FC2ブログ
shiomi116
カテゴリ



アクセス数



プロフィール

shiomi116

Author:shiomi116
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



路傍の男(1923年 ドイツ)~最初の監督作品~
路傍の男(1923年 ドイツ)~最初の監督作品~

ウィリアム・ディターレ(ドイツ名ヴィルヘルム・ディーテルレ)は1893年にドイツのルートヴィヒスハーフェン・アム・ライン(ドイツ帝国時代のラインハルト)で生まれています。
ウィキペディアによりますと家が貧しく物心つく頃から働き始めたそうです。
舞台へのあこがれがあり16歳でグループ劇団に入り俳優となり国内やスイスを巡業し舞台の他に1911年から1914年まで映画にたびたび出演したと書かれています
ただインターネットムービーデータベースによると俳優としての最初の映画は2013年の作品となっており違いがあります。
最初の頃はエキストラみたな役だったのかもしれません。
前も書きましたが1918年にマックス・ラインハルトの劇団に所属するようになり本格的に活動するようになり1920年から本格的に出演するようになり俳優として活躍・成功しています。
やがて監督にも興味を持つようになり1923年に最初の映画『路傍の男』を監督しているようです
この作品に関しては『オリンピアと嘆きの天使』(中川右介著、毎日新聞出版社)に記載があります。
この本はマレーネ・ディートリッヒとレニ・リーフェンシュタールの二人の女性の軌跡が描かれており、少しですがサイドストーリーとして原節子とオードリー・ヘップバーンも登場するとても興味深い面白い本です

この本にディターレの最初の監督作品が記載されているのはマレーネ・ディートリッヒがこの映画に出演しているからになります
ディートリッヒにとって『路傍の男』は『小さなナポレオン』、『愛の悲劇』(いずれも日本未公開のようです)につぐ3本目の作品になります(1919年に1本の映画に出演しているという資料もあるそうでその場合は4本目になります)
この3本とも1923年に本国で公開されているようで公開順としては『路傍の男』が最初の公開作品になるようです。
また他の2作品はエキストラのような作品になるようですが『路傍の男』では『オリンピアと嘆きの天使』によるとタイトルでは10番目の記載になるようです。(インターネットムービーベースでは7番目の記載になります)
撮影期間は本によると1923年4月末から5月中旬にかけて、ドイツでの公開は6月6日となっています。
なおデートリッヒは映画の撮影中か撮影終了後か定かではありませんが『愛の悲劇』の助監督であったルドルフ・ジーパーと1923年5月17日に結婚しています。


『路傍の男』Der Mensch am Wege (1923・ドイツ)
トルストイの民話が原作となっているようです。トルストイの民話というと『イワンの馬鹿』が有名というかそれしか知りません。
路傍の男も有名な話かもしれませんが私は知りません。大きな本屋に行くことがあれば探してみたいと思っています。
ディートリッヒは娘役で出演しているそうです またディターレ自身も出演しています。内容や上映時間や他のキャストなど詳しいことはよくわかりません。

監督    ヴィルヘルム・ディーテル(ウィリアム・ディターレ)
原作    レオ・トルストイ、 
シナリオ  ウィリアムディターレ
キャスト
Alexander Granach Emilia Unda Emilia Unda . ウィリアム・ディターレ Heinrich George Wilhelm Völcker Sophie Pagay
マレーネ・ディートリッヒ Wilhelm Diegelmann Liselotte Rolle

ディートリッヒですがハリウッドでスタンバーグは勿論ですがエルンスト・ルビッチ、ビリー・ワイルダー、フリッツ・ラングなどドイツ出身の監督の作品にも出演しています。
ディターレとも『路傍の男』から約20年後の1944年、今度は『キスメット』(未見です。DVDは発売されています)で主演女優と監督としてハリウッドでコンビを組んでいます。 『キスメット』は何回も映画化されている作品ですがディターレは1931年にもドイツで映画化しています。この作品はリメイクというか2度目の映画化になります。それ以前にも別の監督で映画化されていますし、その後も何度か映画化されているようです 。
(ディートリッヒに関する本は自伝とかも翻訳されています。スタンバーグのこともあるし自伝も含め読んでいない本が多いので.読んでみたいと思ってはいます。)

ディターレのドイツ時代の監督作品はすべて日本未公開作品のようで本とか探したりしていますがよくわかりません。
俳優としての出演作品は私は観たことはありませんがF・W・ムルナウの『ファウスト』(未見です。DVDが発売されています)とか日本公開もされている有名な作品にもいくつか出演していているようです。



※ウィキペディア、インターネットムービーデータベース、オリンピアと嘆きの天使(中川右介著・毎日新聞出版)を参考にしました


スポンサーサイト



ウィリアム・ディターレの簡単な経歴
ウィリアム・ディターレの簡単な経歴
 
1893年 ドイツで生まれる
1909年前後    劇団に入り俳優として巡業
1911年       最初の映画に出演(~1914年)
1918年       マックス・ラインハルトの劇団に所属
1920年       映画に再び出演
1923年       最初の映画監督作品
  以降 俳優、監督として活躍する
1930年       渡米 ワーナーと契約
1931年       最初の作品?『最後の偵察』(日本公開作)
1935年       亡命してきたマックス・ラインハルトと共同監督作品『真夏の夜の夢』を撮る
1942年頃     破産?
1950年代後半  アメリカを離れ西ドイツに帰国(イタリア経由?)
  映画、テレビドラマを監督する
1972年      西ドイツで死去
以上ディターレの簡単なプロフィールです。

最初の映画出演が1911年というのはですので第一次世界大戦より前でありアメリカ映画の父と言われているD・W・グリフィスの有名な『国民の創生』が1915年の作品なのでそれより前の映画の創成期の頃から映画に関わっていたのは驚きです
マックス・ラインハルトとの出会いも大きかったようです。まず俳優として、そして監督としてもドイツでも認められていきアメリカ映画界から誘われて渡米しています。
DVDで観ることができる『ゾラの生涯』、『科学者への道』など伝記映画の名手として知られていますが、恋愛映画やファンタジー、西部劇、サスペンスなどいろいろなジャンルの映画を撮っているようです。
またかつての師匠、マックス・ラインハルトが亡命してきた際は尽力し一緒に映画を撮ったりと仲間意識が強い人ではないかと思います。
未公開作品は結構ありますが思ったほどは多くはありません。ただ現在、DVDなどで観ることが出来る映画はかなり少ないです。

ディターレが共産党員だったかどうかは現時点ではわかりませんが左翼的な人だったことは確かでブラックリストにはのらなかったようですが赤狩りの影響や映画界の変化などもあり1950年代になると30年~40年代に比べると話題になるような作品が少なくなっていきます。、はっきりした経緯はわかりませんが50年代後半にはアメリカを離れイタリアを経由して最終的に西ドイツに帰国しているようです。
母国で再び映画、テレビドラマを撮っていますがあまり話題になることはなくその後しばらくして引退しているようです。


ドイツからアメリカに渡った映画人は多いですがその中ではそこそこ有名な人だと思いますが観ることができる作品は少なく実像はよくわからな人です
私が現時点で知っている限りでは専門的に取り上げている本はほとんど
ありません。ドイツ映画・ハリウッド映画に関する本やネットの検索などでわかる範囲で調べていきたいと思っています
※ウィキペデイア、『ハリウッド・レッドパージ』などを参考にしました。




ウィリアム・ディターレのこと
ウィリアム・ディターレのこと

このブログでも過去に何回かウィリアム・ディターレのこと、特に監督作品の『旅愁』について書きました。
ディターレの『旅愁』は大学時代にリバイバルで映画館で観ることができた映画です。
好きで何回か映画館に通い観た映画になります。そしてしばらくして深夜にテレビで『ジェニーの肖像』を観てその不思議な物語に魅了されました。ロバート・ネイサンの原作も読みました。他に数冊しか読んでいませんがネイサンは好きな作家となりました。
主役のジョーン・フォンティンとジョセフ・コットンは大好きな俳優ですし、ジェシカ・タンディ、フランソワ-ズ・ロゼーもこの映画で好きな俳優になりました。監督のディターレの名前も覚えましたがその後、他の作品をテレビやビデオでも観る機会はなかなかありませんでした。
ただ『旅愁』だけはテレビで観たりレンタルショップにも置いてありで何度か観ることができました。
古いハリウッド製の甘い観光メロドラマなのかもしれませんが観るたびに好きになり心をとらえて離さない映画です。
最初に観たときは主人公たちははるかに年上でしたがいつのまにか同じくらいの年齢になりそしてその年齢をはるかに?超えてしまいました。
名作といわれるすべての映画がそうなのかもしれませんがこちらが年齢を重ねて、改めて観直すと主人公や周囲の人たちに自分を重ねたり、いろいろなことを考えたり、違う思いや新しい思いも出てきたり…と映画の魅力は増しているに思います。
主題曲となる『セプテンバー・ソング』など音楽の魅力も大きいですしここ数年自分の周りでいろいろなことが起こったことも影響していると思います。
『ジェニーの肖像』のジェニーではありませんが私にとっては時間とかすべてのものを超えている作品です。

ディターレはドイツ出身の監督ですが例えば私がテレビやビデオで観ることができて好きになったドイツ出身のビリー・ワイルダーやフレッド・ジンネマンたちに比べると年齢でいうと一世代前の人になりサイレント映画からスタートした人です。
未公開作品が多く、経歴などよくわからない人です。
ディターレに関する本とか、書いてある文章とか探したり、調べていますがあまりないように思います。
ただここ数年、DVDで『ラブ・レター』や『欲望の砂漠』、『赤い山』など観ることができる作品が少しずつですが出てきています。(反対に『恋の十日間』のようにビデオは発売されたがDVDは未発売?の映画もあります)

これからディターレに関すること、彼の映画『旅愁』のこと、テーマ曲の『セプテンバー・ソング』のこと、中断していますが作曲したクルト・ヴァイル(ワイル)のこと…を書いたり書いてある本とかネットのこととかメモ書き程度でも紹介とかできたら…と考えています。

また前回すでに書いていますがアナトール・リトバックとかあまり知られていないと思うけど好きな監督のこととか映画とか取り上げたいと思っています