島駅』がある鹿島市は有明海の干潟のむつごろうとガタリンピックそして祐徳稲荷神社が有名な街ですが最近は特に酒蔵の町のイメージもあります。

バスの日帰り旅行などでも佐世保からも鹿島の酒蔵を巡るコースなども旅行プランに組み込まれたりしています。
おそらく福岡・長崎・熊本などからも多くの観光バスや電車、車を使い訪れる人も多いと思います。

『肥前鹿島駅』から次の『肥前浜駅』にかけて「矢野酒造」「幸姫酒造」「馬場酒造場」「光武酒造場」「富久千代酒造」「峰松酒造」の6つの酒造場があり佐世保のスーパーや酒屋さんでもよく見かける銘柄をつくっている酒造場もあります。
3月29日・30日には「鹿島酒造ツーリズム」というはしご酒のイベントがあり全ての酒造場で蔵開きが行われ鹿島・浜駅から無料のシャトルバスが運行されるそうです。
様々なイベントが予定されているようです
レポーターの方はこのうち「矢野酒造」「富久千代酒造」「峰松酒造場」を取材されています。

夜は温泉とおそらく市立図書館で全国的に有名な『武雄温泉』で一泊後、

翌日は『武雄温泉駅』から普通電車で『有田駅』に。そこから松浦鉄道に乗車して『金武駅』へ。
少し歩かないといけませんが国道202号線上にある「古伊万里酒造」に。(バスだと「作井手」(つくいで)が最寄になります)
有田焼の器を利用したカップ酒や全米の日本酒歓評会でグランプリになったという吟醸酒などが紹介されていました。

最後に伊万里駅で乗り換えて伊万里駅から平戸口方面に向かい楠久駅の近く(ここも少し歩かなくてはいけません)にある「松浦一酒造」が紹介されています。(国道204号線上にあり「楠久」バス停近いです)
ここは地元では河童のミイラがある酒蔵として有名ですがここでは米を蒸す際に工夫を重ねているそうで昨年「2013年秋季全国酒類コンクール」の大吟醸部門で第一位をとった「大吟醸松浦一」などが取り上げられていました。

全国的には佐賀県のお酒はあまり知られていないでしょうが九州有数のお米の産地ですし天山などの山々もあり水も美味しく日本酒や焼酎など酒造りには適しているのかも知れません。
こういう雑誌で取り上げてもらえると認知度も上がるでしょうしとてもよいことだと思います。
(また記事では美食として駅弁をはじめ食物の話題ももちろん取り上げられています。)

松浦鉄道沿線や佐世保近辺には他にもいくつか酒造場があります。
また西鉄沿線にも酒蔵がありイベント列車などの運行もあります。

機会があれば取り上げたいと思っています。



愛情物語 (1955年・アメリカ)
愛情物語

明日14日、BSジャパンで『愛情物語』が放送されます。
実在したピアニスト、エディ・デューチンの生涯を描いた映画です。(原題はエディ・デューチン物語)


この映画のなかでショパンの有名なノクターン(夜想曲第2番)が主題曲に使われています。
(アレンジされて「トゥ・ラブ・アゲイン」という曲になっています)
この名曲は今はフィギアスケートの浅田真央選手がショートプログラムで使用する曲として有名なのではないでしょうか
この映画が放送されるのも冬のソチオリンピックのことを意識してのことなのかも知れません。
そしてこの曲は個人的なことですが仕事で一番、電話をかける相手先の保留音として使われていて毎日、必ず何度か耳ににしています。
美しくとても心に残る大好きな曲です


邦題のタイト通り映画のなかでは恋愛・夫婦愛、親子愛など様々な愛情が描かれていきます。
出逢い、別れ…が繰り返され喜び、悲しみが描かれていきます。
そしてショパンのノクターンをはじめ音楽が効果的に使われていて印象的です。

主人公を演じるのはタイロン・パワー。
私にはビリー・ワイルダー監督の『情婦』の印象が強い人ですがこの映画はとてもいいと思います。先日観ることが出来た『世紀の楽団』も良かったです。

主人公を支える女性を演じたのはキム・ノヴァク。
彼女は『めまい』の印象が強いですがこの映画では女性のやさしさが出ていて素晴らしかったと思います。『ピクニック』『黄金の腕』『媚薬』なども忘れられないです

監督はジョージ・シドニー。『アニーよ銃をとれ』『キス・ミー・ケイト』『錨を上げて』『ショウボート』などミュージカル映画、ジーン・ケリー主演の『三銃士』、プレスリーの『ラスベガス万才』など大好きな映画をたくさん撮っている大好きな監督です。
私が最初に観た彼の映画は『心を繋ぐ6ペンス』。
H・G・ウェルズ原作のミュージカル映画ですがかなり昔にテレビで観ています。
その後、観る機会はないです。DVDとか出ていないかもしれません。
有名なスターが出ていないこともあり、あまり知られてなくて忘れ去られているような気がします。
面白い映画だったと記憶しています。なかなか観る機会が残念です。


音楽映画として、伝記映画として、恋愛など様々な愛の姿を描いた映画として心に残る映画です
ミュージカルが得意な監督ということもあるでしょうが音楽の持つ力・魅力を感じさせられる映画です
ときどき、観直したい、観終わった後で余韻に浸っていたい、そんな気持ちになる大好きな名作です




追悼 シャーリー・テンプル
追悼 シャーリー・テンプル

1930年代に子役としてハリウッドで活躍したシャーリー・テンプルが2月10日に亡くなりました。85歳でした。

昨年、やはり子役スターとして有名だったディアナ・ダービンが亡くなりましたがその際に同じく子役スターだったシャーリー・テンプルがまだ存命なことを知り驚いたものでした。。
そしてもう一人の子役スターのジュディ・ガーランドも1930年代に子役として活躍した女優さんでした。

1921年生まれのディアナ・ダービンの代表作『オーケストラの少女』が1937年の映画。、
1922年生まれのジュディ・ガーランドの『オズの魔法使』が1939年の映画。
そして1928年生まれのシャーリー・テンプルの『テンプルちゃんの小公女』が1939年の作品になります。

3本の作品とも観ていて好きな映画になりますが私のなかではシャーリー・テンプルがどことなく一番年配のようなイメージがありました。
リアルタイムで観ていないこともあるでしょうし、シャーリー・テンプルが映画の中では一番幼かったこともあると思います。
ほぼ同年代の映画なのに『小公女』は『オーケストラの少女』『オズの魔法使』より少し前の映画という感覚があした。不思議なものです。

成人してからも様々なミュージカル映画で活躍し、47歳と若くして亡くなり伝説の映画スターの一人になったジュディ・ガーランド。
引退後はプライバシーを重視して公の場にほとんど出ることを拒否して生きたディアナ・ダービン。
そしてシャーリー・テンプルは映画出演から引退した後もテレビホストとしてテレビ出演をしたり、選挙に出たり、外交官として国連に奉職したりガーナや旧チェコスロバキア大使になるなど表舞台で活躍したそうです。
彼女の映画を観たことがなくてもシャーリー・テンプルの名前は聞いたことがある人は多いのではないかと思います
今でも伝説的な子役スターとしてまた著名な外交官としても尊敬されているそうです。

三人三様の生き方だったのかもしれません。


私が観たことがあるシャーリー・テンプルの映画は『テンプルちゃんの小公女』と『アパッチ砦』の2本になります。
『テンプルちゃんの小公女』。
バーネット原作の有名な小公女セーラの話でアニメの世界名作劇場でも放送されていましたね。(私は欠かさず観ていました)
映画は話が原作と少し違ったような記憶がありますが良かったですしテンプルちゃんは演技やダンスなど素晴らしくて光り輝いている感じで人気があったのはわかる気がしました。

監督はウォルター・ラング。これは知らなくてちょっと驚きました。
フィルモグラフィーをみてみるとサイレント映画から出発していた人だったんですね。
『王様と私』『カンカン』『ショウほど素敵な商売はない』などミュージカルが得意な監督というイメージがあります。
デボラ・カー、シャーリー・マクレーンと好きな女優さんが出ていることも大傑作!とまでは言えないかもしれませんが『王様と私』『カンカン』とも大好きな映画です。
そしてマリリン・モンローも出演している『ショウほど素敵な商売はない』は素敵な映画です!


ジョン・フォードの『アパッチ砦』。
有名な騎兵隊3部作の一作目なります。
ジョン・ウェインとヘンリー・フォンダというフォードの数々の映画を支えてきた二人のスターが共演している忘れられない映画です。
そしてワード・ボンド・ヴィクター・マクラグレンなどフォードの映画でおなじみの俳優さんも出ていました。
シャーリー・テンプルはヘンリー・フォンダの娘で若き士官と恋におちる役柄でした。
彼女はこのとき20歳だったたんですね。(これも今回、知りびっくりしました)
かなり昔にみていて正直、彼女はあまり覚えていないです。
覚えていないということはあまり印象的でなかったということで今思うと『小公女』の頃の輝きはなかったのかもしれません。
ジョン・フォードの映画のなかではあまり目立たない映画だと思いますがもう一度観てみたいですね。


観てみない映画で『ハイディ』、『君去りし後』は特に観てみたい映画になります。
『ハイディ』は子役時代の映画で有名なヨハンナ・スピリの『アルプスの少女』の映画化。
『君去り後』は若草物語の現代版ということでつくられたそうで出演者も豪華で前から観てみたい映画でした。
(シャーリー・テンプルが出演していたことは知りませんでした)



3人の子役スターのなかでは彼女は映画のなかで輝いた時間は一番短かったですがそのことが逆にプラスに作用して伝説の子役スターとなったと思います
そして引退後の積極的な生き方が、プラスに彼女の運命を切り開いていったように思います。
おそらく3人のなかでは実生活では一番幸福だったのではないかと思います

これからも永遠に語り継がれていく人だと思います。
ご冥福をお祈りします。


路線バス、国が支援へ…
路線バス、国が支援へ…

1月28日の長崎新聞の一面に国土交通省が「地域公共交通活性化再生法」の改正案を現在行われている通常国会に提出する方針を固めたことが掲載されていました。

今回の改正法では路線バスだけではなく、自治体が税金で運営しているコミュニティバスや鉄道も含めた地方の公共交通全般について行われるようです。
具体的な事として
1、赤字路線の維持を条件に採算性の高い路線を運行する業者と一本化して路線を再編する
2、コミュニティーバスは民間と競合しない路線に特化し各交通機関の役割分担を整理する
3、屋根付きの待合室を備えた乗継施設の整備費補助
も挙げられています。

地方の公共交通は疲弊しています。
紙面によりますと国土交通省の集計で2006年~2011年の間でバス路線は総延長線はそれまでの2.7%にあたる1万1160キロが廃止、東京・大阪・名古屋の大都市圏を除くバス輸送人員は2008年度と2012年度を比較すると7%減少となっています。
これに福岡や札幌、仙台、神戸などを加えるとさらに減少幅は大きくなると思います。

地方の過疎化、マイカーの普及など様々な要因が挙げられるのでしょうが路線数の減少などの大きな要因は廃止する際にこれまでの許可制から届出制に規制緩和されたことが大きいと思います。
届出制になり事業者が廃止予定の6ヶ月前に自治体に届ければ地域協議会の審議などを経ると、廃止が事実上、可能になりました。
新規参入などを促し利用者の利便性を図るための政策だったのでしょうが新規参入は人口が集中する都市部と観光バスや高速ツアーバス(現在は高速路線バスに一本化されています)などの一部でしか恩恵はなく多くの地方都市ではかえって路線数の減少などの動きを加速するきっかけとなり多くの利用者には不便を強いるような皮肉な結果になっています。

これまでもこの近辺でも佐世保での大野地区の「まめバス」など自治体(佐世保市)、事業者(西肥バス)、住民(大野地区交通対策協議会)の三者により話し合いバスの新規路線ができたり、東長崎地区での長崎バスの新規参入→県営バスの撤退→(協議会)→長崎バスによる県営バス路線の大部分の路線の引継ぎ、島鉄高速船の廃止表明→減便など様々な動きがありました。
これからも残念ながら路線バス、鉄道、船など撤退表明が相次ぐものと思われます
例であげた三つのケース全てが対象になるかはわかりませんが地方自治体の負担もますます増える中、国も積極的に関与、財政的支援が出るようになるのは大きいと思います。


また注目したいのは1の「赤字路線の維持を条件に採算性の高い路線を運行する業者と一本化して路線を再編」です。
具体的な事ははっきりわかりませんがバスや鉄道などが廃止になる場合は末端路線が廃止になることが多いです。
廃止になった路線を別に引き継ぐとしても利用者はこれまで直接、行くことができた目的地まで乗換えを強要され、なおかつ経済的負担も増えるようになる…とますます不便で利用しにくくなるのを防ぐ目的のためかなあと思ったりします。

「利用しやすい路線」を目指すことが一番なので赤字に苦しむことの多い事業者も大変とは思いますが公共交通を担っているという自覚を持って路線の維持、利用者を増やす工夫・手段を考え運行して欲しいです。
対象外にはなるでしょうがJRも新幹線建設などで第三セクター化され苦戦を強いられているJRから切り離してしまった第三セクターの会社などをいろいろな面で支援するのことも考えていいのではないかと思います


そのほか、乗継施設への補助も注目して良いと思います。同じ名前のバス停でも会社が違うと別の場所にあり戸惑うケースなども多いように運行会社同士はあまり緊密に連絡が取れていないと思われることが多いです。
バス同士だけでなく鉄道、船などとの乗り継ぎ設備にも助成がでるのはとてもいいと思います。
待合所などの充実は利用者にも、また事業者にとっても利用者増にも繋がるのではないかと思います

交通経済学が専門の先生が「今、運転できる人も年を取れば公共交通機関が必要になる。自分のことと思い考えて」と述べられています。私自身も含めて車を運転する者は普段、交通機関のことや交通弱者のことを考えることは少ないです。
地域のこと、自分達にもいずれ関係することと関心を持っていきたいです。

関係する全ての立場の人・会社・自治体などが一体となって取り組んでいかないといけないと問題です。
いろいろ重要な法案も多いでしょうがこの法案に関しては与野党とも反対する理由はないと思われます。
是非、法案が成立して地方の交通問題の解決の一助になれば良いと思います。

佐世保の鉄道遺産
『佐世保の鉄道遺産』~広報させぼ2月号~

広報させぼ2月号では7ページにわたり『佐世保の鉄道遺産』の特集が組まれていました。
コンパクトにまとまてありわかりやすく内容的も充実していると思います。
大きく4つに分かれています


最初は佐世保に初めて鉄道が引かれるまで日本・九州の鉄道につい簡潔に紹介してあります
新橋ー横浜間に日本最初の鉄道が開通したのが明治5年(1872年)。
そして福岡・熊本・佐賀の代表者が発起人となり『九州鉄道』が設立され「博多』から「千歳川仮停留所」までが開通、その後、ドイツ人技師の指導をうけ鹿児島本線の延伸工事が進められたそうです

日清戦争を契機に軍港であった『佐世保』まで鉄道を延ばす必要性を政府が感じ武雄ー早岐間で工事が開始され明治30年に完成、早岐駅まで線路が延びました。 そして明治31年に早岐ー佐世保間が完成したそうです。
鉄道の開通により3日ほどで東京まで行けるようになったそうです



次に『早岐駅』が紹介されています
早岐は江戸時代より陸上、海上とも交通の要衝であり商業地として栄えていましたが、鉄道がひかれると分岐点ということもあり機関区が置かれ鉄道の街として発展してきたそうです。
現在の『早岐』駅は明治30年に建てられたものが数度の改装は行われているようですが特に内部は当時のまま残っているそうです
明治に建てられた駅舎は長崎県ではこの早岐駅だけだそうです。
私はつい最近まで早岐駅自体がそんな歴史的に価値がある駅とは知りませんでした。
駅舎としてはあまり目立たない駅ですがよく見てみると趣がありどこか懐かしさを感じさせる駅です。
現在この早岐駅では整備事業が進められています。
そのことはかつてブログに記載していますが長崎駅構内の車両基地を早岐駅構内へ移転するための工事が進められています。またそれと並行して早岐駅周辺の整備が進められています。。
将来的には東西に連絡通路を作り駅自体を橋上化して新たに東口を設けそちらにも駅前広場などの整備が予定されているようです。
以前は市の教育委員会で現在の『早岐駅舎』を文化遺産として残したいという要望をJRに出していたようですがこの『広報させぼ』2月号に「解体されることが決まっています」との記述があるので解体されるのが決まったようですね。
本当に残念ですが映像とか何か形としてこういう駅舎があったことだけでも残してもらいたいです。

なお駅構内にある煉瓦造りの『給水塔』も説明されています。
この設備は蒸気機関車に給水するためのものでかつては給水塔の上部に高架水槽があったそうですがそれは10年前に撤去され現在は煉瓦の基礎と給水管の一部が残されているようです。
給水塔の脇には『早岐機関区発祥之地』との記念碑があるようです(写真で紹介されています)
広報させぼ2月号の表紙はこの旧給水塔の内部を写した写真になります
こちらは是非、残してもらいたいですね。



3番目は松浦線の変遷、松浦線が一本の鉄道として繋がるまでについて書かれています。
松浦線の歴史は炭鉱・石炭の採掘と密接な関わりがあります。北松地区に初めて鉄道がひかれたが明治31年。
関西採炭株式会社が『松浦炭鉱鉄道』として世知原ー小浦間を石炭積み出し専用線として開通したのが始まりだそうです。
軍港である佐世保と産炭地だった北松地区を結ぶ鉄道は大正7年に『佐世保軽便鉄道』が設立され相浦ー柚木間が開通したのが始まりです
その後、松浦線として今の形で佐世保ー平戸口ー伊万里間がつながったのは昭和20年になります。
松浦線は線路幅が狭い軽便鉄道から出発しており線路幅の改軌工事や路線の変更なども度々行われたりと複雑な経緯を辿っておりわかりにくい線ですが簡潔にまとめて紹介されています。
(世知原ー小浦間はかつて『岡本彦馬鉄道』という人の名前がついた鉄道も存在していました)

4番目は松浦線のその後について書かれています。
石炭から石油へのエネルギー革命により炭鉱の閉鎖が相次いだこと、過疎化などで松浦線の枝線の3線(柚木・世知原・臼ノ浦)の廃止や松浦線の第三セクター化までが記載したあり交通公園にD51型が保存されていることも書いてあります


鉄道の歴史はその鉄道がある街、地区の歴史にもなります。
軍港、石炭により開発が推進されてきた佐世保近辺の鉄道は日本の近代史の急速な歩みとも重なっていると思います。
そのような歩みのいったんを知ることができる『写真展~佐世保の鉄道遺産~』という催し物が『島瀬美術センター』にて2月19日より3月5日まで開かれるようです。


また今回の『広報させぼ』には記載がありませんでしたが佐世保には他にも佐世保駅から赤碕岸壁まで延びていた『ジョスコー線』や現在の真申駅より延びていた『九州電力旧相浦発電所』の専用線、日宇駅から沖新・白岳地区へ延びていた軍需工場への線路、松浦線の支線の一部になるのかもしれませんが相浦港貨物線…など忘れ去られようとしているあまり資料がないような線路・鉄道遺産もあるようです。
また何かの折にはそのような鉄道線も紹介してもらえたら…と思います

*下書きのままブログにあげていました。書き上げて改めて記載しています
ニキータ・ミハルコフ
ニキータ・ミハルコフ


ソチ・オリンピックの開会式でオリンピック旗を持つ一人として映画監督のニキータ・ミハルコフが登場しましたね。
アナウンスされるまではわかりませんでしたが久しぶりに名前を聞き何か懐かしかったです!

ニキータ・ミハルコフは俳優としても有名ですが監督作品がヴェネツィアやカンヌなどで賞も受賞しています。
またお祖父さんが有名な美術史家、父親はロシア国歌の作詞者、母親が詩人と有名な芸術一家だそうで彼自身、今やロシアを代表する国民的映画監督になるのかもしれません。

私がニキータ・ミハルコフの映画を初めて観たのは30年くらい前になるかと思いますがNHKのテレビでした。
『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』という長い題名の映画でした。
その後、理由はよくわかりませんがNHKでミハルコフ監督の映画を数年かけて数本放送しましたね
『絆』『オブローモフの生涯より』はNHKでみました。
『愛の奴隷』も観ていますがNHKだったか…覚えてないです

当時はまだソビエトだったと思いますが、日頃なかなか観ることのない国の映画を観ることが新鮮でした。
そして観ることができたミハルコフの映画はイデオロギーとかソ連の映画とか関係なく全てが面白い映画でしたね。
その後、マルチェロ・マストロヤンニがカンヌで主演男優賞を受賞した『黒い瞳』は映画館で観ました。
その後の作品は観ることができていませんでした。

ヴェネティアでグランプリを受賞した『ウルガ』やシドニールメット監督で有名な『十二人の怒れる男』のロシア版とか『シベリアの理髪師』などその後の作品はいろいろと観てみたいです。
特に『十二人の怒れる男』は気になりますね。


やはり私にとっては彼の出世作である『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲》が最初に観たことが大きいかもしれませんが一番好きです。

この映画はチェーホフの『プラトーノフ』という戯曲を中心にその他のいくつかの短編をモチーフに映像化しているそうです。
話は忘れていますが将軍の未亡人邸で結婚披露パーティが開かれそこに集まった人々の間で繰り広げられる悲喜劇がスケッチ風に描かれていきます。
題名にも使われている自動ピアノの演奏も印象的ですし、《ロシア貴族たちのある夏の一日》が決して批判的でなくユーモラスに描かれていきます。
ミハルコフが俳優出身ということもあるでしょうがそれぞれの登場人物が丁寧に描かれていて彼らが抱える悩み・軽薄さそして根底にある没落しつつある貴族・地主階級が抱える問題の深刻さなどがノスタルジックに描かれます。
ときどき見直したいそんな映画ですね。私は大好きでした。

この作品が日本に紹介された初めてのミハルコフの映画になります。
私がみた初めてのソビエト映画にもなります。
その後、彼はロシアを拠点に映画を撮り続けています。
前述したようにいろいろな話題作・大作を撮り、数々の映画祭などで賞を受賞など活躍を続けています。
注目していた好きな監督が活躍することは嬉しいことです!
今回でオリッピックに彼の姿をみることが出来たのは良かったです。


ミハルコフの兄がアンドレイ・コンチャロフスキーでやはり映画監督になります。
コンチャロフスキーといえば学生時代に映画館でみた黒澤明原案の『暴走機関車』やスターロン主演の『デッドフォール』などアクション映画の監督として思い出されます。
『暴走機関車』は悪くないですし『デッドフォール』は数多いスターロンの映画の中ではあまり目立たず忘れ去られているかもしれない映画ですがカート・ラッセルやジャック・パランスと私が大好きな共演者が出ていて楽しめた映画です。
他に『マリアの恋人』も観ています。
ただウイッキペディアとかみているとソビエト時代は『貴族の巣』『ワーニャ伯父さん』など文芸作品などを撮っていたようでそのギャップにはちょっと驚きます。

彼は弟と違い祖国を離れアメリカを拠点に活躍しています・
この二人が兄弟というのも意外ですし、面白いと思います。
どことなくトニー・スコットとリドリー・スコットのことを思い出したりしました。
なお2003年に『冬のライオン』のリメイク作品をテレビで。
2010年にはチャイコフスキーの『くるみ割り人形』というロシア映画ではありませんが文芸作品?を撮っているようです。
またその前には『終着駅 トルストイの旅』という映画の総指揮を担当しています
両方ともロシアに深い関係がある題材ですしやはりコンチョロフスキーにもロシアの血が流れていますね


これからどういう道を二人の兄弟が辿るのか注目していきたいです



観光列車 『旅人ーたびとー』
観光列車 『旅人ーたびとー』(西日本鉄道)

天神経済新聞によりますと西鉄で西鉄・天神駅より大宰府駅行きの観光列車・急行『旅人ーたびとー』の運行を3月22日より開始するそうです。
列車名は大宰府天満宮宮司の西高辻さんが命名されたそうで天神を出発して薬院、大橋、春日原、下大利、西鉄二日市、五条、そして終点の大宰府と二日市での乗り換え無しの直行運行になるようです。

3500万円をかけて車両には大宰府天満宮や大宰府にある《九州国立博物館》、大宰府とも関連の深い近くの《宝満山》、西鉄も出資している《だざいふ遊園地》などが描いてある列車を導入、車内には大宰府の観光パンフレットや物産品の展示、記念スタンプ台の設置などが行われるようです。

平日は3本、土日祝日は5本、大宰府に直行する急行として運行され、天神を9時46分に出発する1便を『旅人ーたびとー』として運行する予定だそうです。
今後は、記念乗車券やオリジナルグッズ製作も予定しているそうです。

これは本当に嬉しいです。
以前から大好きな西鉄や松浦鉄道など第三セクターなどでも観光列車などが走らないかな…と思っていたので単純に嬉しいです。
もちろんJR九州の豪華列車などとは比較できないでしょうが西鉄には大宰府、柳川など観光地なども沿線にあるのでこれからもいろいろ楽しい列車や企画とか考えて欲しいです

そして名称が『旅人ーたびとー』というのが嬉しいです。
おそらくこの名前は《たびびと》と大宰府政庁に大宰師として大宰府に赴任した《大伴旅人》のことも考えて名づけてあるのでしょう。
大宰府というと太宰府天満宮、大宰府天満宮というと菅原道真というイメージがまず思い浮かびます。(あとは梅が枝餅!)

ただ大宰府は考えてみますと九州国立博物館が造られたことでわかるように古代より九州の要として政庁が置かれており中央政府より要人が赴任したり、道真のように左遷されたりと多くの人物が訪れており、九州の行政の中心地として機能してきました。
また南北朝時代には菊池氏・阿蘇氏など南朝軍を擁する懐良親王が大宰府を拠点に一時期、九州を席巻したり…と歴史の表舞台にもたびたび登場します
大宰府は歴史の街です。

私は大伴氏に関心がありこのブログに大伴氏のことを書くつもりで《伴保平》という人物だけ書いたことがあります。
(その後は時間がなかったり私の力量では難しかったりして断念しています。)
大伴家の中では大伴旅人は有名な人物ですが普段はあまりスポットが当たらないと思います。
そんな彼にちなんだ名前が列車に名付けられたのはとても嬉しいです。

大伴旅人は万葉集の編纂に関与した言われている大伴家持の父として、また旅人自身も万葉集の歌人の一人として有名だと思います。
大宰府赴任中には筑前守として大宰府に赴任していた有名な山上憶良たちと筑紫歌壇を形成したりしていたようです。

旅人は赴任中に妻を亡くしておりその悲しみを詠んだ歌や好きだったお酒のことを歌ったりと人間的な一面を窺い知ることができるそうです。
ただ政治的には藤原氏と距離をとっており高齢での赴任は左遷ではないかもしれませんが中央政府から遠ざけられた一面もあるのかもしれません


息子である大伴家持もまた父に従い幼少期を大宰府で過ごしています。
そして成人してからは彼も政争に巻き込まれ一時期、中央政界より遠ざけられ薩摩守を経て太宰小弐になって30年振りくらいに大宰府で過ごしています。
ただ彼は父と違い、赴任した頃は既に歌わぬ人になっていました。


家持は青年期の頃、5年余り越中守を任じられ富山で過ごして223首の歌を詠んでいます。
高岡では現在、第三セクターの鉄道会社『万葉線株式会社』(旧加越能鉄道)の路面電車が運行されています。
私は高岡は行ったことはありませんが鉄道に万葉線という名前が付いており、家持の足跡が街のなかに数多く残っているのかもしれません。
また歴史遺産を今回の西鉄同様、観光資源として生かしているのかもしれません。
高岡は一度訪れたい街になります。
西鉄と万葉線株式会社で何か交流などできないもかなあ…と勝手に思ったりします。


また大宰府の西、佐賀県の唐津に行きますと唐津湾、唐津市街地、虹の松原などを一望できる『鏡山》という観光地があります。
この鏡山は別名『領巾振山(ひれふりやま)』と呼ばれその名前の由来となった松浦作用姫の伝説があります。
(内田康夫の浅見光彦シリーズの『作用姫伝説殺人事件』のモチーフとなっています)

鏡山の山頂から最愛の人であった任那・百済を救援するため朝鮮に派遣された《大伴狭手彦》の船を〔そでにつけていた領巾を振りながら〕見送ったことからこの別名で呼ばれているそうです。
狭手彦は作用姫同様伝説に彩られた人ですが実在の人物で旅人、家持親子より200年ほど前の大伴氏の一族になります。
大伴氏は古代からの氏族であり他にも全国に伝説、実際の足跡が数多く残っているのかもしれません


大宰府というとまた梅も思い浮かびます。列車の運行が始まる3月22日は梅の見ごろは終わっているかもしれませんが観光列車として『たびと号』が話題を呼び、春を運んでくれればいいなあと思います

島鉄高速船存続へ
島鉄高速船存続へ  (島原鉄道)

以前、このブログに島原鉄道が大牟田(三池港)-島原(外港)間で運航している高速船が廃止になる可能性が高いことを書きましたが今日(2月4日)の読売新聞の地方版に春以降も存続になることが載っていました。

記事によりますと島原鉄道は廃止の方針を打ち出していた高速船航路について便数の減便と運賃値上げを行うことにより事業を存続すると発表したとのことです。
早速、島原鉄道のホームページをみてみますと〔島原~大牟田航路「島鉄高速船」の運賃改定と減便について〕という見出しで厳しい状況だが減便と運賃改定により収支改善を図り4月1日以降も事業を存続することを発表しています


現行の
島原港を7時15分、10時5分、12時35分、15時5分、17時35分の5便より
       7時40分、10時5分、14時5分、17時5分の4便に減便

   福岡天神を高速船に連絡する西鉄特急で7時30分、10時、12時30分、15時、17時30分の5便より
       7時30分、10時、14時、17時の4便に減便

運賃 1870円→2300円(大人・片道) 940円→1150円(小人・片道)
   3560円→4370円(大人・往復) 1790円→2190円(小人・往復)

に改定していくようです。

存続が決まり本当によかったです。
ただ仕方がないことですが値上げ、減便が行われるので収支は改善するかもしれませんが利用者は減る可能性が高いと思います。
またこのまま存続しても何もしなくては秋の国体などで一時的に利用者が増えることはあるかもしれませんが先細りになっていきまた廃止が検討される…ということが起きる可能性も高いと思います
これから乗客を増やすように沿線の自治体が島鉄や西鉄などと連携して積極的に考えていかなくてはいけないと思います

思いつきで書きますが
・島原外港ターミナルは駐車場は有料みたいですが船の乗車券を購入した人は無料にする。
・島原港でのバスの乗り継ぎがもし、よくないようであれば雲仙、島原市中心部、道の駅深江・口之津方面との接続の改善を図る
・現在、西鉄では島原への《島鉄連絡乗車券》、《島原散策グルメきっぷ》と《島原半島フリーきっぷ》などお得な切符が発売されていますがあまり知られていないのではないでしょうか?もっと積極的にPRして福岡から島原方面へ、島原から福岡へ、観光・買い物・ビジネスで利用しやすいことをアピールしたり更に魅力的な切符の発売を考えたりしたらどうかと思います。
島原から福岡へは《福岡宿泊パック》のお得な切符が発売されているようですが他には発売がないようです。天神の商業施設と提携して割引や特典などがある切符やカードなどの発売もよいのではないかと思います
・島原から高速船やバスを使うグリーンランドへの割引切符とかもあってもよいのではと思います。
・また島原半島だけでなく長崎やハウステンボス方面から雲仙・島原を経由してこの高速船で大牟田から熊本・福岡へ行くことができるルートとして企画商品などを発売したり、旅行会社に働きかけたりする
・島原ー天神・福岡間を結ぶルートの一つに西鉄・島鉄の共同運行している高速バスがあります。どちらも予約すれば利用できるような切符を発売する
(他にもいろいろ可能性はあるのではないかと思います。また既に実施されていることや的外れのことを書いているかもしれません)


読売の記事によりますと今秋、長崎国体が開催されることや地元の自治体、利用者より継続を望む声が挙がったようで島鉄も継続の道を探っているようです。
路線バスなどもそうですが地元の自治体、利用者、運営会社などが中心となって《利用してもらえるにはどか》等の話し合いを続けてもらいたいと思います。県や国も財政面その他でバックアップして欲しいです。

福岡ー島原を最短で結ぶ路線として、また有明海沿岸の自治体を結ぶ路線として、大切な路線です。
これからも『残す』という強い決意で頑張ってもらいたいです。

追悼 ミクシミリアン・シェル
追悼 ミクシミリアン・シェル

オーストリア出身の俳優、マクシミリアン・シェルが2月1日に亡くなりました。83歳でした。

マクシミリアン・シェルはドイツ側の弁護士を演じてアカデミー主演男優賞を受賞したナチス・ドイツの戦争裁判を描いた彼の代表作の一つの『ニュールンベルグ裁判』を私は観ていないこともあり、また主演作より助演や脇役などで活躍した印象が強く代表作というのがすぐには思い浮かばなかったです。

2005年に亡くなっていますが実のお姉さんになる女優のマリア・シェルは好きな女優さんでした。
「居酒屋」「シマロン」「白夜」「縛り首の木」とかお姉さんのマリアは大好きな映画がすぐ思い浮かびますが弟のマクシミリアンは私が観た限られた映画のなかではナチスドイツの将校など悪役が多くていいイメージがあまりなかったです。

ただ今回、亡くなってフィルモグラフィーとかみてみると見ていない作品が多いですがいろいろな国の映画・テレビに出演されているし、時には脚本や監督、製作も手がけています。
お父さんは劇作家、詩人でお母さんは女優、兄弟も俳優という環境で育ち、本人は舞台にも立ち、ピアノも演奏し…と多才な人だったようです。
今回、亡くなったことは日本ではひっそりと伝えられましたがドイツをはじめヨーロッパでは大きく伝えられているかもしれません。
渋くて知的な感じがする俳優さんですし、うまい俳優さんですし女性にはかなりもてたでしょうね。
女性ファンは多かったのでは…と思います。

私がはじめて観たのは「遠すぎた橋」。リチャード・アッテンボロー監督のオールスターキャストの戦争大作でした。
こういう戦争大作を映画館で観たのは初めてだったし興奮した記憶があります。
テーマ曲も好きでした。
『戦場のはらわた』もありました。サム・ペキンバー監督です。私は戦争映画はそれほで好きではないのですがこれは印象に残っています。
そしてディズニーのSF大作だった『ブラックホール』では主人公の博士役でした。
期待して観たけどあまり面白くなかった記憶があります。一度しか観ていないので…判断が間違っているかも知れません。話は覚えてないです。もう一度観てみたい映画になります。
お姉さんと共演したフレデリック・フォーサイス原作の『オデッサ・ファイル』もありました。
最後に観ているのは『ディープ・インパクト』になります。
両方とも好きな映画です。
映画として一番、いいと思うのは『ジュリア』。
これはいろいろな視点から観ることができる深くて面白い映画です。
彼は主役ではありませんが印象的な役柄を演じています。

観ていない映画・ドラマではイタリアの『ひまわり』『終着駅』などの名監督ヴィットリオ・デ・シーカが監督した『アルトナ』(原作はサルトルの戯曲「アルトナの幽閉者」)や大好きなジャクリーン・ビセット主演の『ジャクリーン・ビセット/抱いて…』(今日まで存在を知りませんでした)やテレビ映画ですがゼーゼマンを演じたという『アルプスの少女』。ラルフ・ネルソン監督の『誇り高き戦場』や初期の頃の『若き獅子たち』…観てみたいです

彼はドキュメンタリーとして1986年にマレーネ・デートリッヒの実像に迫った『マレーネ』を、2002年にはお姉さんのマリア・シェルの生前の姿を描いた『マイ シスター マリア』という作品を手がけています。
両方とも未見で詳しい内容はわかりませんが偉大なドイツ出身の俳優デートリッヒとお姉さんの記録映画を残したのは映画人として、家族として素晴らしいことだと思います。
マクシミリアン・シェルの記録映画も出来ると良いのですが…

ご冥福をお祈りします


『にっぽん丸』厳原港(対馬)に寄港
   『にっぽん丸』厳原港(対馬)に寄港

2月1日の読売新聞の地域版に「商船三井商船」が運航している大型客船『にっぽん丸』が1月30日に観光客370人を乗せて今年初めて対馬・厳原港に寄港した記事が掲載されていました。

現在の『にっぽん丸』は3代目になり1990年に竣工した総トン数22472トン、客室202室、収容人数最大524人、最高速力21ノット…と日本を代表する客船の一つです。
竣工後、何度か改装が行われ現在に至っています。
乗る機会はまずないでしょうが一度は乗ってみたい客船ですね!

今回のこのクルーズは1月28日に横浜を出発してその後、神戸、対馬、韓国・麗水(ヨス)を巡り2月2日に横浜に戻ってくる5泊6日のツアーになるようです。
料金は10数万~数十万に設定されているようです。

30日当日は厳原に午前10時に着岸して出迎えた50人のこども園の子どもたちが船内に招かれ歌を披露したそうです。
その後、対馬観光物産部の本部長などのあいさつ、記念品などの贈呈など歓迎セレモニーが行われた後、船内で対馬の物産販売が行われたようです。
インターネットをみてますと地酒いろいろと販売され大盛況だったようです。
午後より、お客さんは貸切バスやタクシーで市内観光に出発されたようです。
その日は大変な強風で予定された行事のいくつかがキャンセルされ、出港も17時30分の予定が23時55分になったそうですが島を観光した乗客の方々は概ね満足されていたようです。


対馬は本土から遠く、なかなか日本の観光客は伸び悩んでいるようなのでこういう日本の大型旅客船が寄港地として選んでくれたのは本当に嬉しいです。

クルーズ船の平成26年度の入港予定を調べてみますと長崎港は現在のところ32のクルーズ船の入港が予定されているようですが長崎県の島々では厳原はこの『にっぽん丸』を含めて10月の『ぱしふぃっくびいなす』の2隻、五島福江も2隻、五島青方が1隻、壱岐は予定無しとなっているようです。

対馬や壱岐は長崎県に属していますが長崎県からは飛行機以外では直接、行くことができません。
船を利用しようとすると壱岐だと佐賀県か福岡県から、対馬だと福岡県から行くことになります。
長崎県本土からみると同じ県内なのに遠い島のイメージがどうしてもあると思います

長崎県から定期船を運航することなどはまず無理でしょうが国や長崎県が支援して長崎港から五島列島、壱岐、対馬、博多港などを巡るクルーズ船などを時々、運航したりしてはどうかなあなど勝手に思ったりします。
これから豪華客船の旅なども増えると思うのでクルーズ船の寄港地として離島を県・地元の自治体を中心に積極的にPRしてもらいたいです。
また修学旅行などでも壱岐や対馬は、普段はなかなか行く機会がないと思われるので行き先の一つに考えて欲しいです。
一度しか行ったことがない人間が書くのはおかしいかもしれませんが特に対馬は日本人として、長崎県民としてどういう島なのか、現状がどうなのかなど体験して知ることは大切だと思います

今回の『にっぽん号』のクルーズ旅行のメインは韓国なのでしょう。
ただ半日でもこうして対馬に寄港して楽しい、心に残る体験をしてもらえれば対馬のよさが口コミで伝わり、もう一度訪れたいというリピーターも出てくるとと思います。
地道な努力は必要ですがいつか日本人観光客がたくさん訪れる、壱岐も対馬もそんな島になれば…と思います