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ダイヤ改正~西肥バス~
4月1日に西肥バスでダイヤ改正が実施されます。
大きな変更はありませんが始発地・終着点の変更、増便減便、時刻変更などかなり広範囲で実施されます。
【バス停】
①〈新設〉 上長迫(小佐々町) 小佐々支所ー長迫間に
      ふれあいセンター入口(平戸市)  紐差ー中部中学校入口間に
②〈名称の変更〉 
「ふれあいセンター前」→「下馬込」(平戸市)へ
おそらく紐差ー中部学校前の間の山中ー中野方面への道の分岐点あたりに「ふれあいセンター入口」のバス停ができて混同しないように近くの中野線の「ふれあいセンター前」を下馬込に変更したのでは…と思います

「福島」→「福島支所前」(松浦市福島町)へ
福島港は以前、大野から福島港行きのバスが出ていて高校時代とか良く利用していたので何か少しさびしい気持ちになります
③廃止されるバス停 福島中学校前 福島港ー里分道間
【ダイヤについて】
全般的に眺めてみると佐世保市内・川棚・波佐見、嬉野などは運行時間の見直し、始発地、終着地の変更が主ですが北松地域では若干の減便もあるようです。 

私が注目点と思ったところを書きますと
①真申が始発地として復活。
佐々に北部営業所ができた関係と思いますが西肥バスは佐々まで全て乗り入れるようになっていたと思いますが今回1便だけのようですが真申始発の便ができているようです
 平日 真申8:39分発 重尾行き(日野・大宮経由) 以前は佐々BC8:36分発 重尾行き(ニュータウン・日野・大宮経由)
 土日祝 真申8:45分発 重尾行き(ニュータウン・日野・大宮経由) 以前は佐々BC8:36発 重尾行き(日野・大宮経由)
②佐々BC-芳の浦ーバイパス本山ー大野ー矢峰ー柚木便 新設
 平日 柚木14:45分発  佐々BC15:15着
 土日祝 柚木9:35分発  佐々BC10:05着 柚木14:45分発  佐々BC15:15着
 
 土日祝 佐々BC10:48分発 柚木11:18分発  平日はないようです 以前からの小浦経由は平日は運行のようです。
③平戸・平戸口ー肥首ー江迎ー大加勢のうち江迎ー大加勢間の運行が廃止
 以前は江迎ー大加勢間は現在の橋の元経由ではなく大屋・口の里経由でした。
 廃止にはならないで欲しい路線です
 この路線は北松農業高校や瀬戸山天主堂などを通るので路線の見直しをすれば少しかもしれませんが乗客が増えるように思うのですが…現実は厳しいかもしれません。

かなり時間の変更、始発地・終着地の変更はあるようですので詳しくは西肥バスのホームページをご覧下さい
間違って記載している面もあるかもしれません。
なお市営バスはダイヤ改正の動きなどはないようですが西肥バスのダイヤをみながら若干の改正はあるのでは…と思います。


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買えなかった3冊の映画の本
先日、福岡に行く機会があり本屋さんに立ち寄りました。あまり時間がなかったこともあり映画のコーナーしかのぞくことしかできませんでした。
現在、スタンバーグについて調べていることもあり戦前のアメリカ映画などについて書いてある本はないかなど思い探してみました。じっくり見る時間はなかったのですがフランスの著名な評論家ジョルジュ・サドールが書いた世界映画全史がほぼありその中の最後の12巻「無声映画の隆盛」(国書刊行会)にスタンバーグの記載がありました。生い立ちから「救ひを求むる人々」「暗黒街」「紐育の波止場」など割と詳細に触れられているようで購入したい!という欲求に駆られましたが9200円とあまりにも高額なので断念して図書館にリクエストしてみよう!と考えています。他の巻にも記載はあるようでした。読んでみても判ることはおそらく1000分の一くらいで知らないことが殆どでしょうがじっくり読むとスタンバーグ以外でもいろいろな発見があるかもしれません。

買いたい本がたくさんありましたが買えなかった本で今回、特に後ろ髪を引かれる思い?で買わなかった本が2冊ありました。
「不完全さの醍醐味・クロードシャブロルとの対話」(フランソワ・ゲリフ著)と「映画監督ジュリアン・デュヴィヴィエ」(小林隆之・山本眞吾著)になります。
奇しくも二人のフランスの映画監督に関する本になりました。二人とも故人になってしまいました.

デュヴィヴィエは言わずと知れた戦前からのフランス映画の巨匠で日本では特に人気があった人です
私も高校生のときテレビで「巴里の空の下~セーヌは流れる」をテレビで見てびっくりした思い出があります。
「にんじん」「望郷」「舞踏会の手帳」「旅路の果て」「アンリエットの巴里祭」「自殺への契約書」…など好きな作品、印象的な作品もあります。見てない映画が多くていっぱいあります。(「白き処女地」は映画はみていませんが原作を読んで感動した記憶もあります)
戦後もたくさん撮っていますがヌーヴェル・ヴァーグの台頭により『古い映画』のレッテルが貼られて評価が落ちてしまった感じがします。最近は殆ど忘れ去られているのではないでしょうか

私のなかでは手際が良くて映画作りが巧みで映画を面白くみせるコツを知っている人との印象があり忘れられない人であります。
ただ、どういう人物なのか、全体的な作品歴や評価はどうなのか、サイレント時代や渡米時の作品などあまり知られていないように思います。本国・フランスでの評価(活躍時,ヌーヴェル・ヴァーグ時,現在など)もよくわかりません。
評伝になっている様ですがデュヴィヴィエが現在は語られることが少なくなり、全体像がよくわかっていない事を考えるとこういう本が出版されるのは大変意義深いことと思います。そのうち購入できた…と思います。


シャブロルも実像はあまり知られていないように思います。ヌーベル・ヴァーグの旗手としてゴダール、トリュフォーとともに紹介された後はあまり作品が紹介されなかったようです。
私は最初にみたシャブロルの映画はテレビで「ジャン・ポール・ベルモンドの交換結婚」。
中学生のときでした。その後「殺意」「女鹿」とテレビやビデオでみることができました。
1988年に「主婦マリーがしたこと」が公開され少しずつ作品が紹介されてきたとは思います。

またヒッチコックの映画などで有名な映画作曲家の『バーナード・ハーマン』を取り上げた番組が以前、テレビで放送されていましたがその中でシャブロル本人がヒッチコックの映画のなかでのハーマンの音楽の役割や二人の関係などを語っていて彼のヒッチコックへの傾倒ぶり、ミステリーへの造詣の深さを垣間見ることができました。

ただ作品歴をみていると未公開の作品が多く、作品や人となりなどは殆どわからないのが実情のような気がします。
シャブロルの本は彼へのインタビューを主体に構成されているようです。
こういう書物がシャブロルの再評価、未公開作の公開に繋がっていけばいいなあと思います。
この本もできればそのうち購入することができればと思っています

シャブロルとデュヴィヴィエ 二人のフランスの監督、知られているようで知られていない二人。
多作でいろいろな作品を撮っていた二人
商業映画に転落したと批判もあったシャブロル、戦後は特に通俗的な商業映画を撮ったとの批判もあったデュヴィヴィエ…
意外と共通点もあるのかもしれません。

ここでも少しでも二人の監督を取り上げることができれば…と思っています。
また購入した2冊の本も紹介できたらと思っています。

ダイヤ改正~島原鉄道~
  3月16日、島原鉄道でバス、鉄道ともダイヤ改正が実施されていました。
今朝、月刊誌やネットのサイトの情報で初めて気付きました。記載していきます

鉄道の方ですが上りが合計44本→41本 下りが45本→42本へ減便となっています

内訳ですが  区間でみてみると
島原外港ー諫早全線通しの便はそのままの上り23本、下り22本で変更無しですが
南島原ー諫早間が上り7本→4本 下り8本→4本 と半分程度に減少
本諫早ー諫早間が上り14本→14本 下り14本→15本 こちらは逆に下りのみですが1便増加
下りのみの本諫早ー島原外港の1便はそのままとなっています。
そのなかの急行便は上り10本→5本 下り7本→5本とかなりの減少となっています。

特に午後の便が減っているようです。
5年前に島原外港以南の南目線が廃止になってしまいましたが残った諫早ー島原外港間は都市間輸送を意識して急行便(注1)を充実させ普通便も含めてかなりの便数を確保していただけにこの減便は許容範囲かもしれませんが残念です

諫早ー本諫早間は「諫早駅」が1面1線しかなく島鉄の列車の待避ができないこと、2面2線のほか2本の側線がある「本諫早駅」で車両をやり繰りしたり留置させるなどの意味合いが大きいのかもしれませんが本諫早駅が市の中心部にあることを考えると一区間ですが諫早ー本諫早間のみの利用者も多いのかもしれません


バスも今回はかなり変更があるようです。本数の増減や路線の廃止が多いようですが新規路線の開設も行われているようです
情報によると廃止路線はやはり島原中心部より南部地区が多く特にこれまで1日1本のみだった路線の多くが廃止になっているそうです。
新規路線だけ記載します
【保健センター前ー久木山  有家ー保健センター前ー久木山  島原駅-西有家ー久木山】
の3路線です。久木山は口之津と加津佐の間にある口加高校の近くのバス停になるそうです。 
全然わかりませんがスクールバス的な意味合いもあるのかもしれません

島原半島は水田や畑が多くて佐世保や長崎と違い平地が多いこともあり私のなかでは佐賀県に似ている印象があります。
高速道路はありませんが整備された農道などもあります。また大都市もなく混むことも少ないので車を運転しやすく移動する際は自家用車を利用する割合が長崎県の中では高いのではないかと思います。
バスや鉄道は維持させるのはかなり大変かと思いますが地域の足としてこれからも頑張っていただきたいです。

ダイヤなど詳細は島原鉄道のホームページを、今回のダイヤ改正については「しまてつ倶楽部」というサイトに詳細に記載してあります
かなり参考にさせていただきました。


前回「平成24年度長崎県のバスの動き」で書き漏らしてましたが島鉄ではありませんが県営バスが現在でも唯一、島原半島に足を伸ばしている長崎ー雲仙間の特急バスが4月1日より停車地に「尾崎」「唐比」が追加になっています。

(注1)急行は諫早、本諫早、愛野、吾妻、西郷、神代町、多比良町、大三東、島原、島鉄本社前、南島原、島原外港が基本です
小迎バイパス開業
西海市の小迎郷と大串郷を結ぶ小迎バイパス6.1kmが3月23日に開業しました。
この道路は長崎県が建設を進めている「西彼杵道路」(佐世保市ー時津町 約50km)の一部となります。
「西彼杵道路」は佐世保の西九州自動車道の大塔インターと接続しておりその大塔インター~指方バイパス~江上インター~パールライン(有料道路)~小迎インターは現在開通しておりその小迎インターと接続する道路となります。
途中、ハウステンボスや西海橋などの観光地、針尾の米軍住宅地の近くを通る重要な道路でもあります。

全長50kmのうちこれで約14kmが開通、全体の3割が開業したことになり3分の時間短縮になるようです。
全線開通は未定とのことですが開通すると佐世保ー長崎間は1時間で結ばれるようです。
今回の小迎バイパスを使う路線バスなどは現在のところないようですが将来的に全線が繋がれば佐世保ー長崎間を結ぶバスやハウステンボスー西海橋ー長崎、大瀬戸ー福岡、崎戸・大島ー福岡等その他いろいろな高速も利用した路線バスの可能性も広がっていきます。また長崎市内や時津付近の渋滞の解消にも役立つかもしれません。

私がなかなか時間がとれないこともあり西海橋より先は当分行けないような気がしますが無料みたいですし近くを訪れた際は是非一度利用したいと思っています。
かつては陸の孤島とも言われた西彼杵半島ですが今ではだいぶん便利になりました。公共交通も長崎バスの子会社のさいかい交通が頑張っています。
今までの国道206号線と共にこのバイパスが地域の大動脈として、生活路線、企業誘致などに役割を果たすことを期待したいです。
いつになるかわかりませんが全線の開業が待たれます。
平成24年度長崎県内のバスの動き
 3月16日にJR九州のダイヤ改正が実施されました。これを受けてこらから中小私鉄やバスなどもダイヤ改正など何か動きがでてくるかもしれません。年度末も近いですし平成24年、長崎県内で路線バスでどのような動きがあったのか。私が把握している範囲で昨年の1月から記載していきます。
県南地区は特に記載洩れがあると思います

1月10日 「佐々インター」バス停新設 西肥バス
 佐々バスセンターと口石分道の間の佐々インター付近に設置されました。
 始発地の変更もあり福岡・長崎・空港便の始発地となっています

4月6日  けやき台線運行開始 長崎バス
けやき台線 住吉ー(既存路線)-三川橋ー(新設)-けやき台を運行
【バス停】下けやき台、中けやき台、上けやき台、けやき台
  平日に運行 ミニバスを運行  所要時間およそ12分
伊王島線 土休日にダイヤを設定

4月16日  佐世保大野地区でミニバス(まめバス)運行
才牟田線(大野ー四条橋ーアソカ幼稚園上ー才牟田)2.7km 所要時間およそ11分
瀬戸越団地線(淀姫神社前ー南区中央ーポンプ場上)2.4km 所要時間およそ7分
岩下洞穴線( 淀姫神社前ー岩下洞穴前) 1,8km 所要時間およそ7分 
 平日に運行 1日3本

7月20日   佐世保ー三宮・大阪・堺間の高速夜行バス  西肥バス・南海電鉄バス
大阪駅前に停車するようになり便利になりました。それに合せて時間の改定も行われました。

10月1日  西肥バス ダイヤ改正
松浦バスセンター廃止  松浦駅前バス停新設
MRや松浦観光バスとの乗換えが便利に 乗車券等の販売はマツウラ観光物産協会で実施されているようです
[東彼地区]
  東峠線(川棚BC-山道橋ー石木入口-波佐見高校前ー八島ー岩崎ー村木ー東峠)のうち
  山道橋ー石木入口ー波佐見高校前ー八島間 と 岩崎ー村木ー東峠間が廃止 
  
11月1日  長崎市内ー長崎空港間路線新設
茂里町ー浦上駅前ー松山町ー大橋ー住吉ー赤迫ー道の尾ー横道ー打坂~長崎空港
  長崎バス運行 1日12本
長崎駅前ー宝町ー浦上駅前ー松山町ー大橋ー長崎大学前ー住吉ー昭和町ーバイパス多良見ー木場ーろう学校前ー桜馬場ー試験場ー長崎空港
  長崎県営バス 1日5本
このほか 従来からの
長崎駅前ー昭和町ー長崎空港間 1日20本(内1本は平日は立神始発や長崎バイパス各停便も有) 
  県営バスのみの運行
茂里町・駅前・新地ー大波止ー長崎空港 県営バスと長崎バス共同運行で1日44本程度 
も運行されています

12月1日 名切ー祇園循環線運行開始 佐世保市バス
佐世保駅前ー松浦町名切グランド前ー名切通谷ー祇園町ー京町ー佐世保駅前
  1日10本毎日運行
12月3日
佐世保大野地区のまめバスが大野モールへ乗り入れるようになりました。

本年度になってからも1月17日に「佐々観光情報センター協会」が開設され乗車券の販売窓口やパーク&ライド用のバ駐車場の新設がおこなわれました。
また3月いっぱいで平戸桟橋駅の閉鎖などのニュースも入ってきています

また各社のホームページをみてみると
県営バスで4月1日にダイヤ改正が実施されて
①高速シャトルバスの諫早ー長崎便の東厚生町発着便
停車地に「泉町」」「福田神社前」「金谷町」「北諫早中学校前」が加わり
「竹の下」「城見町」「天満町」にとまらなくなるようです
②高速シャトルバスの大村ー長崎便の便数が増えます
③北九州ー長崎間の高速バスの停車地に長崎市内の「浜口町」が加わります

他にもバス停の新設、名称変更 運行時刻の変更など変更があるようです

これからも何か大きな動きがあれば掲載できれば…と思っております

  
       


五島・前島
前回、「島へ行こう」で紹介した船の料金が下がる島の一つ五島の前島です。
五島市の奈留島の南海上約2kmにある小さな馬蹄型の小さな島だそうです
これは平成22年10月1日現在の資料ですが面積は0.475km2、世帯数は15、人口は35名です
前島は奈留島の港の前方にあり天然の防波堤の役割を果たしているいるようで前島の名前もそこから由来しているようです。
島民の殆どの方が漁業に従事しており一本釣りが主体になっているようです。

本島とも言える奈留島との間に五島市の市営交通船が運航されています
奈留島は人口2800人弱の五島列島のなかでも福江島、中通島など並ぶ大きな島で野母商船の船で博多まで,九州商船の船で長崎まで、また前述の二会社や五島旅客船で福江や若松、中通島など五島列島の島々と結ばれています。
島内を丸濱産業という奈留島に本社を置きバスやタクシーの事業者である会社が運行する奈留島バスも運行しているようです。(注1)

古い資料なので変わっているかもしれませんが本土や福江などが発着するフェリーターミナルと前島への便が発着している旧ターミナルがあった浦港は少し離れていて船から船の乗り換えは若干不便なようです。
以前は同じ乗り場だったようですがフェリー大型のフェリーが接岸できるように中心部から少し離れた場所に新しいターミナルができているようです。

前島への船は前方にカーペット敷きのスペースと後方に椅子席がある小さな船で1日3本運行されています。 
島には北側に笠松、西側に江の浦と二つの集落があり両地区を船は結んでいます
両地区は距離で1.4km、歩いて20分ほどかかるそうです

江の浦(前島港)   笠松    浦       浦      笠松    江の浦(前島港)
7:15          7:22    7:30      10:30     10:38     10:45
12:00        12:07    12:15      14:20     14:28     14:35
17:00        17:07    17:15      18:20     18:28     18:35

この公営船と別に海上タクシーがあり一船3000円15人乗りのようです。


島の歴史は江戸時代、隠れキリシタン(注2)の歴史と重なり、そこから始まるようです。
江戸時代 公的にはキリシタンはいなかったはずですがご存知のように隠れキリシタンとして長崎県や熊本県などには存在していました。領主も暗黙でキリシタンの存在は把握しておりキリシタンを手放したい大村藩と開墾の人手が欲しい福江藩との間で話がまとまり外海などのキリシタンの五島移住が進んだそうです。その一部の方が無人島だった前島にも移り開墾がはじまったようです。
住民の殆どの方がその隠れキリシタンの末裔になられるようです
昭和に入り島での厳しい生活環境もあり過疎化が進み隠れキリシタンの後継も難しくなり島民の総意で奈留島にある奈留神社の世話になることを決めたそうです
現在は本島にある奈留神社の隠れキリシタン系氏子となったそうです

また前島には悲話も伝わっています。
江の浦には江戸後期に奈留島の代官の次男だった山口倫十郎の墓が残っているそうです。
山口倫十郎は五島藩に謀反の疑いをかけられ家運が傾いていた山口家を再興した人物になるようです
なぜ彼の墓が離れ小島にあるのか?
彼の墓石の側面に「疱瘡而庵死」の文字が刻まれているそうです
奈留島では疱瘡など感染症が流行すると感染が広がらないように疱瘡で亡くなった人を島に運び葬ったようです。
墓地の隅に「尼妙道信女位」と書かれた墓碑が立っています。
この墓碑は倫十郎を弔うため尼となった妻のものと伝えられているそうです。
疱瘡墓は代々島民のかたがお世話をされているようです。

前島では昭和31年の台風で偶然山が崩れたことで紫水晶の鉱脈がみつかったそうです。
特に採取などは行われていないようですが今でも笠松から江の浦へ続く道路脇の海岸を探せばごく小さい紫水晶を見つけることができるようです

島の一番の魅力はやはりありのままの自然のようです。インターネットを検索しても何人も島を訪問した人の記録を見つけることができます。
島の自然を代表するものが「トンボロ」のようです。(注3)
前島の南西部にある無人島の未津島との間は奈留瀬戸の潮の流れで小石が堆積してできた砂洲で結ばれていて満潮時は別々の島ですが干潮になると砂浜で陸続きになるそうです。
気象条件、日時により違った美しい姿をみせるようです。

訪問する際はもちろん宿泊する設備はなく公衆トイレも使用できない可能性が高いそうですので行き帰りの船で用を足したほうがよいようです。
自動販売機もないようですので日帰りで水や食料を持参しないといけないようです。
また「トンボロ」は見ることができる時間を調べて行かないといけないようです。

(注1)奈留島のバス路線は現在
フェリー発着所ー営業所ー田岸ー船廻ー矢神
フェリー発着所ー営業所ー汐池ー船廻ー田岸ー営業所ーフェリー発着所(循環)
の記載がウイッキペディアに記載してあります。

以前の資料にはフェリー発着所ー営業所ー田岸ー水の浦,営業所ーフェリー発着所ー浜泊
フェリー発着所ー営業所ー夏井ー皺ノ浦  
の記載があります。またその時点で廃止路線として浦港付近から小田という集落を通り皺ノ浦方面へ行く路線の記載もありました。
よくわかりませんが現在は全て廃止になっているかもしれません

(注2)隠れキリシタンは大きく2つに分かれるようです
一つは強制改宗により仏教を信仰しているとみせかけ偽装棄教していた「潜伏キリシタン」。
そして禁教令が解かれた後も江戸時代の秘教形態を守りカトリック教会に戻らなかった「カクレキリシタン」。
「隠れキリシタン」はこの二つを総称して呼ぶそうです。
前島の島民は殆どがカクレキリシタンに該当されるようです

(注2)トンボロとはイタリア語のTomboloが由来で海によって隔てられて陸地と島が干潮時に干上った海底で繋がる現象だそうです。
瀬戸内海の大余島がエンジェルロードとして観光地として有名でこの辺りでは福岡の志賀島・海の中道も該当するようです。
世界に目を向けるとフランスの世界遺産モン・サン=ミシェルや韓国の珍島も該当するようです。



「ー原色ー日本島図鑑(加藤庸ニ著 新星出版社」やネットの「ウィキペディア」「五島市情報さいとまるごとう」「九州のローカル時刻表」「2012年島おたく通信日々のつぶやき」などを参考にさせていただきました。
  

  
  
 

WBC雑感
 WBCは残念ながら準決勝で敗退してしまいましたね。決勝戦はプエルトリコVSドミニカと中南米の国同士の対戦となりました。そして無敗でドミニカが優勝しました!
アメリカ、キューバ、韓国そして日本と、こちらが漠然と考えていたチームは最高でも準決勝までしか進めませんでした。日本と共に準決勝まで勝ち進んだオランダチーム。そしてイタリアチームの頑張りもありました。国だけで言うとサッカーの試合と間違ってもおかしくない感じがします。中東やアフリカでの野球の話はあまり聞かないし勿論サッカーの方が裾野が広く全世界、たくさんの国で実施されているのでしょうが野球も広がりをみせている感じがします。
これからが楽しみです。

日本チームは頑張ったとは思います。3連覇の重圧のなか一生懸命、一戦一戦試合を戦ってきてのベスト4、台湾戦も激闘もあり多くの感動を与えてくれました。
ただ人選、起用法とか采配とか若干の疑問があった気がします。

週刊ベースボールNo12のコラムで石田雄太さんと豊田泰光さんが共にWBCについて興味深い記事を書かれていました。石田さんはWBC参加メンバーの年齢構成からみた考察、豊田さんはチームリーダー重要さ、難しさを語られていました。
昨年の実績からいうと阿部選手がチームの柱になるのは当然でしょうが4番でキャッチャー、リーダーというのは精神的にも肉体的にもつらい仕事だったと思います。阿部選手と同年齢の選手がいなくて阿部選手をサポートする立場の選手がいたのか…
また阿部選手はジャイアンツでもキャプテンをしていてリーダーに指名されたのは当然かもしれませんが日頃自分が在籍していて気心が知れているなかでのリーダーと各チームのスタープレーヤーが集まる短期間のなかでの日本のリーダーとしてはどうなのか?このあたりはわからないです。難しいです
かつて野村さんが阿部選手のことを「実績が人を育て上げた」と言っていたような記憶がありますが…
そして阿部選手はどちらかというと試合を積み重ねて調子を上げていくタイプと思うので春先の試合は大変だったかもしれません。彼が6番くらいだと良かったのかもしれませんが…とすると4番は誰かというとわからないですね。西武の中村選手の故障は痛かったです。日本ハムの中田選手も3年くらいキャリアを積むと全日本の四番候補になるかもしれませんね。本当に難しいです。
(年令で鳥谷選手と糸井選手が、摂津選手と内海選手が同級生というのは意外で面白かったです)

大島選手とか楽天の嶋選手とか選んでもらいたかった。本多選手をもっと起用して欲しかった。井端選手の3番起用は何だったのか。準決勝の8回の重盗の失敗は真相はよくわかりませんがサインを徹底して欲しかった…など素人が勝手に愚痴を言っていますが…監督はじめ全員頑張ったと思います。

これからはサッカーではありませんが首脳陣とか直前にバタバタ決めるのではなく長期的な視野で代表チームをつくって欲しいです。監督が専任の人がよいのか、原さんや秋山さんのような現役の監督がよいのか判りませんが専属のスコアラーとかヘッドコーチとかいてもいいような気がします。今回日本チームはかなり分析されていたと思います。
今回の失敗(あえてこう言います)を糧にして、NPBはコミッショナーはじめ全球団、社会人野球、学生野球、独立リーグ…日本野球界全体一致団結して国際試合に取り組んで欲しいです。
ジョセフ・フォン・スタンバーグ3 ニコラス・ジョセフ・フォン・スタンバーグ
 今回はスタンバーグの子供、ニコラス・ジョセフ・フォン・スタンバーグについて書きます

 Nicholas・Josef・Von・Sternberg ニコラス・ジョセフ・フォン・スタンバーグ

  生年月日は現在のところ不明です
  母親はJ・V・スタンバーグの3番目の奥さんメリ・オーティス・ワイルナーとの間との子供ではないかと思われます。
  1970年代半ばから2000年初めくらいまで活躍されたみたいです
  映画やテレビドラマの撮影を担当していることが多いです 役者、映画・テレビスタッフと表示してあることもあります
  現在も存命なのか、家族構成など他の情報は現在のところ、全くわかりません。
  やはりお父さんの影響で映画。テレビの世界に進まれたのかもしれません。お父さんも「西班牙狂想曲」で撮影も担当していたので幼少期からカメラや映写機など身近な存在だったのかもしれません。

  観ている映画は一本もありませんでした。紹介されている21本の作品中5本が日本公開作品になります。(内1本は出演作品)

  「デビルス・ゾーン」は「悪魔のいけにえ」の影響下にある作品のようでコメントが多く寄せられています。  チャック・コナーズやタニア・ロバーツなど私が知っている俳優さんも出演しています。私はちょっと苦手なタイプの映画みたいな気がします。
  あと「拷問(レイプ)!美女軍団の復讐」は賛否両論日本未公開作品ですが邦題が4種類ありテレビ、ビデオ、DVDと何回も発売されてい ます。 賛否両論分かれているようでコメントも多いです。

  俳優さん、監督も知らない人が殆どでどちらかというと低額予算で撮られたアクション、ホラー、エロチックサスペンスが多いようです

 おそらく一番有名な映画は「ラストショー2」ではないでしょうか。「ラストショー」は私は好きな映画でシビル・シェパードの大ファンとしても忘れらない映画です。ボグダノヴィッチの最高作の1本でしょう。続編も一度,観てみたいとは思ってはいるのですが、なかなか観るチャンスがないです。

 「真実のマレーネ・ディートリッヒ」も観てみたい映画です。監督のJ・デヴィッド・ライヴァという方はディー トリッヒの孫にあたる方だそうでドキュメンタリーでディートリッヒの波乱の人生を彼女や恋愛関係にもあった ジャン・ギャバンの映像記録やインタビューな どを基に構成されているようです。ニコラス・フォン・スタン バーグはおそらくお父さんのことを話しているのではないかと思われます
 バート・バカラック(作曲家)、ワイルダー!、シュレンドルフ(監督)、ヒルデガルト・クネフ!(俳優)とたくさんの有名な方が出ているよう です。
    allcinemaONLINEを参考にしてフィルモグラフィーを抜粋します

 《フィルモグラフィー》
1975年  「ドールマイト」(Dolemite) アメリカ 90分 劇場未公開
   撮影監督担当
   監督 ダーヴィル・マーティン 出演 ルディ・レイ・ムーア     
1977年  「ビティー・ウイートストロー」(Petey Wheatstraw The Devil's Son-in-low )
   アメリカ  93分 劇場未公開
   撮影監督担当
   監督 クリフ・ロックモア  出演 ルディ・レイ・ムーア
1978年 「デビルズ・ゾーン」(Tourist Trap)  アメリカ 90分 1979年劇場公開(ワールド)
   撮影監督 ローウェル・ピータートンと二人表記
   監督 デヴィッド・シュモーラー 出演 チャック・コナーズ、ロビン・シャーウッド、
タニア・ロバーツ
1979年  「スカイ・ボンバー/空対地!白昼の市街戦」(The Great Skycopter Rescue)
   アメリカ 95分 劇場未公開、ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 ローレンス・D・フォルデス 出演アルド・レイ
1979年  「美女と類人猿」(Mistress Of The Apes) 88分 アメリカ/カナダ 88分
     劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督
   監督  ラリー・ブキャナン  出演 バーバラ・リー
1981年  「X線/悪魔が棲むホスピタル~連続殺人」(X-Ray Hospital Massacre)アメリカ 90分      劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督 
   監督 ボアズ・デヴィッドソン  出演 バービ・ベントン
1982年  「拷問(レイプ)! 美女集団の復讐」(Jungle Warriors) 90分 アメリカ・西ドイツ 
   劇場未公開 ビデオ発売
   ビデオ発売 女囚ウォリアーズ(DVD題)「拷問!レイプ!ジャングルの美女集団」
「ジャングル・ウォリアーズ」(TV題)
   撮影監督担当      
   監督 エルンスト・R・フォンソーマー 出演 ニーナ・ヴァン・バラント
1985年  「キング・オブ・フォレスト/超能力殺人鬼」(APPointment With Fear」 アメリカ       劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当 
   監督 アラン・スミシー名義     出演 ミシェル・リトル
1985年  「カウボーイ・ダンディー」(Fainal Justice) 92分 アメリカ 劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 グレイドン・クラーク   出演 ジョー・ドン・ベイカー
1987年  「レイジング・サンダー」(Raging Thunder)(No Retreat Surrender Part2・米)
香港 110分 劇場公開(ヒューマックス)
   撮影監督担当(マー・カムチョンと2名表記)
   監督 コリー・ユン   出演 ローレンス・アヴェドン
1987年  「恐怖のアルカトラズ/ヘル・デッド」(Slaughterhouse Rock)85分 アメリカ 
   劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 ディミトリ・ロゴセティス 出演 ニコラス・セロッツィ
1987年  「異型生命体ファング」(Uninvited)  92分 アメリカ  劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督  グレイドン・クラーク  出演 ジョージ・ケネディ
1988年  「ロス女警察/危険な罠」(Dangerous Love) 95分 アメリカ 劇場公開(ヘラルド)
   撮影監督担当
   監督 マーティ・オルスタイン  出演 ローレンス・モノソン
1988年  「Drエイリアン」 (Dr Alien) 95分 アメリカ 劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 デヴィッド・デコトー   出演 ビリー・ジャコビー トロイ・ドナヒュー
1990年  「ラストショー2」 (Texasville) 126分 アメリカ 劇場公開(ヘラルド)
   撮影監督担当
   監督 ピーター・ボグダノヴィッチ 出演ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード、
   ティモシー・ボトムズ、アニー・ポッツ
1992年  「ダッチ・シュルツ/仁義なき戦い」 (Hit The Dutchman) 118分 アメリカ  
劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当 
   監督 メナハム・ゴーラン  出演 ブルース・ノジック
1993年  「盗撮/ボディ・ショット」(Body Shot)98分 アメリカ 劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 ディミトリ・ロゴセティス 出演 ロバート・パトリック
1996年  「スピル/最終汚染)(Virus Spill) 90分 カナダ 劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 アラン・A・ゴールドスタイン 出演 ブライアン・ボズワース
1997年  「レッドラム/狂気の挑戦」(Papertrail Trail of a serial Killer) 93分
  アメリカ 劇場未公開 ビデオ発売
   撮影監督担当
   監督 ダミアン・リー  出演 クリス・ペン
1999年  「エアポート2000」(Killing Moon) 90分 アメリカ TVM(注1)
   撮影監督担当
   監督 ジョン・ブラッドショウ  出演 ベネローブ・アン・ミラー
2001年  「真実のマレーネ・ディートリッヒ」(Marlene Dietrich:Her Own Song」 105分
  フランス/ドイツ/アメリカ
   劇場公開(トライエム)   出演
   監督 J・デヴィッド・ライヴァ(製作も)
   出演 M・ディートリッヒ、J・ギャバン(記録映像)バート・バカラック、
アンドレ・ G・ブルネラン、ローズマリー・クルーニー
      ニコラス・スタンバーグ、フォルカー・シュレンドルフ、ヒルデガルド・ネフ、A・C・ライルズ
  
 他にもあるのかもしれませんが以上が紹介してあります。

(注1)「エアポート2000」はかつて公開されていたエアポートシリーズとは関係ないようです。
 エアポートシリーズは「大空港」(1975年 ジョージ・シートン監督 バート・ランカスター主演)
「エアポート75」(ジャック・スマ イト監督 チャールトン・ヘストン主演)「エアポート77/バミューダからの脱出」(ジェリー・ジェームソン監督 ジャック・レモン主演 )
「エアポート80」(デビッド・ローウェル・リッチ監督 アラン・ドロン主演)の4本
、あとの作品は全部無関係みたいです。
 みてみるとエアポート98~2005まで全部、その後も08,2010があり邦題としては存在していますね。他にも10作品近くあるようです。
 「大空港」は特に面白かったです。大好きなジャクリーン・ビセットの客室乗務員も良かったし、ジーンセパーグとかオールスターキャストでいろいろな俳優さんが出ていました。ジョージ・ケネディが毎回出ているのも楽しみでした。ジョージ・ケネディは今回紹介した「異型生命体ファング」にも出ています。
「復活の日」とか「人間の証明」など日本映画やパニック映画とか本当にいろいろな映画に出ていて何か不死身?の印象があるのはこのエアポートシリーズの影響かもしれません


間違って記載していることもかなりあると思います。また新しいことがわかる可能性もあるかと思います。
その都度、修正、加筆していけたらと思っております
追悼 納谷吾朗さん
 「ルパン三世」「宇宙戦艦ヤマト」や洋画の吹き替えをされていた納谷吾朗さんが3月5日に亡くなりました。アニメは詳しくないのですが銭形警部や沖田艦長の声などでは本当に馴染み深かった方です。
洋画の吹き替えも良くされていたみたいで新聞ではクラーク・ゲーブル、ジョン・ウェイン、チャールトン・ヘストンの吹き替えが紹介されていました。

洋画の吹き替えではチャールトン・ヘストンの声が印象深いです。ぴったりだったと思います。ジョン・ウェインは結構、吹き替えも観ているはずですが小林昭二さんの印象の方があってあまり覚えていません。ゲーブルは「風と共に去りぬ」くらいしか吹き替えを版はみていないかもしれません。覚えていないです。ゲーブルもウェインもどちらかと言うと私の中では字幕スーパーで観ていた印象が強いです。どこの時点でテレビを見はじめるかにより人それぞれ大きく印象が違ってきてくるかもしれません。
他にもいろいろな俳優の吹き替えをされていたようです。

ウイッキペディアによるとご本人は「声優である以前に俳優である」という姿勢、ポリシーを持ってあり声優も舞台の役と同じ感覚で演じれていたそうで、声優と紹介されるのを嫌がられていたそうです。若手の声優さんにも舞台を経験することを、声優としても、仕事の広がりなども含めて勧められていたいたそうです。
この姿勢は本当に素晴らしいと思います。
役者、舞台演出家としてのこだわり・誇り、また声優という仕事への取り組み方がわかります。
そしてこの考え方は他の職種でも参考になる気がします。

「カリオストロの城」をはじめ数々の作品でこれからも私たちは納谷さんのお仕事に触れることができます
謹んでご冥福をお祈りします。

島に行こう
 3月14日の読売新聞によると長崎県は本年度より離島航路を運営している運行会社に補助金を出して運賃を下げる事業をおこなうとの事です
輸送距離の比較で離島路線のバスの基準より高くなっている航路が対象になっているそうです。
平成11年に国が創設した離島住民旅客運賃割引制度を活用することによりバス運賃との差額について国が二分の一、県が残りのうちの二分の一、市町村が二分の一を負担するそうです。本年、県は440万の事業費を予算に計上しています。これまでは運行会社の赤字穴埋めのために補助金を出したことはあったそうですが運賃の値下げを目的に活用するのは初めてだそうです。今回対象となったのは

九州郵船 博多ー比田勝(上対馬)        5330円→4990円
五島市営 浦(五島奈留島)-前島        180円→150円
竹山運輸 平戸ー度島(たくしま)        620円→430円
小値賀町営 笛吹ー大島             270円→200円
      笛吹ー六島             420円→200円
      笛吹ー野崎             500円→200円
      柳ー納島              210円→200円
嵯峨島旅客船 嵯峨島ー貝津(福江島)      450円→350円
平戸市営  (的山)大島ー平戸         640円→500円
木口汽船  奥浦(福江島)ー田の浦(久賀島)  480円→360円
      福江港ー田の浦(久賀島)      760円→560円
      福江港ー伊福貴(椛島)       780円→730円
      伊福貴(椛島)ー本釜(椛島)    230円→210円
黄島海運  赤島ー福江港            660円→640円
      赤島ー黄島             350円→250円
の15区間です。
他にも対象となっている区間が11路線あるそうですがあくまで離島バスとの比較で割高になっている路線だけが対象なので運行会社としては対象外の区間の利用者から苦情が寄せられるのを懸念しているそうです。
また元々離島はバス運賃が高いこともあり利用者が効果を実感できないかとの指摘もあるそうです。

ただこれは私はよいことなのでは…と思います。運行している会社を支援することは大切ですし、当然だと思いますが実際に利用している人に直接、少額でもいいから値下げを体感してもらい、利用しやすくなった…と思わせることは大切だと思います。

新聞だけでは住民だけが対象なのか利用者全てが対象なのかもう一つ判らない一面があるのですが全ての利用者が対象であるならば観光客をも引き込む呼び水になるのではと思います。
県などが先頭になって料金が割引になることをアピールすれば観光客も少しは増えるのはないでしょうか
できれば離島の航路路線、全てを値下げしてもっと住民も、観光客も利用しやすいようにすればいいと思います。
県や国はもっと離島などに人を呼び込むような政策を考えてほしいです。
長崎県はご存知のように大変多くの島が存在しています。対馬や肥前鳥島など日本の国防、領土・領海を守るため、また排他的経済水域の関係などで大切な存在の島もあります。壱岐や福江などの大きな島も含めて殆どの島が人口の流失が多く過疎化が進んでいるようです。もっと島を大切にして、できるだけ過疎化を防ぎ,交通網の維持、整備を進めていって島民、本土の方が交流しやすいようにしていただけたらと思います。

この路線をみて私はそうでしたが、長崎県民の方でも知らない地名。島名、路線が多いのでは…と思います。
全て乗ったことがない路線ですがインターネットとかを使い調べてここで紹介していきたら…と思っています。
また実際に行く事はほとんどないのですが私は日本や世界の「島」のことに関心があるので、自分が興味がある島とか行ってみたい島とかも簡単に紹介できたらなあと…と思っております。
新みなとターミナル前(7時32分発)ー大野ー佐世保商業高校前(市バス)
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《写真は「新みなとターミナル前」のバス停です バス停の前に西彼方面への船が発着する「新みなとターミナル」があります。また道を挟んで向こう側では商業施設「五番街」の工事が始まっています、「新みなとターミナル」については別の機会に取り上げたいと思っております》

 7時10分過ぎ佐世保駅を通り抜け駅のみなと口に。駅を出ると左手にはツアーバスや空港への乗り合いタクシー、ホテルへの連絡バスのバス停が並ぶ。「佐世保駅前みなと口」のバス停については別にスペースを割いて書く予定でいます。道路はさすがに日曜朝ということもあり時折車が通り過ぎるくらい。信号を渡り海側へ渡る。北部方面へ行くほうにはバス停は市バスの一つのみ。新みなとターミナルへ向かい歩く。歩いて左側には区画整備された金網で囲まれた空き地が広がる。昨日新聞で駅周辺再開発でエレナグループが建設する「させぼ五番街」の起工式が2月22日に行なわれることが発表されました。11月下旬には完成する予定でこのあたりの景色も一変するでしょう。どうなるのか消費者としては楽しみな面はありますが仕事の面では小さいながらも店をやっているものとしては影響を考えざるをえないです。スポーツランド跡地のマンションや一戸建ての建設、サンプラザの再開発事業なども含めてここ1,2年で佐世保中心部もまた大きく変わるでしょう。バス路線の再編や松浦鉄道の新駅(こちらは無理かな?)もありえるかもしれません。
信号から新みなとターミナルまではすぐ。駅再開発でフェリー乗り場までは本当に近くになり便利になりました。その一方でそれまでフェリーの乗客が行き来していた万津町の道は人通りが確実に減っているわけで12月以降その流れはますます強まるでしょう。90のテナントが入る予定とのことで四ヶ町まで行かなくてもフレスタと五番街で買い物が帰結できる割合も増えると思います。仕方ないことですが何にでも光と影はありますね。

バスは7時25分に回送表示でターミナル側に到着。最初は私ひとりかなと思っていましたが発車の2,3分前に船からの乗り換えの高校生が10名乗車。新みなとターミナルは主に大島・崎戸など西彼近海と平戸の津吉から船の発着所となっていてこのバスは大島を6時50分発佐世保7時22分着との接続を考慮している様子。定刻にバスは発車。鯨瀬には寄らず朝市の前を回りアルカスの前を通り戸尾町のバス停へ。それからは普通の駅前からの商業線になりました。日曜の朝ということもあり、車も人通りも少ないです。学生は途中北高生でしょうか城山町で1名、大野車庫前で西高生と思われる8名が降車、残りが終点・商業高校前で下車となりました。学生がメインのバスでしたがそこそこ途中で一般客の乗り降りもあり大野から次の大野車庫前までの1区間は立ち見も出ました。また吉岡団地からの乗車もありました。日曜日の話ですので平日はもっと学生、学生外の利用者がいるのではないでしょうか?
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《写真は「佐世保商業高校前」のバス待合所になります。佐世保市営、西肥バスが発着します
佐世保商業高校前のバス停は別の機会に取り上げれたらと思っております》


佐世保商業前(8時6分発)-大野ー佐世保駅前
定刻通りに発車、乗客は私一人。吉岡団地では3名バスを待っていてそのうち1名乗車、平日ならこのあたりは住宅地であり結構、通勤客の利用もあるのではと思います。本来なら一番のラッシュ時の時間ですが日曜ということもあり国道も車は多くなくスムーズに流れる。大野で一人下車、再び私一人に、春日町、俵町で各2名乗車、京町で3名、戸尾町で1名下車、三度、私一人となり終点の佐世保駅前へ到着


【感想】
新みなと発の便は思ったより通学生が殆どでした乗客は多かったです。北校、西高、商業…と大島から通っている学生もいるのでしょう。普通校の合同選抜廃止からでしょうが大野車庫前(西高生?)での降車が多かったのは意外でした。どういうルートで国道に入るのか興味がありましたがアルカス前から入っていくルートでした。
このルートだったら駅前を発着点にして佐世保駅前ー新みなとー(鯨瀬)-戸尾町としてもよいのではないでしょうか?黒髪・早岐方面に行くルートの設定も朝はあってもよいのではと思います。
新みなとターミナル発のバスはこのバスと後は平日運行の市街地循環バス(新みなとー鯨瀬ー戸尾ー島瀬ー湊町ー総合HP湊町ー共済HPー平瀬橋ー新みなと)のみの運行となっていますが循環線も駅前発にしてもよいのではと思います。いずれにしても「佐世保駅前みなと口」バス停も含めて」「五番街で大きく変わる可能性もあるかと思います。
商業からの帰りの便はほぼ予想していた通りでした。
商業前では西肥・市営バスとも日曜日でしたが2,3台出入りがありました。親の車で通学している生徒も多いようで車の出入りも多かったです。クラブ活動でしょうか補習でしょうか??日曜日なのに大変だなあとそのことが一番驚きました。 (乗車は平成25年2月10日)

【追記】 乗車はしませんでしたが3月20日(祝日)に新みなとターミナルに朝、行く用事がありました その際は学生2名の乗車で出発して行きました。

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《佐世保商業高校です。バス停側より撮影しています。朝夕などを中心に写真のように時間待ちのバスが待機します》
追悼 梅本洋一さん
 映画評論家で大学の先生もされていた映画評論家の梅本洋一さんが3月12日に亡くなりました。
私は学生時代にテレビで古いフランス映画を観たりしてフランス映画が割と好きでした。
そうしたことからフランス映画の特集された雑誌や本を読むことが多くて梅本洋一さんの名前を覚えました。
ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な監督トリュフォーや、私が学生だった当時、まだ日本であまり紹介されていなかったエリック・ロメールやジャック・リヴェットを紹介されたり、それに続く世代の例えばジャック・ドワイヨンやクロード・ミレールやドイツのヴィム・ヴェンダースとかいろいろと書かれていたと思います。


責任編集をされた「カイエ・ド・シネマ・ジャポン」も創刊号だけですが購入を、また編集された「亡命者たちのハリウッド」も購入したりしました。著書の「映画は判ってくれない」も読んだ記憶があります。
特に「亡命者たちのハリウッド」は最近このブログをはじめて今、スタンバーグについて書こうとしているのですが(最後まで頑張ろうと!思ってはいます)もしできれば他にもロバート・シオドマークやウイリアム・ディターレとかも自分なりに取り上げることができれば…と漠然と考えていました。先日、同じ題名の本(別の本です)を購入したこともあって是非もう一度読み直したいと思っていた矢先でした(失くしてしまったみたいです)


私が好きな映画評論家の山田宏一さんや蓮実重彦さんたちの次の世代、中条省平さんや武田潔さんたちと同じ位の世代になられるのでしょうか
著作を通じて映画の見方や映画の可能性、新しい映画のこととか、私がよく映画をみて、映画のことを考えていた時期に映画のことをいろいろと教えていただいた方のお一人でした。

60歳とこれからますます活躍されるお年だったと思うと本当に残念です。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

アナトール・リトヴァク
 今日、アナトール・リトヴァク監督の「追想」が放映されました。仕事中で残念ながら観ることはできませんでしたが私は大好きで忘れらない映画です。ハリウッドを事実上、追放されていたイングリット・バーグマンのハリウッド復帰作品として有名な作品ですしロマノフ王朝の悲話・伝説を巧みに組み込んだこの物語は作品自体,魅力的で興味をひかれます。
監督のリトヴァクがロシア出身というのもこの作品を興味深いものにしているように思います。
リトヴァクはこの後、バーグマンの魅力が引き出されていると私が思っているフランソワーズ・サガンの「ブラームスはお好き」を映画化した「さよならをもう一度」を撮っています。
イタリア時代の映画は殆ど知らないののですがヒッチコックの諸作品や「ガス燈」「カサブランカ」などとともに「さよならをもう一度」「追想」もバーグマンの映画として忘れらない映画です。

バーグマンの上記のハリウッド復帰以降の2作品を撮っているリトヴァクはどのような人なのでしょうか?

私はロシア出身でフランス・アメリカを中心に活躍した人くらいしか知らなくてバーグマンの映画の他は「うたかたの恋」「将軍たちの夜」を観ています。他に未見ではありますが「想い出」「暁前の決断」「蛇の穴」「旅」などの見てみたい映画を撮っている人と漠然と思っていましたが今回簡単に調べてみただけども非常に興味深いものがありました。

リトヴァクは1902年ロシアのキエフ(現在のウクライナ)出身
ユダヤ系でサンクトペテルブルグの大学で哲学と演技を学び俳優から出発しているようです
1923年にまず【ソビエト映画に足を踏み入れ】脚本や美術担当後に短編「Tatiana」を撮っているようです
【ドイツに渡り】最初はG・W・パプストの有名な「喜びなき街」(1925)の編集を担当、助監督をつとめたあと1930年に本格的にデビューして「女人禁制」「今宵こそは」などを監督しているようです
ナチスの台頭とともに【フランスに渡り】「最後の戦闘機」や有名な「うたかたの恋」を監督しています
1937年【アメリカ映画界入り】して「黄昏」「凡てこの世も天国も」などを監督、戦時中はキャプラとともに米軍のドキュメンタリーを制作しているようです。
そして戦後もアメリカを中心にヨーロッパも含めていろいろな作品を残しているようです。
1974年にヌイイ=シェル=セーヌ(フランス)で亡くなっているようです。

殆どウイッキペディア等を中心に記載していますがそのコスモポリタン振り?には驚かされます。まさに映画は越境するといった感じです
サイレントから出発していることは重要だと思いますし、ユダヤ系ということもキーになっていると思います。パプストやキャプラなどの名前が出てきたりとものすごく興味深いです。本人の歩み自体が映画の歴史です。自伝などはないのかもしれませんがもし残っていたらヨーロッパ・アメリカの当時の映画界の一端がわかりすごく面白いものになったのではないでしょうか…
ミリアム・ホプキンスと1937年ー39年と結婚されていたようでこれも驚きでした。
ナチスの残党を描いた「将軍たちの夜」もこの経歴をみているともう一度見てみたくなりました
また機会があれば是非取り上げたい人です。


フィルモグラフィー(わかっている範囲で)
1925年「Tatiana」(短編 未) 露
1931年「女人禁制」 (脚本も) 独 「今宵こそは」 オーストリア
1935年「最後の戦闘機」(脚本も) 仏 「うたかたの恋」 仏
1937年「トヴァリッチ」 米
1938年「黄昏」 米 「犯罪博士」(未・製作も) 米
1939年「戦慄のスパイ網」(未) 米
1940年「凡てこの世も天国も」 米 「栄光の都」 米
1942年「純愛の誓い」 米
1947年「朝はまだ来ない」(未 製作も) 米
1948年「蛇の穴」 米 「わたしは殺される」 米
1951年「暁前の決断」(製作も) 米
1953年「想い出」 (製作も) 英
1955年「愛情は深い海の如く」(製作も) 英
1956年「追想」 米
1957年「うたかたの恋」(TVM) 米
1958年「旅」 (製作も) 米
1961年「さよならをもう一度」(製作も) 米
1962年「真夜中へ五哩」 (製作も) 米
1966年「将軍たちの夜」 米
1966年「夏の夜の10時30分」 (製作のみ 監督はジュールス・ダッシン)米・仏
1970年「殺意の週末」(原作はセバスチャン・ジャプリゾ「新車の中の女」)仏・英 

肥薩オレンジ鉄道
肥薩オレンジ鉄道に3月24日観光列車「おれんじ食堂」がデビューします。
肥薩オレンジ鉄道は九州新幹線開業時にJR鹿児島本線から切り離され経営移管された八代ー川内間を運行している、県など自治体が主体で運営されている第三セクターの鉄道会社です。
不採算とJRが判断した路線ですので当然厳しい状況が続いているようですが2年前に社長が新しい方に変わりお客を呼び込もうと若手を採用したり地域イベント開催時の柔軟なダイヤの対応、グッズ販売の強化など従来より積極的な姿勢に生まれ変わりその一環のなかでこの観光列車は誕生したようです。

運行は金土日、祝日、春・夏・冬休み・GWで1日3本、2両編成で地元沿線の旬の食材を使ったメイン料理は沿線の提携レストランから出来たてが届き、ご飯やスープなどを車内のキッチンで用意するようです。また途中の佐敷、阿久根など数駅で10分ほど停車して特産物の試食、販売を行う「駅マルシェ」も開催するようです。車両もデザインや内部も工夫されているようです。

国からの援助やJR貨物からの線路使用料が収入の大きなウエイトを占め、営業距離が116.9kmと長く設備修繕の費用、沿線の過疎化など厳しい状況はこれからも続くと思いますがオレンジ鉄道の新しい試みが成功することを願ってやみません。
詳細は肥薩オレンジ鉄道のホームページをご覧いただければと思います。

九州では他にも福岡の通勤輸送の一翼を担っている「甘木鉄道」、筑豊地方の足として活躍し、また門司港で貨物線の跡地を利用したトロッコ列車も運行している「平成筑豊鉄道」、南阿蘇の外輪山の傍を通るトロッコ列車が好評の「南阿蘇鉄道」、おかめど幸福駅や観光列車「KUMA」が話題の「くま川鉄道」、そして地元の「松浦鉄道」とたくさんの第三セクターの鉄道会社が頑張っています。運営的にはいずれも厳しい状況が続いているようです。近くに行く機会などあられたら是非、利用していただければと思います。
(フェイスブックにも掲載しています)

有田ー伊万里間(松浦鉄道)乗車記
  佐世保を7時37分発の肥前山口行きのJR(2両編成ワンマン)に乗りました。佐世保からの乗客は10名ほど。日宇で2名、大塔で2名乗車、1名下車、早岐へ到着。人数はわかりませんでしたが数名の乗降があり4分ほどの停車で出発。ここは佐世保鉄道事業部があり多くの側線が並んでいますが現在も数年前からの長崎駅から移ってくる車両基地の移転工事が続いているようです。ここで進行方向が逆になり三川内へ。1名が下車。西有田の信号場を過ぎ有田の市街地へ、やがてこれから乗る松浦鉄道の線路が近づいてきて並走してしばらくすると有田駅に。定刻どおり8時6分に到着。私はここで降りましたがここで学生を中心にかなりの乗車がありました。

4分の待ち合わせで8時10分発の伊万里行きに乗りました。佐世保発のJR便からの乗り換えは私も入れて2名。勿論、一両編成!で7名(内学生3名)で出発,今度は並走して進んできた佐世保線と別れるとすぐに「三代橋」に到着、2名学生乗車。
左手には時折、炎博記念館がある公園をみることができます。その最寄駅でもあろう「黒川(くろごう)」へ。ここでも2名学生乗車。あたりは畑など緑地もあるが静かな住宅地といった感じがします。
行き違い設備がある「蔵宿」へ、前の二駅がMR開通後にできた駅で、駅の構造自体がホームと屋根の下に椅子があるだけの簡易なつくりの停車場といった感じなのに対しこちらは前からの古い駅舎が残っていて何か落ち着きがある感じがします。ここで有田行きの列車とすれ違いました。有田行きには20名弱の方が乗車していました。3名の学生の方を乗せて出発。
「西有田」へ到着。ここもMR開通後に出来た駅ですが交流プラザを併設したきちんとした駅が存在しています。国道が並走しており道を挟んで左側には公共的な建物などが並んでいます。移転した旧西有田共立病院は窓からみると建物はそのまま残っていて閉まっている感じです。3名乗車(内学生2名)。
大木へ。ここは国鉄時代からある駅ですが構造的にはMR開通時に出来た簡易な駅に似ています。1名学生が乗車。
国道と並んで走り「山谷」へ。駅のすぐ下にバス停の「山谷」もあります。バス停の「山谷」では3名の方が早岐・佐世保方面のバスを待っていました。有田ー伊万里間を完全に並行して走るバスはなく伊万里ー伊万里口ー田子の浦ー佐世保間のバス、町営バスが有田駅前から共立病院まで走っています。特に西肥バスは蔵宿ー伊万里間が並行路線になるけれど、お客さんを奪い合うといった感じではなく、よくはわかりませんがお客さんがそれぞれの目的で選んでいる感じがします。学生が1名乗車。
ここから国道と少し離れて進みます。やがて右手には昨年春に西有田の共立病院と伊万里の市民病院が統合して誕生した『伊万里有田共立病院』のために整備された道路など新たに造成した区画が見えてくると左手には再び国道が近づき行き違い設備がある「夫婦石」へ。ここは前述した伊万里有田共立病院の最寄駅になり病院へはバリヤフリー機能を持つ連絡道も出来てはいますが病院自体は少し高台にあり駐車場の広いスペースがあるので思ったよりは歩くと時間がかかります。玄関前の駐車場までいくことができる自家用車や玄関先まで乗り入れる西肥バス・町営バスの方が便利かもしれません。(日祝日は運休)その意味では有田ー夫婦石はバスにお客を奪われている可能性はあります。
ほぼ1年前にここは実際行ってみて近くを散策してみましたが日曜日に行ったので患者さんが通院する日常の様子はわかりませんでした。1年経って変わったこともあるかもしれませんが窓からみるとそんなに大きな変化はないように思いました。
有田の町営バスにも乗ってみたいしまた日曜日になりますが行けたら行きたい…と思っています。ここでの乗降はなく出発。
有田川を挟み再び国道と別れ線路は向かって右側に、やがて「金武」へ。ホームの前で清掃作業をしている地元の方と思われる女性が2名。小さな鉄道はこうした人によって支えられています!乗降客はなし。川を離れて伊万里の中心部が近づき伊万里高校も近い「川東」へ。ここで11名学生が下車。乗車はありませんでした。やがて松浦方面からの線路が近づき並行して走り2面3線の構造になっている終点の伊万里へ定刻どおり到着しました。

(感想)
何度か乗ったことがある路線ですが朝早く乗ったことはなく新鮮でした。地元に根付いている路線でまた学生に支えられている路線であることを実感しました。佐世保ー伊万里間はバスが昨年、大幅に減便されておりその意味でもこの鉄道は地元にはなくてはならないものと思います。有田ー伊万里間の都市間交通として、焼き物の里を結ぶ路線としても、平戸やHTB、佐世保、唐津など観光地をつなぐ足としても大切な路線です。古伊万里酒造、炎博の記念公園などのスポットもあります。バスや地元自治体と協力してこれからも地元の足として存続、発展していただけたらと思います。

アカデミー賞雑感
 85回になるアカデミー賞の授賞式が開催されました。ここ10年近く映画館に新作の映画を観に行くことができなくなってアカデミー賞は遠い存在になった気がします。
しかし、カンヌ・ベネチア・ベルリン・モントリオール…などいろいろな映画祭があっても一番,華やかで特別で有名な賞ですし世界最大の映画のイベントだと思います。ショーとしても見ごたえがあります。どういう作品がノミネートされるのか。受賞するかは大変気になるし胸が高まります。WOWOWで中継されたそうですが入っていないので残念ながらみることはできませんでした。
結果をみながら作品賞を中心に振り返って見ます(一本も観ていないのに遊びで勝手にやっています)
【作品賞】「愛、アムール」(ミヒャエル・ハネケ監督) 外国映画賞を受賞
     「アルゴ」(ベン・アフレッコ監督)  作品賞を受賞◎
     「ハッシュパピー バスタブ島の少女」(ベン・ザイトリン監督)
     「ジャンゴ 繋がれざる者」(クエンティン・タランティーノ監督) 助演男優賞を受賞
     「レ・ミゼラブル」(トム・フーバー監督)  助演女優賞を受賞
     「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(アン・リー監督) 監督賞を受賞
     「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)   主演男優賞を受賞
     「世界にひとつのプレイブック」(デビット・O・ラッセル監督) 主演女優賞を受賞
     「ゼロ・ダーク・サーティ」(キャスリン・ビグロー監督)
スピルバーグやタランティーノなど監督名がブランド化?しているような人の作品やアン・リー、ビグローなどの実力者の作品もあったりと結構バエティーに富んだ充実した作品が並んでいるように思います。
私は本命「レ・ミゼラブル」,対抗「リンカーンかなあと何の根拠もなく思っていました。
観たいなあと思う順に並べると「ジャンゴ」「世界に…」「愛アムール」「レミゼラブル」「トラと…」「リンカーン」」…になります
「アルゴ」の受賞は私のなかでは予想外でしたが考えてみるとアカデミー賞はそのときの社会情勢に関係するような問題作が受賞することが多いので妥当だったのかもしれません。娯楽映画としてもとても面白い作品のようです。

「愛アムール」は外国映画賞を受賞しました。出演者にジャン=ルイ・トラティニャン、イザベル・ユペールと懐かしい実力者が並んでいます。トラティニャンは「男と女」が有名でまず頭に浮かびますが私はトリュフォーの遺作「日曜日が待ち遠しい」や87分署シリーズの「刑事キャレラ10+1の追撃」なども印象深いです ユペールは好きな女優さんです。シャブロルの映画の印象が強いですが「窓ベットルームの女」やM・チミノの問題作「天国の門」などもありいろいろな映画で出ています。
カンヌでもパルムドールを撮っているし、かなり期待できるのではないでしょうか 
それにしてもカンヌでグランプリを撮った作品がノミネートされたり、外国映画賞と重複しているのはよくわかりません。外国映画賞のみの対象作品にしてその分、別のアメリカ映画をノミネート作品にしたらいいような気がします

「ジャンゴ」は楽しみな映画です「続荒野の用心棒」など数本の映画からインスピレーションを得ているそうでタランティーノがどういう「西部劇」「マカロニウエスタン」を撮っているのかすごく興味があります。クリストフ・ヴァルツが助演男優賞を撮りました。

「レミゼラブル」はあまりにも有名な物語をミュージカルにしたものです。ミュージカル映画は好きですし(といっても私はどちらかと言うとミュージカルコメディーが大好きですが…)、アン・ハサウェイは波に乗っている感じで助演女優賞を取りました。とても観てみたい作品です。

「リンカーン」も楽しみです。題材からしてスピルバーグが賞を狙っている感じがして、また最近スピルバーグの映画はちょっと…?と思うこともあるけれどやはり私のなかにスピルバーグ神話みたいなものがあり気になります。ダニエル・デル=ルイスは主演賞とりました

「トラと漂流した227日」はアンリーが監督賞を受賞しました。アンリーが3Dで撮っているそうですが漂流冒険物をどう料理したか
 これは期待していいような気がします

「世界にひとつのプレイブック」これは内容を知ってみてみたい!と思った映画です。ジェニファー・ローレンスが主演女優賞を取りました。故シドニー・ポラックが映画化する構想があったようですね。今日(3月11日)、彼の代表作の一つである「追憶」がBSで放送されています。恐らく映画以上に有名な主題曲を作曲したマービン・ハムリッシュは昨年亡くなりました。アカデミー賞でもアーネスト・ボーグナインやハーバート・ロム達と共に追悼されたそうです

受賞した作品、受賞を逃したノミネート作品、ノミーネートすらされなかったたくさんの作品…これからは「時間」によって更に厳しい審査、判断、評価が下されます。5年後、10年後、20年後、50年後…人々の記憶に残っている作品・愛され続ける作品はどれになるのでしょうか?



WBC台湾チームについて
WBCは福岡から東京ドームに舞台が移り、連日 熱戦が繰り広げられています。
2次リーグ、台湾がキューバにコールド負け 敗退が決定してしまいましたね。
試合は見ていませんが日本との死闘で精も根も尽き果てた感じだったのでしょうか
日程上仕方がなかったのでしょうが一日あけて試合をさせてあげたかった。
キューバもオランダに負けて目の色が変わっていたのかもしれません。
結果が全ての世界ですから仕方がありません。

今日の日本対オランダ戦 楽しみですね!
キューバにオランダが勝ったのには驚きました.ヨーロッパはプロリーグがイタリアにあるという話は昔、聞いたことがあったのですがオランダがこんなに強いのは驚きました。 
ウイッキペディアとか見ていると欧州ではかなり強いチームみたいですね。 
カリブ海にある元、植民地だったオランダ領キュラソー島などオランダ領の島々などの出身が多数、参加しているようです。
現役大リーガーも含めて日本で活躍しているバレンティンとかも参加しています。
オランダ本国では放送とかされているのでしょうか?
人気があるのでしょうか?気になりますね
かなり強いチームみたいですし今ひとつ力を発揮できていない日本チーム、心してかからないとだめですよね  
嬉しいことですが世界のいろいろなチームが強くなってきています。
またオリンピック競技へ復活!などと繋がると嬉しいですが…


台湾戦 仕事をしながらでしたが観戦しました。大熱戦! 試合は日本が勝ちましたが内容は台湾が勝っていました。王建民は点を取らせないピッチングで、普通のルールだったり台湾が会場だったらかなりの確率で負けていたような気がします。ただ選手層の厚さとここでは負けられないという気持ちは日本チームが勝っていたかもしれません。
それにしても台湾チームは素晴らしかったです!
相手チームに対するスポーツマンシップや心遣い、尊敬する態度とか この点は日本チーム負けていたと思います。
監督のコメントもとても良くて感動しました。
いやな思いをすることが多い近隣諸国との試合ですがこういうチームが本当のライバルだと思います
日本は見習うことが多いと思いました。
本当に困ったとき、弱ったとき、苦しいときに、つらいときに手を差し伸べてくれるのが真の友人です。
トモダチ作戦で助けてくれたアメリカ、多大な援助をしてくれた中華民国・台湾。
本当の友達を見誤ってはいけないと思います。
ありがとう!台湾 お疲れ様でした!台湾
広島近辺にみる公共交通の新たな取り組みについて
 広島の話ですがJR西日本の可部線(現在は広島市横川駅~可部駅間、平成15年に可部~三段峡駅間は廃止)のうち可部~荒下県営住宅跡地間の復活が2月4日に発表されました。
わずか1.6kmではありますが恐らく廃止後は線路や枕木は撤去していたのでしょうが、路盤を残していたりしていて復活が比較的、容易に可能であったこと、自治体、住民など地元の熱心な運動が実を結んだのではないかと推測されます。
そしてもちろんJRも沿線が宅地化が進んだりして広島駅(横川駅の次の駅になります)と直通すれば十分採算はとれると判断したのだと思います。一旦廃止になった路線が再開するのは珍しい例のように思います。今後の推移を注目していきたいです。

 一方、広島市と結びつきの強い隣の山口県岩国市では青森県三沢に続いて昨年12月より米軍と自衛隊が使用していた岩国空港の一部を岩国錦帯橋空港として民間機も利用できるようになりました。広島空港が広島市から離れた位置(三原市)にあることを考えると山口県東部のみならず広島市など広島県の利用者も少しは見込めるのではないでしょうか。

 国や地方の財政が厳しい折、これからの公共交通は新しく鉄道や道路をつくるだけではなく既存の施設・路線や廃止した路線などを新しい視点で見直していくことも重要になるように思います。

 これから過疎化は進んで行きJRも含め特に地方では中小私鉄や路線バスなどの路線の統廃合は進んでいくと思われます。廃止はある程度仕方がないことかもしれませんが、廃止後も少しでも見込みがある路線なら社会情勢が変化すればまた日の目を見ることもあるかもしれないので線路の路盤とかバスの折り返しや待機ができるスペースとか残していただけたらなあと思います。

(平成25年2月6日、フェイスブック記載分を加筆して転載しています)
大伴氏について
歴史について書いていこう…と思っています。
 主に大伴家と南朝(特に後南朝)に関係する人物や出来事を中心に取り上げてみます。最初は大伴(伴)家を中心にと考えています。
 内容的にはどうなるかわかりませんが大伴家の人物、有名な家持や旅人はもちろんですが例えばあまり有名ではないような大伴子虫とかも取り上げられたらと思っています。
大伴氏の一族の人々や佐伯氏、佐伯氏の出自と言われている空海とかできるだけ広く触れたいです。
 かなり難しいと思いますが出来れば業績や官位、出自、エピソードとか系図上の繋がりとかまでできたら…と思います。

また大伴氏が関係したと思われる事件(例えば有名な応天門の変)や松浦佐用姫伝説とか大伴家も関係するような伝承・伝説などいろいろ事を取り上げることができたら…などたいしたことを書けないとは判っていますがいろいろと勝手に妄想しています。

なぜ大伴氏を取り上げるのか?特に深い意味はないのですが。大伴氏が言うならば藤原氏に敗れ去った代表的な敗者の一族であることが大きいです。日本人は多いのではないかと思いますが私は判官びいきみたいなところがあって悲劇的な人生を送ったであろう人・一族に関心があります
大伴家と言うと漠然と日本書紀にも登場する古くからの氏族で万葉歌人として有名な旅人、家持親子がいて家持は万葉集の編纂に携わっている。そして国宝で名高い「伴大納言絵巻」に登場する伴善男がいる。絵巻で描かれた応天門の変など様々な政変により力が衰え平安時代初期に歴史の表舞台から姿を消していった一族というイメージがあります。 
大伴氏が没落した平安初期以降くらいからは宮廷の上層部は藤原氏の一族か源氏や平家など皇族出身の一族がほぼが独占する形になっていきます。

あくまでイメージなのですが藤原鎌足から始まる7世紀から興った新興勢力である藤原氏が天皇家を利用して自分たちの勢力・地位を確立していったのに対し大伴家は名前の通り天皇家に従い、藩屏として天皇家に仕えてきた一族であるような気がしています。

「海行かば水浸く屍 山行かば草生す屍 大君の辺にこそ死なめ かへりみはせじ…』」軍歌の『海行かば』の一節ですが元々は万葉集のなかに収められている大伴家持の長歌から採られたものです。

この歌は国内情勢の不安定さから大仏建立を目指していた聖武天皇が砂金が発見されたことを大変喜ばれ、大伴家や同族の佐伯氏に対し臣下の労をねぎらい大伴家の祖先の功績にも触れて大伴家の家訓「海行かば」まで引用されこれまで通りの忠誠を訴える宣命と贈位を越中に赴任中の家持などに送られたことに感激した家持が作った長歌が基になっているようです。
物部氏とともに古くからかつて大連として天皇家を支えてきたいう意識と誇りが家持の、大伴家の人々の底流にはあるように思います


8年後 聖武亡き後 藤原仲麻呂の独裁が強まり一族の人間が政変で失脚するなど不安定な情勢が広まる中、家持は一族に名門意識を呼び起こさせ、結束と自重をよびかける『族に諭す歌』を作っています
「久かたの 天の門開き 高千穂の 岳に天降りし 天孫の 神の御代より はじゆみを 手握り持たし…」
ただこの後も次々と政変が起こり家持自身も政変に巻き込まれてしまい徐々に大伴家は衰退の道を辿っていきます。

同族同士あるいは兄弟同士でも権力を握るためいろいろな権謀術数を繰り広げた藤原家(あるいはその後武家社会の棟梁となる清和源氏もそうかもしれません)と一族の結束を守り愚直なまでに古代から天皇家に仕え、その結びつきを信じ、功績を誇りにしていた古代氏族の名残を残した大伴家、、どちらが時代に即応でき勝者は誰になったかはその後の歴史が物語っていますが私は敗者である大伴家に深い共感と関心を覚えます。
少しでも大伴家の片鱗に触れることができればと思っています。

 
勝谷さんの降板を聞いて
勝谷誠彦さんが「たかじんのそこまで言って委員会」を降板されるそうです。
どういう事情があったかはよくわからないしあまり知りたくもありませんが非常に残念です。
勝谷さんは過激な言動がいつも注目されてきたと思いますがあれは勝谷さんが自分の考え・主張を表現するための手段・パフォーマンスではないかと思いますし、いい意味での胡散臭さ、そして時折垣間見せる?育ちのよさとか、私生活がよくわからない…などいろいろな要素や側面をもっておられて不思議な独特の魅了を持った人だと思います。
勿論、主張される全ての意見に納得できるわけではありませんがさすがだなあと思うことが多くどんな意見を言われるかいつも楽しみに思っていました。
番組を支えてきた大きな大切な存在だっただけに残念です。
これからも番組は降りてもいろいろな場面でまたあの毒舌を聞かせてもらえたら…と思います。

この番組や青山繁晴さんが現在、司会で支えている「たかじんNOマネー」「TVタックル」などは今の日本には絶対に必要な番組だと思っています
バラエティーの名を借りて今の日本の実情、問題点など様々なことを映し出している番組だと思います。
政治的なことは書きたくありませんがこういう番組でしかわからない、語られない、触れられない「真実」はいっぱいあると思います。

勝谷さんが抜けたとしても番組はずっとずっと続けてもらいたいし、続ける事が一番大切と思います。
<続ける>のはいろいろと大変なのだろうなあと容易に想像できますが今のような姿勢でこれからも「番組」頑張ってもらえたら…と心から願っています。

そして勝谷さんには、たかじんさんが復帰した後、いつかあの照れ笑いを浮かべながら何事もなかったかのように帰ってきてもらってまたあの口調で持論を展開してもらいたいです
平戸駅(平戸桟橋ターミナル)の建て替えに思う
 タウン誌によると平戸桟橋ターミナルが3月いっぱいで取り壊され新しく作り直されるそうです。老朽化していた建物だったので新しく立て直されることになったのは本当に良かったと思うけれど、どういう建物になるのか一抹の不安とかなりの寂しさがあります。
 
 平戸大橋が完成したのはいつだったでしょうか?
 私は祖母父に連れられて小学校のときに妹と共に橋の工事を見に行った思い出があります。
 佐々、吉井、江迎、田平と佐世保からはものすごく遠く感じられて「旅に出かけた」感覚がありました。
 当時は船が平戸と平戸口(田平)を結んでおり平戸港は文字通り海の玄関口でした。
 建物には「平戸駅」の表示がありました。線路もないのになんで駅なのか不思議な感じはしましたがなんとなく駅なんだと自分なりに納得していたように思います。その文字は「海を通じて鉄道(平戸口)と連絡しています。鉄路で博多・大阪・東京へも繋がっていますよ。行くことができますよ」という誇りを表現しているかのように思えました。

 大橋ができてからは車が主役になって自由に行き来できるようになり、恐らく「平戸駅」の地位は低下していったものと思います。
 ただ佐世保からの平戸行きの終点でありますし、便数も路線自体も減りましたが市内の各路線とを結ぶバスターミナルの地位は今も保っています
 また航路では度島、的山大島などを結ぶ路線は勿論健在ですし、かつてはハウステンボス,鹿子前への路線もありました。
 生月大橋が完成してからはバスでの生月島への玄関口にもなっていますし、最近は福岡への高速ツアーバスの起点にもなっています。
 今でも恐らく平戸にとっては大変に重要で大切な「駅」であることは間違いないはずです

 歳月は経ち建物は老朽化しましたがその分、数多くの出会いや別れを目撃してきたのでは…と思います。
平戸の方、平戸出身の方たちにはたくさんの思い出がある「駅」なのではないでしょうか
 今は海から平戸口には行けませんが勿論車では行けますしバスで行くことも出来ます、幸い松浦線は「松浦鉄道」として残り鉄道で今でも東京に鉄路で繋がっています。


 今度どういう建物が建つかわかりませんがこれからも平戸の玄関口、平戸の顔になることは間違いないと思います。平戸駅の表示が残ることはないかもしれませんがこれからも様々な出会いや別れが繰り広げられる場所であることも間違いありません。そしてこれからもそんなドラマを静かに見守ってくれるステキな「駅」になってくれたら…と思います。
(フェイスブックにも記載しました)
ジョセフ・フォン・スタンバーグ2(「救ひを求むる人々」を撮るまで)
 今回はジョセフ・フォン・スタンバーグが生まれてから処女作「救ひを求むる人々」を監督するまでについてわかっていることを書き記しています。 

 判らないことや不確かなことが多くスタンバーグに関する書物やインターネットなどで私にとって新しい発見や修正するべきこと、間違っていることなどをみつけた場合は、その都度書き直していきたいと思っています
少しでもスタンバーグの実像に近づけたら…と思っています。

 ジョセフ・フォン・スタンバーグ(Josef von Sternberg)(注1)
 (ドイツ語読み ヨーゼフ・フォン・シュテルンベルグ)
  誕生名・本名 ヨーナス・シュテルンベルグ(Jonas Sternberg)
 生年月日  1894年5月29日
 死亡年月日 1969年12月12日
 出生地 ウイーン(注2)(当時のオーストリア=ハンガリー帝国、現在のオーストリア)
 死没地 アメリカ カリフォルニア州ロサンゼルス ハリウッド 
     心臓発作で死亡

  Ⅰ 家族について
  父親はオーストリア=ハンガリー軍の元兵士(あまり家族のことを顧みなかった人のようです)
  母親については現在のところ 全くわかりません
  兄弟についても現在のところ 全くわかりません

  配偶者 Riza、Royce(リザ・ロイス)《1926-1930》 離婚(注3)
      Jean Avette McBride(ジャン・Avette・マクブライド)《1945-1947》 離婚
      Meri Otis Wilner(メリ・オーティス・ワイルナー)《1948-1969》 死別 
         子供1名
  子供  Nicholas Josef von Sternberg(ニコラス・ジョセフ・フォン・スタンバーグ)
      恐らくメリ・オーティス・ワイルナーとの子供 (注4)

  Ⅱ 経歴について
 幼少期はウイーンで過ごす
 7歳のときに家族と渡米
 ニューヨークの小学校に入学 
 小学校を退学
 10歳のときに再び ウイーンに戻る
 ウイーンのヘブライ語の学校に入学
 14歳のときに再びアメリカ(ニューヨーク)へ
 ハイスクール入学
 貧困のためハイスクール退学
 様々な仕事を転々とする
  婦人帽子の帽子店で見習い、レース屋の倉庫係、ズボンのプレス屋
  織物問屋
 当時は作家志望、暇なときは図書館や美術館、博物館に入り浸っていたようです。
 勤務先の織物問屋が映画会社に投資、その関係で映画界に
 映写技師に(20歳ころ)  
 (別の本では17歳のころ個人経営のフィルムの修正をしている会社に入り映画の魅力に目覚めたという話もあります )(注5)                
 ニュージャージーでフィルムの出荷係、発送係
 試写係(ワールドフィルムにて)(注6)
 撮技師に(シグナル社)(注7)
 編集係 
 イギリスに1年滞在?
 1925年(31歳)500ドルの貯金があり映画つくりを目指す
 ジョージ・k・アーサー(注8)と知り合い協力を得て皆で資金を出し合いエキストラなどを起用して3500ドルの予算で「救ひを求むる人々」を監督するようになる
 
 スタンバーグの経歴については「淀川長治映画塾』」(注9)(講談社文庫)と「アメリカ映画史」(キネマ旬報社)、インターネットなどを参考にしています。(先日、世界映画全史12「無声映画の成熟」(国書刊行会 ジョルジュ・サドゥール著)を福岡の本屋でみつけました。もちろんスタンバーグの記載もありました。9660円と大変高価な本で買えませんでした。拾い読みですがそれも入れています)

 はっきりいってよくわからないのが現状です。ソビエトの有名な映画監督のセルゲイ・M・エイゼンシュテインが「自伝のための回想録」のなかで渡米中に知り合ったスタンバーグについて『世の中に出るいきさつで二つの異なる話を持ち出していると批判しています (エイゼンシュテインが計画して結局実現できなかった「アメリカの悲劇」をその後スタンバーグが映画化しているなど複雑な事情があるからかもしれません(注10)
 スタンバーグは自伝「Fun in a Chinese Laundry)「中国人の洗濯屋のドタバタ」 を1965年に出してはいます。
 オーストリアからの貧しい移民が世の中に出るために語る経歴、パラマウント社で花形監督となった時に語る経歴、晩年に自分を振り返るときに語る経歴に差異が生じるのはある意味、仕方がなく自然なことかもしれません。

スタンバーグの映画を撮るまでの経歴を辿ってみると、フランスのヌーヴェル・ヴァーグ特にフランソワ・トリュフォーのことを考えずにはいられません。
「小学校もまともに出ていない映画狂の不良少年がいかにして映画作家になりえたか それがフランソワ・トリュフォーの人生であった」(注11)トリュフォーについて語られた一節ですがこれは「学校もまともに出ていない文学好きの移民の少年が仕事を通して映画と出会いいかにして映画作家になったか」というスタンバーグの人生と重なり合うように思います。
映画作家としても思慕の対象としての女性。女性の描き方など共通するような面もあるような気がします。
そしてみんなでお金を出し合い映画を撮影するというのもまさにヌーヴェル・ヴァーグに通じるものがあると思います

  
(注1)名前についてはミドルネームにフォン(von)を入れることなどでドイツ系であることを強調することで仕事を得ようとしていたのではないかと思われます。スタンバーグ自身、自分の家はvonがつくような家柄ではないことを語っているようです。ウイッキペディアによると意識して前置詩「フォン」を名乗り,ジョセフの綴りも意識してドイツ語にこだわったそうです。ハリウッドではヨーロッパを舞台にした映画をつくることが多くヨーロッパ出身であることで仕事を得やすいようです。アメリカにはヨーロッパに対する憧れ、コンプレックスがありそれを利用したのないかと思います。エリッヒ・フォン・シュトロハイムと同じではないかと思います。

(注2)「嘆きの天使」「モロッコ」「間諜X27」「上海特急」私が観た映画を考えてみるとスタンバーグには音の処理、音楽の使い方などさすがと思わせるものがあります。トーキーに移行して間もないこともあったからと思いますが才能ある監督は使うことができるようになった『音』をどう映画に使い生かすことができるかで勝負していたように思います。
デートリッヒとの最初の作品「嘆きの天使」はドイツで撮影されていますが当時、アメリカで活躍していたスタンバーグを起用したのは(エルンスト・ルビッチが会社の第一希望だったようですが…)彼がドイツ出身の監督であったことが最大の要因と思われます。
また、今回調べていて「望郷」等で有名なフランスのジュリアン・デュヴィヴィエが初めてアメリカで監督した映画に「グレート・ワルツ」(1938年)(未見)がありますがデュヴィヴィエがアメリカで初めて撮った映画で英語が喋れないことなどを理由に完成途中でデュヴィヴィエが帰国した後、ヴィクター・フレミングと二人で演出を担当したようです。映画自体のタイトルに彼の名前の記載はないようです 
ヨハンシュトラウスの半生を描いた作品のようです。ウイーン出身で音楽的感性。素養があるスタンバーグに白羽の矢がたったのかもしれません。「グレートワルツ」もあとで取り上げる予定です

(注3)リザ・ロイス 最初の奥さんですが離婚原因はスタンバーグとデートリッヒの関係が原因と書かれていることが多いですが二人のコンビ作品の最初の作品「嘆きの天使」が離婚した年と同じ1930年であることを考えると余計なお世話ですがそれだけではないような気がしています。この人はその後女優さんをされある程度作品歴も判っているので次回以降に記載する予定です。

(注4)ニコラス・ジョセフ・フォン・スタンバーグ スタンバーグの子供です。
映画の撮影監督をしていたようです。この方もある程度、作品歴が判っているので次回以降に記載する予定です

 注5) 世界映画全史12「無声映画の成熟」より、立ち読みしただけで間違って記憶して書いているかもしれません

(注6)ワールドフィルム社 1915年にルイス・セルズニック(デイヴィッド・O・セルズニックの父親)が設立、ヴァイタグラフ社のスターだったクララ・キンボール・ヤング主演で「願掛け指輪」「モデルの生涯」(いずれも1915年、モーリス・ターナー監督)の成功などで繁栄した会社のようです(インターネットより)

(注7)シグナル社 同社が製作した1927年のミシシッピ川の大洪水がインターネットで紹介されています

(注8)ジョージ・k・アーサーはイギリス生まれの俳優、彼についても後で取り上げることが出来たらと思っています。

(注9)『映画塾』のなかで淀川さんはスタンバーグとジョージ・バンクロフトについて語られています.淀川さんはバンクロフトのファンでペンネームの一つに彼の名前をもじって『バン黒子』として映画雑誌に投書したりとして使われていたとのことです。バンクロフトはスタンバーグの「暗黒街」「紐育の波止場」「サンダーボルト」に主演しています。彼についても取り上げることが出来ればと思っています。

(注10)「自伝のための回想録」(セルゲイ・M・エイゼンシュタイン著 キネマ旬報)
  結局ハリウッドで撮る事はできず、その後メキシコへ渡りそこで未完成で終わりますが「メキシコ万歳」(1979年)(1931年撮影、彼の死後、再編集され完成)を撮ることになります。

(注11)「新版 友よ映画よ」(山田宏一著 話の話集)
庄ちゃんのイッツ!、バスタイム
 長崎放送(NBC)の地域番組「あっ!ぷる」の中に「庄ちゃんのイッツ!、バスタイム」というコーナーがあり地域の路線バスの話題、魅力をレポーターの庄崎潤子さんが紹介しています。
 バスの番組が放送されているのいうのは知ってはいたのですが放送する日が判らなかったり仕事中ということもありなかなか見る事もできなくて今回、録画して11回目の放送を(2月28日分)、やっと見る事ができました。

 今回は島の特集で伊王島、池島、松島の路線バスが紹介されました。
 私は三つの島とも行った事はないのですが行って見たいなあと旅情をかきたてられました
 現在は灯台やリゾート施設で有名な伊王島ですが橋が開通してココウオークから直接乗り入れるバスが運行されていること、ターミナルと思われるバス停(ターミナル前)を整備していること 島内を巡るバスがあること、かなり狭い道、急カーブを運行していることがわかりました

 池島はかつて石炭で有名だった島ですが(今度池島を舞台にした映画も完成しました)現在は人口が300人を割り込んでいること、現在は小さなコミュニティーバスが人は殆ど住んでいないであろう炭鉱アパートが立ち並ぶ道やかなり狭い道なども地域の足として今も頑張って走っていることを確認できました(300人足らずの島をバスが運行しているのは奇跡的だと思います)

 松島は火力発電所で有名ですが「さいかい交通」(長崎バスの子会社)のバスが地域の足として活躍していること、芋とメリケン粉を焼いた〈こさつけ〉という地域の特産物があること、「桜坂」といバス停があること、途中で美しい海岸線をみれることなどテレビを通じて発見することができました

 三島ともいずれも短い時間のなかでしたが地域の住民の方や運転士さんとの交流も描かれていてまたレポーターの庄崎さんのバスへの愛着も感じられて楽しい番組になっています。
 3月8日(金)には今回、紹介されなかった西彼大島・崎戸が同番組内で延長戦として放送されるそうです。
 
 過去に放送された分も全部見たくなりました。
 今後まだまだ続いて欲しい番組です。


(平成25年3月1日フェイスブックに投稿分)