FC2ブログ
shiomi116
カテゴリ



アクセス数



プロフィール

shiomi116

Author:shiomi116
FC2ブログへようこそ!



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



ドゥシャン・マカヴェイエフ
ドゥシャン・マカヴェイエフ

ユーゴスラビアがいくつに分かれてしまったのか理解されている人は私もそうなのですが少ないのではと思います。
インターネットで調べてもよくわからないし、現在それぞれがどうなっているかよくわかりません。
その旧ユーゴスラビアの首都だったベオグラード(現在はセルビアの首都になるそうです)出身の映画監督ドゥシャン・マカヴェイエフが1月25日に亡くなっていました。 86歳でした。

マカヴェイエフのことを知っている人は少ないと思います。彼の映画はDVDは発売されていないようですしallcinemaをみると最後に書いてある作品は未見ですが日本での公開作として『ゴリラは真昼、入浴す』(1993)と不思議な邦題の映画でその後数本作品は残しているようですがよくわからないです。

私がマカヴェイエフのことを知ったのは昔、キネマ旬報のコラムで作家の友成純一さんがコラムの内容は忘れてしまましたが『コカコーラ・キッド』を中心に何とも言えない不思議な魅力があるとマカヴェイエフの映画のことを書かれていた記事を読んだことでした。しばらくして『コカコーラ・キッド』をレンタル店でみつけて 観ることができました。それから数本ビデオで観ています。
とても不思議というか風刺というか何かよくわからない変な映画ばかりですが『コカコーラ・キッド』はグレタ・スカッキとエリック・ロバーツ(ジュリア・ロバーツの弟)というスターというか名前が知られている俳優が出ていてエンターティメント性もある奇妙で面白い映画だったと記憶しています。
前も書いたことがあるかもしれませんが私はグレタ・スカッキは好きな女優ですがこの映画のスカッキは魅力的で彼女の代表作の一つだと思います。
エロチックな映画が多いので女優さんは覚悟!して出演しないといけなかったでしょうが女優を撮るのがうまい監督だと思います。

昔、キネマ旬報社から『世界の映画作家』というシリーズが出版されていましたがそのなかで私は読んでいませんが『性に挑むシネアストたち』でベルトリッチやケン・ラッセルと共に取り上げらた人になります。
みんな亡くなってしまいましたね。
出版されたのは1970年代後半か80年代初めだと思うのでこのときは多分、日本で正式には劇場公開作はなかったのではないかと思います。当時から世界的には知られていたのではないかと思います。

彼の祖国、ユーゴスラビア同様よくわからないまま、知られないまま亡くなってしまったように思います。
ユーゴスラビア解体後どうしてたのか、近年はどこでどんなことをしていたのか…
何かの折にでも取り上げてほしい監督さんです。 

≪フィルモグラフィー≫
1957 『アントニーの割れた鏡』 
1966: 『人間は鳥ではない』
1967: 『愛の調書、又は電話交換手失踪事件』
1968: 『保護なき純潔』
1971: 『WR:オルガニズムの神秘 』
1974: 『スウィート・ムービー 』
1981: 『モンテネグロ』
1985; 『コカコーラ・キッド 』
1989: 『マニフェスト』
1993: 『ゴリラは真昼、入浴す。』
1995 『: A Hole in the Soul』
1996: 『デンマークの少女は全てを見せる』
初期は他にもドキュメンタリーや短編もたくさん残しているようです


ドリス・デイ
ドリス・デイ

アメリカの歌手で女優のドリス・ディが5月13日に亡くなりました。97歳でした。

私が映画を観始めた頃はもう引退状態で新作が製作、公開されることはありませんでしたがテレビやラジオの映画音楽や
ポピュラーソングの番組などでドリスディの歌声や彼女が歌った曲を日本の歌手が歌うのをよく耳にしていました。
一番最初に覚えた曲はやはり『ケ・セラ・セラ』でおなじみのペギー葉山さんの歌声でした。
最初に観た映画も彼女が主演して劇中でその『ケ・セラ・セラ』を歌った『知りすぎていた男』でした。

『知りすぎていた男』でドリス・ディはジェームス・スチュアートと夫婦役でこのカップルはぴったりでした。
スチュアート主演のヒッチコックの映画は4本あります。『裏窓』のグレース・ケリー、『めまい』のキム・ノヴァクはそれぞれ
魅力的で圧倒的に素晴らしいですがカップルとしてうまくいく感じはあまりなかったと思います。
その点『知りすぎていた男』のドリス・ディは『グレンミラー物語』や『甦る熱球』のジューン・アリスンや『素晴らしき哉人生』
のドナ・リードとイメージが重なって例えばグレンミラ―夫妻が演奏旅行でモロッコに行って事件に巻き込まれたらこうなる
だろうな…といった雰囲気がありました。
夫婦の物語でありスチュアートとドリス・ディはお似合いで安心して観ることができそして何度も観たいと思う親しみやすい
映画でした。

『知りすぎていた男』以外では『情熱の狂想曲』、『二人でお茶を』、『カラミティ・ジェーン』、『パジャマゲーム』、
『先生のお気に入り』、『夜を楽しく』『ハッピーロブスター』、『恋人よ帰れ』をテレビやDVDなどで観ています。
ミュージカルとしてとても面白かった『パジャマゲーム』と『カラミティ・ジェーン』、クラーク・ケーブルの意外な魅力も堪能
できた『先生のお気に入り』の3本は特に見応えがあると思います。
ロック・ハドソンとのコンビ作品も楽しいですし(ロック・ハドソンはもっと評価してよい俳優さんだと思います)好きで面白い映画ばかりです。
ドリス・ディは絶世の美女ではないけれどちょっと勝ち気で親しみやすいキャラクターを演じていてこういうタイプの女優
さんは男女問わず好きではなくても嫌いという人はあまりいないんじゃないかと思います。

今では女優としてよりもスタンダードナンバーとなっている曲を歌った歌手として知られていたと思います
毎週観ているわけではないのですが『サワコの朝』の冒頭で『でドリス・ディの『二人でお茶を』の曲が流れ和田誠さん
のタイトルデザインをみると一瞬ですがいつも何か懐かしい不思議な空間に誘い込まれるような気持ちになっていました。
97歳なので大往生なのでしょうが古き良き豊かな時代のアメリカの人々を歌い演じていた人が亡くなったことはとても
残念で寂しいです。ご冥福をお祈りします




アニエス・ヴァルダ
アニエス・ヴァルダ

フランスの映画監督アニエス・ヴァルダが3月19日に亡くなりました。90歳でした。
映画は観ていませんが去年か一昨年に新作「顔たち、ところどころ」の予告がフェイスブックで流れていてどことなく
ユーモラスな風貌や歩き方をするヴァルダをみていたので高齢でしたがまだお元気と思っていたので驚きました。

ヌーヴェルヴァーグの代表監督の一人としてまた『シェルブールの雨傘』や『ロシュフォールの恋人たち』の
ジャック・ドゥミ監督の奥さまとしても有名です
私はドゥミ監督の映画が大好きなこともありヴァルダはドゥミ監督の年上の奥さまという印象が強いです。
ドゥミとドヌーブコンビの『モンパリ』のアイデアはヴァルダが出産で苦しむ姿から思いついたそうです。
ドゥミも寡作ですがヴァルダも寡作であまり作品は残していません。
私が観ているのは初期の『5時から7時までのクレオ』 (1961年) 『幸福』 (1965年)だけです。
写真家出身ということもあるのでしょうが美しい映像でドキュメンタリーみたいな雰囲気がある映画でした。
『ジャック・ドゥミの少年期』 (1991年) は観てみたい映画ですが闘病中のドゥミ監督が出てくるそうでちょっと観れな
いでいます


東京では映画館で追悼特集で5本の映画が上映されています。
また今年のカンヌ映画祭でデビュー作『ラ・ポワント・クールト』撮影中のヴァルダの姿がポスターに採用されています。
大きな脚立の上に脚が長い三脚を置きその前に台を置きそこに男性が背中をかがめて乗りその背中にヴァルダが乗り
カメラを覗き込んでいます(私の文章ではわかりにくいと思いますがとにかくびっくりする写真です)

ドゥミとの名コンビで知られ『5時から7時までのクレオ』でも音楽を担当していたミシェル・ルグランも亡くなりました。
ヌーヴェルヴァーグの監督もゴダールは活躍していてジャック・ロジエも健在ですが多くの人が亡くなっています。
今でこそたくさんの女性監督が活躍していますが世界を代表する女性監督のさきがけの一人だったと思います。



主な監督作品
ラ・ポワント・クールト 長編デビュー作、編集アラン・レネ
コートダジュールの方へ (1958年) 短編
マクドナルド橋のフィアンセ (1961年)
5時から7時までのクレオ Cléo de 5 à 7 (1961年)
幸福 (1965年)  ベルリン国際映画祭銀熊賞
創造物たち (1966年)
ベトナムから遠く離れて (1967年)
イランでの愛の悦び (1976年)
歌う女・歌わない女 (1977年)
Murs, murs (1981年)
冬の旅 (1985年) ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞
カンフー・マスター! (1987年)
アニエスv.によるジェーンb. (1987年)
ジャック・ドゥミの少年期 (1991年)
Les demoiselles ont eu 25 ans (1993年)
百一夜 (1995年)
落穂拾い (2000年)
落穂拾い・二年後 (2002年)
Quelques veuves de Noirmoutier (2005年)
アニエスの浜辺 (2008年)
顔たち、ところどころ (2017年) JRとの共同監督
Varda par Aqnes (2019年)
アンドレ・プレヴィン
アンドレ・プレヴィン

音楽家のアンドレ・プレヴィンが2月28日に亡くなりました。89歳でした。
指揮者、ピアニスト、作曲家と幅広く活躍していて多くの映画音楽も手掛けています。

ドイツ出身で子供の頃、フランスを経てアメリカに渡り第二次世界大戦中にアメリカの市民権を獲得しています。
10代の頃からジャズピアニストとして活動。
キャリアの初期の頃、MGMの専属となりMGMミュージカル映画など多くの映画の音楽を手掛けています。
ただミュージカル映画はブロードウェイなど舞台がオリジナルの映画も多くて例えば手掛けた『恋の手ほどき』、『マイ・フェア・レディ』、『ベンチャー・ワゴン』の音楽はアラン・ジェイ・ラーナー&フレデリック・ローの作詞・作曲のコンビの作品という印象が強かったりします。
作曲や編曲、音楽監督としていろいろな形で映画を支えていたようです。
4度アカデミー賞受賞していますが映画音楽での仕事は実績の割にはあまり知られていないような気がします。

私がアンドレ・プレヴィンと聞いてすぐ思い出す映画は『いつも上天気』と『あなただけ今晩は』になります。
両方の映画とも大好きで面白かったし音楽も記憶に残っています。
『いつも上天気』は先日、亡くなったスタンリー・ドーネンの監督作品(ジーン・ケリーとの共同監督)で舞台の映画化でないオリジナルの映画で作曲もプレヴィンの作品だと思います。「アイ・ライク・マイセルフ」とか忘れられない曲ですし「美しく青きドナウ」の替え歌も面白かったです。
『あなただけ今晩は』は日本で人気のあるビリー・ワイルダー監督の映画で『アパートの鍵貸します』のコンビ、ジャック・レモン&シャーリー・マクレーンが主演しています。
『アパートの鍵貸します』ほど有名ではないですがパリが舞台でこちらも面白い映画でした。
同じドイツ系ということで馬が合ったのでしょうか『ワン・ツー・スリー/ラブハント作戦』、『あなただけ今晩は』、『ねえ!キスしてよ』、『恋人よ帰れ!わが胸に』と60年代のワイルダーのほとんどの映画を音楽で支えています。

他にもMGM時代からの付き合いでしょうかミュージカルを得意としていたヴィンセント・ミネリとは『バラの肌着』、『恋の手ほどき』、『『黙示録の四騎士』、『さよならチャーリー』で。
ジュージ・シドニーとは『キス・ミー・ケイト』、『奥様ごめんなさい』、『ペペ』、『スインガー』と組んでいます
ただアカデミー賞を受賞した「恋の手ほどき」以外はあまり知られていない映画が多いのではないかと思います。
(私も「恋の手ほどき」、「キス・ミー・ケイト」、「スインガー」しか観ていません)

70年代後半からは映画音楽の仕事はあまりしていないようです。
指揮者として有名でいろいろ有名な交響楽団の指揮を務めていてN響の首席指揮官も務めています。

映画音楽はプレヴィンにとっては音楽活動の一部なのでしょうが主に50~60年代を中心にいろいろな作品を残しています
上記の他にも『ポギーとベス』や『エルマー・カントリー』、『サンセット物語』、『モダン・ミリー』などがあります。
何度か結婚していて女優のミア・ファローとも一時期結婚しています。

私が知っているのは彼の活動の一部でしかありませんがいろいろ素晴らしい音楽をありがとうございました。
ご冥福をお祈りします


ジュリー・アダムス
追悼 ジュリー・アダムス

アメリカの女優 ジュリー・アダムスが2月3日に亡くなりました。92歳でした。

海外ドラマboardのなかざわ ひでゆきさんの記事などを参考にしていますがジュリー・アダムスは1926年生まれになります。
最初は映画やテレビに端役として出演、その後1949年にユニバーサルにスカウトされています。
1951年にジェームス・スチュワート主演の『怒りの河』に、続いて『決斗!一対三』、『征服されざる西部』、『ミシシッピーの賭博師』、『平原の待伏せ』と西部劇のヒロインとして活躍しています。
そのうち私が観ているのは『怒りの河』、』、『平原の待伏せ』だけで『征服されざる西部』は題名も知りませんでした。
知らなかった『征服されざる西部』も『平原の待伏せ』と同じ有名なバット・ベティカー監督作品でした。
他の映画もラオール・ウオルシュ、アンソニー・マン、ルドルフ・マチと有名な監督の作品ですし主演もスチュワート、ロック・ハドソン、ロバート・ライアン、グレン・フォードと当時のスターになります。
『怒りの河』、』、『平原の待伏せ』はそれぞれ大好きで素晴らしい映画です。
ジュリー・アダムスも清潔感があって印象的なヒロインを演じていたと思います

そして1954年に有名な『大アマゾンの半魚人』でヒロインを演じています。
この映画を私は残念ながら観ていないのですがDVDも発売されていますしジュリー・アダムスが出演していない続編の『半魚人の逆襲』も含めて観てみようと思っています。
ただこの映画が有名になってしまったこともあり「どんなに頑張っても『大アマゾンの半魚人』のジュリー・アダムスとみられてしまう」と本人が語っているようにフィルモグラフィーをみてみると知らない作品が多くなっていき間隔が空くことが多くなります。
その後は私が観ている映画は『マックQ』(1973)、『ハートに火をつけて』(1989)、『ワールド・トレード・センター』(2006年)になります
映画と並行して端役のころからテレビドラマへの出演もしており50年代後半からはテレビドラマへの出演が多くなり日本でも放送されているような有名なドラマシリーズに何本も出演しています。
2010年代に入っても映画、ドラマへの出演があり、最後の作品は2018年の自身の自叙伝を映像化した短編だそうです。
息の長い女優さんでした。

本人は『大アマゾンの半魚人』の印象があまりに強くてその後の女優活動は大変だったようですが長く活躍できたのも『大アマゾンの半魚人』のイメージを打ち破ろうとする気持ちや起用する側の記憶などいろいろな面で『大アマゾンの半魚人』などの影響も大きかったかもしれません。

これからもSF、特撮、モンスター、怪獣映画、西部劇など映画が好きな人の記憶に残っていく女優さんだと思います。
『大アマゾンの半魚人』、『決斗!一対三』、『征服されざる西部』、『ミシシッピーの賭博師』は何とかして観たいと思っています。
ご冥福をお祈りします


※シネマトゥデイ、海外ドラマboardなど参考にしました